第5話 俺の主人は、面倒に愛されている



 もしもセシリアが懇意にしていない相手に同じ問いを投げかけられたとしたら、ゼルゼンはきっとすまし顔で「いいえ、そのような事は何も」と答えただろう。

 これはあくまで『セシリアが互いに緊張しない交友関係を結びたい』と思っている相手だからこその対応だ。


 しかしそれは、必ずしも本音そのままではない。



 ゼルゼンの本音は「いやもうホントにセシリアは一体何をしでかすか分からなくて、片時だって目が離せない」だ。


 これを言わなかったのは『相手が貴族で自分はあくまでも使用人』という線引を忘れずにいたからこそ。

 そして。


(俺はセシリア付き、コイツのフォローをすべき立場なんだから警戒するに越したことはない)


 セシリアの目と判断は信じてる。

 しかしそれでも何がトラブルに発展するか分からないのが人間関係というものだ。


 

 主人をいつでもすぐにフォローできるようにするためには、どうしたって一定の警戒が必要になる。

 そしてそれは、セシリアが警戒していないからこそ大切な役割になりうるのだ。


 そもそも突発的なアレコレを前にして、残念ながらゼルゼンにはセシリアほどの立ち回りはできないだろう。

 だから常に最悪を想定して不測の事態に備えるのも、彼の重要な仕事の内の一つである。


 それもこれも、全ては。


(面倒事を嫌いながらも、何かと面倒事が寄ってくるからなぁー)


 そう心の中で嘆くほどに、ゼルゼンの主人は面倒に愛される人物なのだから仕方がない。




 そしてそんなゼルゼンの決して上辺だけではない返答に、どうやらレガシーは一定の好感を持ったようだった。


「セシリア嬢と共に居れば、これからは君と関わる事も増えそうだ。よろしくね、ゼルゼン」


 そう言って、レガシーが控えめな微笑を向けてくる。


 そんな彼にゼルゼンは、外面では平静を装いながらもその実安堵と喜びを胸の内に秘めていた。


「――勿体ないお言葉です。こちらこそ、宜しくお願い致します」


 丁寧に執事の礼をとりながらそう告げて、ゆっくり頭を上げる。

 すると、嬉しそうなレガシーの目とかち合った。


 その目に、ゼルゼンは「人との付き合いが苦手なようだし、もしかすると彼は同年代の使用人と交流するのが初めてなのかもしれないな」と心の中で独り言ちる。

 

(じゃないと、貴族家の子息が一使用人との交流をこんなに喜ぶのは些か不自然だ)


 なんて、思った時だった。



 サクッという小さな音が聞こえ、視線をそちらへとやる。



 その先には、とある3つの人影があった。


 こちらに向かって歩いて来ているが、足取り的に「社交に疲れたのでちょっと休憩」という感じではない。

 迷いなく一直線にこちらへと近付いてくる相手を見るに、どうやら何か明確な目的があっての事のようだ。



 その人影の先頭の顔に、ゼルゼンは見覚えがあった。


(あぁ、またセシリアは……『呼んだ』のか)


 そう思えば、思わずため息をついてしまいそうになるくらい呆れてしまう。



 何に呆れたのかと言えば、『彼女の面倒事に愛される体質に』だ。


 実際にはまだ巻き込まれてはいないのだが、間違いなく巻き込まれるだろうという予感がビシビシと感じられてしまっているのだから仕方がない。

 

(……いやまぁ、もしセシリアに『呼んだ』なんて言ったら「そんな面倒な事、する筈がないでしょ? まったく、人聞きの悪い」なんて事を言いそうだけど)


 そんな風に思っている内にも、面倒事は一歩一歩と近づいてきている。


 

 少し心配になって、ゼルゼンはスイッと主人の方に視線をやった。

 そしてすぐに自身の心配がものの見事に的中してしまっている事に気づく。



 セシリアは、限りなく薄く貼れられた社交の仮面のすぐ上に、まるで苦虫を噛み潰してしまった時のような顔を乗せていた。

 それを見れは10人が10人ともアレが彼女絡みの『何か』だとすぐに分かるだろう。


 案の定、心当たり無さげどころか相手が誰かも分かっていないようなキョトン顔のレガシーが、セシリアを見た途端に何かを察した顔になった。


「……セシリア嬢、彼らは君と一体どんな因縁があるの?」


 そんな彼の問いに、彼女の表情がハッとした顔に上塗りされた。

 しかしそれはほんの一瞬で、すぐにスンとした顔に取り繕われる。


「王城パーティーでの私の噂、彼はそのもう一つの方の当事者です」


 その声色は、苦々しい心情がむき出しだった。


 せっかく外面は取り繕ったというのに、両者の間に発生するちぐはぐさがどうにも残念過ぎる。

 否、違うか。

 これはきっと。


(わざとだ。これからポーカーフェイスをしないといけないって、分かってるから)


 一種のガス抜きのようなものなのだろう。


 ゼルゼンとレガシーには見えるが、ちょうど相手からは見えない。

 そんな絶妙な顔の角度を維持しているあたり、おそらく確信犯である。


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