第3話 スパルタ教育者からの教え
全く心配していない。
言葉と態度、両方でそれを示してみせた彼女にレガシーは少なからず驚いた。
言葉尻は柔らかいが、言ってる事は意外と辛辣。
自分に対しては勿論そうだが、人に対しても案外厳しさの基準も高い。
それが、レガシーから見た彼女の印象だ。
だからといって別に他人に自分のものさしを押し付けるような事はしないが、話していると確かに彼女のものさしのハードルは高いと分かる。
そんな感じだ。
だからこそ、まず彼は「彼女も人を褒める事があるのか」と驚いた。
そして次に「その言葉をセシリア嬢から引き出せる程に、彼は優秀なのか」と思った。
だから彼に視線を向ける。
一方、突然話題に挙げられたゼルゼンは、内心ではドキドキしながらも必死にポーカーフェイスを装いつつ、話の推移を見守っていた。
そんな状態でもどうにかボロが出なかったのは、ほぼ間違いなくマルクによるスパルタ教育のお陰だろう。
『執事たるもの、いつでもどこでも感情を表に出してはなりません。常に冷静に、事に当たりなさい』
それが教えの最たるもので、もう既に骨の髄まで染み込んでいる。
そんな彼が、セシリアの口からサラリと飛び出した褒め言葉と、レガシーからの明確な興味の視線を前にして、背中に変な汗をかきつつ一呼吸置いた。
そしてレガシーの視線に答えるために体ごと向き直り、スッとまっすぐ姿勢を正す。
するとそんな二人の空気感を読んで、セシリアが二人のスムーズに二人の間を取り持った。
「レガシー様、こちらはゼルゼン。私付きの執事です」
「セシリア様がいつもお世話になっております、セシリア様付きの専属執事をおおせつかっております、ゼルゼンと申します」
セシリアの言葉に続いて、ゼルゼンが執事の礼を取る。
礼も、既に体に染み付いた形だ。
使用人の礼に華は必要ない。ただ洗練されたものであれ。
そんな教えに従って、姿勢から指先一つに至るまで最新の注意を払う。
すると、ほんの1、2秒のラグを置いて「よろしく」という声が返ってきた。
そしてポツリと、もう一言。
「……確かにセシリア嬢が言うだけはある」
そんな声が、ポツリと後頭部に落ちてくる。
小さな声だったから、おそらく誰かに聞かせるためのものではないだろう。
(もしかしたら心の声がポロリと口から零れ落ちてしまっただけなのかもしれない)
そんな風に思いながら、ゼルゼンはゆっくりと姿勢を元に戻す。
すると、まっすぐにこちらを向いたレガシーの瞳と視線がかち合った。
セシリアという安心材料の存在と、セシリアが自慢する彼への好奇心。
おそらくそれが彼に、普段ならばまず尻込みするだろう人との会話を積極的に行う後押しをしたのだろう。
「いつからセシリア嬢付きの執事なの?」
両者間の会話の口火を切ったのは、意外にもレガシーの方だった。
その声色からは、緊張した様子は微塵も見られない。
……否、本来貴族と使用人との関係性はそういうものなのだろう。
彼の抱える問題が、彼をそうさせる可能性があったというだけの話である。
しかしその一方で、実は必要以上の緊張感の真っ只中に居る者もいた。
「――正式にセシリア様付きの執事となったのは社交界デビューの3か月前ですが、7歳からの5年間、見習いとして御側におりました」
全く動じていない様に聞こえる声は、その実自分の言動にひどい重力を感じている。
その理由は一つ。
(自分の言動一つで、セシリア様の評価が決まる)
社交界では、使用人の言動は主人の評価に直結する。
使用人の気の利いた行いが主人のプラス評価になるのと同時に、粗相は主人の教育不行き届きとして評価される事になる。
それを、彼はちゃんと知っている。
セシリア付きの執事として育てられたゼルゼンは、実は未だに一対一で貴族と会話をした事が無い。
教育の一環として過去に数回マルクが付いての接客経験はあるが、それは伯爵家に何らかの用事で来た者への対応だ。
相手には明確な用事があり、だからこそされる質問や交わされる会話にもある程度の予想が付く。
そんな場でのお目付役が居る状態での接客経験しか無いゼルゼンにとって、これはまさに未知の体験だった。
重荷を背負った上での未知の体験。
そんなもの、緊張しない筈がない。
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