第5話 彼が望むモノ ★



 しかし自分の能力をひた隠しにする生活は、酷く退屈なものでもあった。


 自分の能力をぶつける場所が無い。

 それは「達成感を抱く事ができない」事と同義だ。

 だって全力を出せないという事は、つまり本気になる事がないという事なのだから。


 そんなハリの無い生活の中で楽しみを見つけるのは、ひどく難しい事だろう。



 だから彼は、時折その能力を『遊び』の為に使う。


 例えばテストの点数。

 目立たないという前提がある以上、高得点は取ってはならない。

 だから代わりに思い通りの点数を取る事で、人知れず満足感を得る。


 例えば周りの人間。

 第二王子というネームバリューがある以上、自分で表立って何かを成せば注目を浴びる可能性がある。

 だから手駒を動かす。

 相手にそうと気付かせないままに自分の思い通りに人を動かし、予定していた成果を得させる事で、人知れず達成感を得る。


 どちらも、アリティーにとってはそう難しいことではない。

 前者は普通に勉学に勤しんでいればできる芸当だし、後者だって帝王学を学ぶ王家の一員ならば出来て当然の事だと、少なくともアリティーは思っている。


 

 そう、彼は10才にして王に必要とされる能力の原石を既に持っていた。

 そしてそれを『遊び』と称して人知れず磨いている子供でもあった。


 しかしそれらは、彼の持つ処世術のお陰で綺麗さっぱり隠されている。

 その為、彼の評価は『第一王子に次ぐ才覚の持ち主』という物だ。



 周りから見れば、アリティーという人間は『何をしても第一王子に劣る負け組』だ。

 しかしその実、全ての物事や人間を、そして遂には周りの認識さえも思い通りに操ってきた『失敗知らずの成功者』なのである。



 彼の側近である、ランバルトとジェームス。

 この二人もまた、アリティーの『成果』である。


 片や、アリティーの行動に深く口出ししたりせずただ与えられた仕事を忠実に熟す護衛。

 片や、主の意志を正確に汲み取り且つその意志を叶える為に動く事が出来る補佐。


 そんな2人に共通するのは『少々苦言を呈する事はあるにしても、決して主の考え自体に意義を唱える事はしない』という事であり、それこそアリティーが手元に欲しい腹心だった。


 だからアリティーは手に入れたのだ、偶然のような必然を作り上げて。


 そんな、計算高くまるでゲームにでも興じるかのように人を采配する事を好む、人間的には難ありだろうアリティーの本性を知っているのは、現在のところジェームスただ一人。

 ランバルトは、おそらく気付いていないだろう。

 しかし多分それで良い。



 そんなアリティーが、今強く望んでいるモノ。

 それは先日、何の前触れもなく彼の目前に現れたあの子である。



 目を閉じれば、社交界デビューの日に見つけたあの『妖精』の姿が今でもありありと脳裏に蘇る。



 ビロードの様に艶やかな髪。

 白い肌に良くなじむ山吹色のドレスと、シャンデリアの光を反射してキラキラと煌めく装飾品に身を包んだ彼女が、自分達を前にして王族に対する最敬礼を執る。


 その所作の美しいこと。

 その美しさは、少なくとも同年代の他の子供達とは雲泥の差な出来栄えだった。



 伏し目がちなその瞳を、何が何でも振り向かせたい。

 瞬発的にそう思ったアリティーは、気付けば声を掛けていた。


 当たり前だが、あの場には第一王子も同席していた。


 目立つようなことはしてはならない、そう自身に言い聞かせて来たこれまでを台なしにする可能性がある、実に危険な行動だった。

 後にしてみればそうと分かるが、あの時はその願望に抗う事が出来なかったのである。


 自身の感情を制御する事は、王族にとって重要なスキルの一つだ。

 そしてそのスキルは十二分に自分には備わっていると思っていたのに、あの時はそんなもの全く当てにならなかった。



 両親は勿論、アリティーの言動を見聞きしていたあの場の人間は、きっと皆ひどく驚いたことだろう。


 何といっても彼らにとってのアリティーは、『普段はパッとしないが、問題等は決して起こさない王子』なのだから。




 しかしそんな『らしくない』行動をしてしまった自分も、彼女の事を考えれば全くと言っていい程、アリティーは気にならなかった。


 彼女に問いかけて、しかし答えてはくれなくて。

 やきもきして問い詰める様にすれば、彼女の視線がやっと自分に向いた。

 その時の達成感なのか何かのかよく分からない、何だかとてもフワフワとした感情を、アリティーは忘れられない。


 一貴族の娘たる私には、本来王族と直接お言葉を交わす権利は無い。

 そう言った彼女の、なんと凛とした事か。


 その言葉に答える為には本来、王族の許可を得る必要がある。

 そう言った彼女の、なんと落ち着いた事か。


 

 彼女の声で、ハッとした。

 アリティーはここで、やっと「彼女に対して一体どれだけ酷な事を言っていたのか」に思い至ったのだ。



 そして彼女の言葉に納得し、そしてそんな簡単な事でさえ頭からすっ飛んでしまっていた自分に思わず内心で苦笑して、遂に冷静さを取り戻す。



 そして思ったのだ。


 彼女は実に面白そうだ、と。




 真っすぐにかち合ったペリドットの瞳は、確かに王族に対して向けるのに失礼の無いものだった。

 相手を不躾に観察するでもなく、好奇に染まることも無い。

 王族から発せられた言葉にだって、彼女は喜び付けあがることも無ければ、恐怖に怯えることも無い。


 終始柔らかな微笑を浮かべ、しかしその瞳の最奥にはちゃんと思慮深さを残している。

 そんな瞳に、少なくともアリティーには見えたのだ。



 それは、今まで向けらたどの視線とも違うモノで。

 だからこそ、アリティーは彼女が絶対に欲しい。



 だから彼は、正気に戻った後も敢えて『感情のままに暴走してしまった出来の悪い王子』を演じ続けた。


 そしてその中で王族権限を行使し、彼女を縛った。

 『第二王子と仲良くする権利』そんな名前の強固な縄で。



 その言葉が、一体どういう意味になりうるのか。

 王族としての教育をきちんと積んでいたアリティーは、もちろんちゃんと理解していた。


 そして『王族の友達として』でも『側近として』でも、はたまた『婚約者候補として』でも。

 要は自身の近くに置いておきたいだけなのだから、どんな肩書だって良い。


「この女は、必ず自分の近くに置く」


 この時彼は、そう決めたのだ。

 

 だから。



 アリティーは、自分の口角が独りでに上がるのを確かに感じ取った。


「楽しみだなぁ」


 そんな風に呟きながら、彼は机上にあった手紙を指の腹でやんわりと撫でた。




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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413991660145


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