第7話 鉄壁な仮面と、ひどい誤解
(近くで見ると、やはり綺麗だ)
セシリア・オルトガン。
ずっと「また会いたい」と思っていた相手を前にしてアリティーがまず最初に思ったのが正にコレだった。
それは、10歳の少年が同い年の少女に対して思うにしては少しマセた感想かもしれない。
しかし、彼女にはその言葉が良く似合う。
整った容姿に雰囲気から感じ取れる気品、そして洗練された所作。
幼いにも関わらず『可愛い』よりも『綺麗だ』という言葉が先に出てくるのは、そういったものを直感的に感じ取ったからこそなのだろう。
今日は、王城パーティーの時ほど着飾ってはいない。
しかしそれでもまるで人を惑わす妖精の様な美しさは健在だ。
纏わりついてくる数多の令嬢とは違う。
そう思わせる何かが、彼女にはある。
気持ちがふわりと高揚するのだ、彼女を視界に入れると。
彼女のすぐ隣では、確かセルジアットの三男だというヤツが同じく最敬礼で控えているが、そんな事はどうでも良い。
そのくらい、アリティーはセシリアに釘づけだった。
敬礼のために伏せられている顔と視線。
それはそれで美しい。
が。
(今すぐ顔を上げて、その瞳に私を映し込んでほしい)
そんな独占欲染みた『何か』を持て余し、アリティーは見えないソレに促されて口を開く。
「セシリア嬢、貴方と私の仲だろ? 顔を上げてくれ」
「……私と殿下の間に、『2人の仲』と呼べるほどの何かがこれまで、あったでしょうか?」
顔を上げろと言ったのに、従いはしなかった。
そんな彼女に少し焦れったさのようなものを感じながら、アリティーは逸る心にただ素直に言葉を走らせる。
「何を言ってる、先日の王族パーティーで君は王から『私の近くに侍る事』を承認されたじゃないか」
そう言った時だった。
背中越しにジェームスの咳払いが聞こえて、思わずハッとする。
(あぁ、いけないいけない。私は第二王子、いつだって王子然としていなければならない)
そう自分に言い聞かせ、心の平静を取り戻す。
(冷静でなければ、思い通りになる物もそうならなくなる)
そう思い直して、一つ軽く息を吐く。
それは同時に、彼が「冷静になりさえすれば全ては自分の思い通りに運ぶ」と思っている証拠だった。
しかしそれは、今までの彼の人生が育てた常識だ。
だからそれを「当たり前」と思いこそすれ「奢りや傲慢だ」とは思わない。
久しぶりの彼女との邂逅に思わず浮ついてしまっていた自身をアリティーが持ち直したのとほぼ同時に、未だに顔を上げる様子がまったく感じられないセシリアの声が彼の耳朶を優しく撫でる。
「王の前で殿下が私に与えてくださったのは殿下と『仲良くする権利』です。決して『侍る事の承認』ではありませんよ?」
ふわりと掠めたその声は、耳あたりこそやんわりとしていた。
しかしそこには、確かな拒絶の色がある。
傍から聞いていれば。
または彼が真実冷静だったなら。
もしくは彼の中に『当たり前』が存在していなければ。
それは確かに感じ取れた事だっただろう。
しかしそれは、自らの願望が故にプラス思考に転がされる。
(彼女は別に嫌がっているという訳ではない、ただ謙遜しているだけなのだろう)
彼女の言葉をそんな風に捉えれば、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「何を言う、同じような物じゃないか」
可愛らしい事だと思いながらそう言えば、彼女からは無言の返答が成された。
二人の間に流れる、些かの沈黙。
結局そんな根比べに負けたのはアリティーの方だった。
急に黙った彼女を前に、何故か落ち着かない気持ちにさせられて。
だから自身の心の平穏を取り戻す為に、そして話の主導権を取り戻す為に、こんな風に口を開く。
「ま、まぁそれはどちらでも良い。君がそう言うのならそれでも良いさ。それよりも顔を上げてくれないか、お前とはきちんと顔を見て話がしたい」
結局は自身の欲に負けたという事なのだろう。
いつまで経っても彼女がその瞳に自分を映してくれない。
そんな現実に我慢が効かなくなって、アリティーは手っ取り早く目の前の討論の結末を投げ出した。
それに、だ。
(結局、どちらの言葉も同じ意味だ)
そう思っているアリティーにとって、この討論に大した意味は無い。
どちらでも良い結果の為にする時間のロスは、勿体無い。
そんな理由もある。
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