侯爵子息・クラウンの、はじめの一歩

第1話  セシリアの我が儘



 初めてのお茶会以降、やっと社交の場に顔を出すようになったセシリアだが、実は彼女が社交場に顔を出す回数はそう多くない。



 その理由は色々とあるのだが、彼女にとっての社交が「あくまでも『貴族としての義務』に分類される事柄だから」という理由が一番大きい。


 同じお茶会ならば、義務を伴う出先のものより、家でリラックスして行う方がいい。

 だってそれなら、いつだってゼルゼンがセシリア好みの他よりちょっと渋めなお茶を高クオリティーで煎れてくれるし。


 というのが、彼女の本音だ。



 しかしこれは、あくまでも私情。

 それだけではただの『セシリアの我が儘』になってしまう。


 そんな事をセシリアも、そして彼女の両親も決して許さない。

 それでも実際にそれがまかり通っているのは、実際に成果を出しているからである。



 セシリアは、ここまでずっと効率的な社交場の選出に成功し、尚且つその場できちんと一定の成果を挙げていた。

 選んで参加する事に成功しているからという物である。


 先日の社交の場で、セシリアは実益の他に色々な工作を行った。

 そのお陰か「オルトガン伯爵家とモンテガーノ侯爵家の関係性は一体どうなっているのか」と噂の正否に興味津々な他貴族達から、社交への招待状が今まで以上に沢山届くようになったのである。


 となれば、セシリアからすればより取り見取り。

 自分にとって都合の良い、効率的なお茶会を選りすぐる事が出来る。



 自分が参加する社交場は、自分で決める。

 それが、オルトガン伯爵家の決まりだ。


 兄姉が通ってきたその道を、もちろんセシリアも同じように通るのである。

 

 しかしそんな決まりがあるからといって、何も「無責任に放任」という訳ではない。



 参加する社交を決めたら、まずは両親に報告する。

 そして許可を得てから参加する。

 

 それもセットでの「自分で選んでいい」決まりなのだ。



 それは、言い換えれば両親のチェックがあるという事。

 命綱付きのお散歩と同義である。


 そんな状態で、セシリアがまさか社交場選びに失敗する筈が無い。

 そしてそんな良い『狩り場』で、まさか成果を得られない筈など無いのである。



 という訳で、彼女は当初想定よりも幾らか少ない回数のお茶会で、無事『貴族としての義務』を果たす事が出来ていた。


 だからこそ、多少の我が儘も通る。



 

 彼女の我が儘は、何も回数だけではない。


 様々なジャンルや視点での情報が飛び交いそうな社交場である事。

 良い商談が出来そうな社交場である事。

 バランスよく、得たい人脈を得ることが出来そうな社交場である事。


 それらは全て『効率的な狩り場』を得るための条件だ。

 しかしそこに、セシリアはもう一つ条件を付与している。



 それは、『義務を終えた後に残った時間を、有意義に暇つぶしが出来る社交場である事』。




 少なくともセシリアにとっての社交は、あくまでも『義務』だ。

 だから彼女は、必要以上にソレを行うほど勤勉にはなれない。

 

 セシリアが掲げたその追加条件は、最低限を熟したセシリアのご褒美タイムだ。

 そして今のところセシリアをして『有意義』と思わせる同年代の貴族は、レガシーという少年ただ一人である。


 だから。


「今日もそんな隅っこに居るんですか? レガシー様」


 そんな調子で、社交を終えたセシリアは彼の元を毎回毎回訪れるのだ。



 レガシーは、殊鉱石に関してはセシリア以上の知識を持っている。

 それはきっとセシリア宅の書庫には無いマイナーな論文を読破し、そこから得た知識や実際に自身で行った数多くの実験結果を持っているからに他ならない。


 しかしそれだけではなく、彼はきちんと前提から新たな仮説を打ち立て、それを検証する事ができるだけの意欲と頭脳を持っている。

 そんな彼は、セシリアにとって格好の『知識欲を満たせる相手(エサ)』なのだ。



 それに加えてーーまぁこれは不可抗力だろうがーー彼の周りを決して寄せつけない空気感は、セシリアにとって一種の防波堤にもなっていた。


 知識欲を満たす為の時間を、無駄な会話に遮られる事が無い。

 それはセシリアにとって幸せ以外の何物でも無かった。



 と、こんな風に言っているとセシリアが一方的に得をしている様に思えるかもしれないが、実際にはそうではない。


 彼は彼で、この時間を楽しみつつメリットを享受している。


 というのも、彼は先日父親に暇つぶしの為の本を没収されていて、それ以降彼の頭をずっと悩ませ続けているのが「その時間が暇で暇で仕方が無い」という事なのだ。

 だから『ちょっと変わった友人』との会話は、彼にとって非常に良い暇つぶしだった。



 つまり、これは互いにとってWinWinな状態だという事であり、正しく『有益な時間である』と言えよう。




 さて。

 そんなこんなで、社交シーズンも中盤に差し掛かった頃。


 セシリアは、とあるお茶会に参加していた。

 そしてそこには勿論、レガシーの姿もある。


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