第6話 とんでもない流言に


 一方、セシリアからのヒントを得て、レガシーの方もやっと相手に目星がついたようだ。


「……あぁ、なるほど。言われてみればあんな顔だったかもしれない」


 まるで独り言のようにポツリと呟く。


 レガシーだって先日の社交界デビューの謁見で彼とは顔を合わせているはずなのだが、礼儀作法で精一杯だったのか、単に興味が無かっただけなのか。

 完全に他人事である。



 こちらに向いて歩いてきている3人組の内、先頭の一人は第二王子・アリティー。

 その後ろからついてきている二人はセシリアも初めて見る顔だが、風貌からして片方は彼の護衛騎士、もう片方は側付きの文官だろうか。


 二人共所作が貴族のソレだが、ものの見事にアリティーに付き従っているあたり完全なる主従関係が成立しているように見える。


 

 3人はセシリアたちの目の前までやってくると、そこで立ち止まった。


「セシリア嬢、久しぶりだな」


 腰に手を当てて少し上から目線な声色で告げられた挨拶に、セシリア達は王族に対する最敬礼を取って応じる。


「――ご無沙汰しております、殿下」


 彼の声に答えたのは、名指しで声をかけられたセシリアだった。


 公の場ならば現時点で明確に許可を得ていないセシリアに、彼に対する発言権はない。

 しかしここは社交場とは言っても端の端、他には誰も居ない場所だ。

 勿論プライベートな場ではないから貴族の子が王子であるアリティーに自分から話しかけるのはマナー違反。

 しかし名指しで話しかけられれば、少々相手の気持ちを汲んでそれに応じるくらいの許容は見せて然るべきだろう。


 そんな配慮があっての言葉は、思いの外辺りに涼やかに響き渡った。


 もしかしたらよそ行き声になることで凛とした音を発するに至った事が、声が響いた一因か。

 それとも、元よりここには社交場の端っこであるが故の静けさがあったからか。

 否、その両方が作用した結果なのかもしれない。



 そんなセシリアの配慮に、王子はどうやら機嫌が良くなったようだった。


 ファーストコンタクトで拒否されたやり取りを今回は許容されたからだろうか。

 それは感情的なものが理由なのではなくあくまでも状況的なものが原因なのだが、彼はその辺が少しごっちゃになっているようだ。


 その辺の感情の現れが、まさしく彼にこの言葉を吐かせたのだろう。


「セシリア嬢、貴方と私の仲だろ? 顔を上げてくれ」


 少し急かすような雰囲気を帯びて告げられたその言葉には、紛うことなき奢りが宿っている。


 しかしセシリアからすれば、この言葉には違和感しか抱けない。


「……私と殿下の間に、『2人の仲』と呼べるほどの何かがこれまで、あったでしょうか?」


 心の底からの不可思議に感じながら、その一方で自身の気を引き締め直す。



 もしかしたら感情から出た言葉なのかもしれないが、彼のこの発言を容認する事は二人の親密発言をなし崩し的に認めることになってしまう。

 実際にそんな関係性ではないし、彼も立場が立場だ。


 反論しなければ、少なからず面倒な事に発展するだろうことは間違いない。

 そんな事実が、セシリアの中の彼に対する警戒レベルを引き上げさせた。



 すると彼は、先程よりも少し早口になりながらこう答える。


「何を言ってる、先日の王族パーティーで君は王から『私の近くに侍る事』を承認されたじゃないか」


 ほんの僅かに、苛立ちも籠もっているだろうか。

 そんな声色で告げられたのは、セシリアからするととんでもない流言だった。


(冗談じゃない……!)


 喉まで出かかった言葉をどうにかギリギリのところで押し留め、代わりに心の中で叫んでおく。


 本当に冗談じゃない。

 こんな言葉を容認しようものなら間違いなく近い未来、面倒事が立て込むに決まっている。


 というか。


(強引過ぎるし、あまりに図々し過ぎる)


 この王子はもしかして、立場さえあれば何でも許されると思っているのだろうか。

 だとしたら、少なくともセシリアとは相性最悪だ。


 何故ならば。


(そんなモノに、私は絶対負けはしない)


 権力を振りかざし、当たり前のようにそれで人の感情を捻じ曲げられると錯覚している。

 そんな人間が、セシリアは嫌いだ。


 そんな相手に、セシリアは泣き寝入りなんて絶対にしない。


 やり返して、構わん。

 それがセシリアの父でありオルトガン伯爵家当主・ワルターからの教えである限り、その点に関して家に配慮する必要はない。


 後腐れがないように、周りに養護してもらえるような展開に持っていく必要はあるが、そこはセシリアの腕の見せどころだろう。



 セシリアは、人知れず腹の底から息を吐いた。

 

 社交の笑顔を完全武装し、まっすぐに相手を見据えて。

 そして『面倒』へと立ち向かう。


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