第4話 セシリア付きの執事なら


 しかし『幸い』というべきか。

 そんなゼルゼンに、レガシーは全く気が付かなかった。


 ゼルゼンの返答に、彼は「へぇ、長いね」と、ただただ驚いた顔になっている。


「7歳っていう事は、使用人になって割とすぐ……?」 


 レガシーが更に話を膨らませてきたのは、おそらく彼の7歳という年齢が専属を目指し始めるには些か幼すぎたからだろう。


 余程特殊な事情がない限り、7歳は使用人が屋敷で働き出す最低年齢と言っていい。

 そして『専属』は、少なくとも通常では働きだして少し経ち主人の人柄を知ったり仕事に楽しみを見出したりしてやがて見出す、一つの到達点なのだ。



 ゼルゼンは7歳の時、現在の主人であるセシリアの『初めてのお友達』に抜擢された事でセシリアの人となりを知り、同年代の使用人の子どもたちを対象にして行われた屋敷内の『お仕事ツアー』で執事という仕事と出会った。

 

 しかしそのどちらもが「他の屋敷では起こり得ないイレギュラーだ」と、ゼルゼンは過去に師であるマルクから聞いた事がある。

 

(だから主人との出会いや関係性、そして筆頭執事になると決めた経緯や動機でさえも、周りからすればひどく特殊に見えるんだろう)

 

 そんな風に独り言ちながら、ゼルゼンは「いいえ」と彼にはっきりと首を横に振ってみせる。


「私はセシリア様付きとなる為に執事を目指しましたので」

「ーーそうなんだ、珍しいね」


 少なくともそんな人、僕は初めて会ったよ。

 レガシーはそう言って、しきりに頷く。

 

「だからこそなのかな? セシリア嬢が君を重宝するのは」


 一緒にいる時間が長い、年の近い使用人。

 そんなの、どうしたって親近感が湧く。

 

 そんな風にレガシーが指摘すると、そんな彼の言葉にセシリアが可笑しそうにクスクスと笑う。


「感情だけで公の場所に連れてくる人材を起用するほど、私も伯爵家も甘くはありません。実力がある事が大前提ですよ」


 まずはそう言い置いて、それから彼女がゼルゼンの方へとスイッと視線を滑らせる。


「当家の中で彼ほど、私の言動を予測し先回りできる執事は居ませんし」


 そう言って目で微笑んで見せるセシリアに、ゼルゼンは心の中で苦笑した。



 筆頭執事のマルクでさえ、セシリアの突飛な言動に事前対処する事は難しいだろう。

 ……まぁ、優秀な彼の事だ。

 素早い事後対処で事なきを得ることは十分に可能だろうが。


 そんな彼女の内の声が聞こえた気がしたからだ。



 そしてそんな彼女の言葉の後を、レガシーの「なるほど」という納得声が追う。


「つまり彼は、君が何かしでかした時の堤防という訳だ」


 水が溢れても、決壊しない様に。

 彼はそんな保険なんだね、とレガシーは指摘する。


 そして、ゼルゼンに少しばかり同情的な目を向けてきた。


「付き人としては苦労が絶えないんじゃない?」


 何って言ったって、セシリア嬢は『変』だし。

 そう言われ、ゼルゼンはほんの僅かに言い淀んだ。



 さて、どう答えたものだろう。

 相手は貴族だ、揚げ足を取られるような答えを返すのはーー。


 そんな風に思案して、しかしすぐに思い直す。



 今までのセシリアとレガシーとのやり取り。

 それを見る限り、少なくともセシリア側には彼に対して取り繕ったところがない。

 


 まるで気を許したかのように彼の前では社交の仮面を限りなく薄く被るようになったのが、彼との対話の2回目以降。

 そしてちょうど3回目が終わった後に、ゼルゼンは一度セシリアにこう聞いてみたことがある。


「何故、レガシー様の前では意図的に社交の仮面を外すような事をするんだ?」


 お前が気を抜いてああなっている訳じゃないという事は分かっている。

 そんな気持ちを声色に込めて尋ねれば、彼女はちょっと困った様に微笑みながらこう言った。


「あの方、ちょっと人間不信気味でしょう? あまり社交の香りをさせていると嫌がられてしまいそうだったから」

「そんな配慮をするくらいには、レガシー様の事を気に入ったって事か?」

「そうね」


 だってあの方、面白いじゃない。

 セシリアは、そう言って楽しそうな笑みを向けてくる。


 そんな彼女に、ゼルゼンは「なるほど」と独り言ちた。



 セシリアは、『個性』を好む傾向にある。

 それは「本人が自分の意志でしたいと思う『何か』をきちんと持っている」という意味であり、何も「優秀な人間」と言う意味では無い。


 その点、レガシーは間違いなくセシリア好みの人物だろう。




 彼女のこの返答を聞いた時、ゼルゼンは一つの確信を得た。


 セシリアは、レガシーとの関係を外面だけのものに留める気は毛頭無い。

 そんな、確信を。 



 そして『主のその気持ちを知っていながらソレを汲まない使用人に、セシリア付きを名乗る資格はない』と、少なくともゼルゼンは思っている。




 此処は、曲がりなりにも社交の場だ。

 本来ならば主人の不利になる事や主人に対して不敬とも思える様な言動をする事は御法度である。


 しかしそれを主人が望んでいるなら話は別だ。

 こちらが変に警戒して二人の感情の間に壁を作るような真似は、決してしてはならない。


(そもそもセシリアが「大丈夫」と踏んで彼にそういう態度でいるんだから、変な心配は要らないだろう)


 セシリアがどれだけ人の心の機微に聡いかは、常に傍で支えているゼルゼンが誰よりもよく知っている。

 最低限の礼儀さえ守れていれば、きっと彼はこれから告げる言葉に目くじらを立てたりはしないだろう。


「ーーそうですね、確かにセシリア様は他と少しずれた特性と物の見方をする方ですから、他の付き人には無い苦労も少なからずあるかと思います」


 礼儀という面をクリアするために、まずは本音を何十にもオブラートに包みまくって彼に答えた。

 そして。


「しかしそれはそれでセシリア様らしくて良いと、私は思っております」


 最後に心からの本音を添えて、レガシーに微笑を向ける。


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