第2話 さも簡単な事のように
この日も、セシリアは全ての『義務』を終え、いつもの調子でレガシーの元へと訪れた。
そんな彼女の訪れにレガシーがの土埃をほんの少し綺麗にし、彼女が礼を言いながらそこへとゆっくり腰を下ろす。
そうやって隣同士に座り、2人は早速こんな話をし始めた。
「でも、君は凄いよね。同年代の子達と比べて、随分と社交に勤しんでる」
基本的には口下手なレガシーが自分から鉱石関係以外の話題を降ってくる事は珍しい。
セシリアが「レガシー様は一体何に興味を持ったのだろう」と興味を覗かせる一方で、そんなセシリアの心中を知ってか知らずか、マイペースな声が後に続く。
「セシリア嬢にとって、社交ってそんなに楽しい事なの?」
それは、セシリアが来るまでの間手持ちぶさた過ぎたレガシーが社交場を何となく観察した結果抱いた疑問だった。
そして、ふとこう思い至ったのだ。
自分と似た種類の探究心を持つセシリアがもしも社交を「楽しい」と言うのなら、もしかすると自分も少しは社交を「楽しい」と思えるかもしれない、と。
しかしそんな淡い期待は、セシリアのキョトン顔を前にしてものの見事に消え失せた。
「いえ、別に楽しくは無いですね」
セシリアは「なぜ彼がそんな思考に行き着いたのか分からない」とでも言いたげな顔になっている。
しかし、その返答に困惑したのがレガシーだ。
「え、じゃぁ何であんなに熱心に社交してるの・・・・・・?」
「それは勿論、社交は『貴族の義務』だからです」
それは即ち、私の義務という事でしょう?
逆にそう問い返して来る彼女に、レガシーは少し驚いた。
少なくともレガシーには「義務だからする」なんていう常識は今まで微塵も存在しなかったのだ。
否、言われてみればレガシーだって流石に納得する事はできる。
確かに貴族は領地を統べるのが仕事なんだから、その為の根回しを行う社交は『貴族の義務』だ。
そして義務である以上、行って当たり前だというセシリアの言葉も一理ある。
しかし。
「まだ他の子達はやってないでしょ?」
義務とはいえ、それは大人の仕事だ。
そう思っての彼の言葉に、セシリアは小首を傾げる。
「他がやっていないからと言って、私が義務を果たさない理由にはなりませんよね?」
レガシーの主張は、セシリアによって綺麗サッパリ一蹴された。
あまりのバッサリ感、そしてあまりの正論に返す言葉を失っていると、彼女は更に「ですから」と言って言葉を続ける。
「私個人の好き嫌いや苦楽は関係ないのですよ」
何て言ったって、義務なのですから。
そんな回答は絵に描いたような「取り付く島がない」図である。
目の前の彼女は、実に強固でとても頑固。
本来探求者とは様々な事実を説き明かす為に柔軟な思考の持ち主の筈で、それは鉱石の話をしている時には確かに彼女が持っているものでもあったのに。
「セシリア嬢って、変なところで折れないよね」
一方では周りの感情を読み取ってうまくやる癖に、その実変に譲らないところがある。
そんな風に思えば、一つ思い当たる事を見つけた。
今騒がれている、社交界デビューの一件。
それだって、第二王子の方は未だしも侯爵子息の方は、実のところ無難に切り抜けられたのではないかとレガシーは踏んでいる。
なのに、そうはしなかった。
それらには、きっと共通する何かがあるのだろう。
(その境界は、まだ僕にはうまく読み解けないけど)
しかし今、これだけは確実に言える。
「セシリア嬢は、本当に凄いね」
今度は先程のような口先だけの「凄い」ではなくちゃんと実感の篭った言葉で、レガシーは彼女にそう告げた。
「もう既に『義務』と向き合って、好き嫌いや苦楽を別に考えられる。それってとっても凄い事だと思う」
それは、少なくとも今のレガシーには出来ない事だ。
もしかしたら、大人になればそんな事も出来るようになるのかもしれないけど。
・・・・・・否。
「少なくとも僕は、大人になってもちゃんと割り切れるかどうか・・・・・・」
僕の場合、大人になってもきっと変わらず社交は嫌いなままなのだろうし、例え割り切ってやれたとしても、絶対その度にしんどい思いをするに決まっている。
彼女の様に涼しい顔であんな事が言えるほど、僕はきっと達観は出来ない。
そんな未来がありありと見えるようで、レガシーは思わず遠い目になった。
すると、そんな彼の様子を前にセシリアがクスリと笑った。
「まぁ、確かに『今の』レガシー様のままでは社交を行うのはしんどいでしょうね」
そして「だから」と言葉を続けた。
「少しずつリハビリをしていけば良いのです。私たちは貴族、それこそ世捨て人にでもならない限り近い未来社交はせねばならなくなるのですから、苦手ならば尚更、周りよりも早めに準備を始めた方が良いと思いますよ」
さも簡単な事のように、彼女はそう言ってのける。
何故だろう、とっても不思議だ。
彼女が言うと、何だかとっても簡単な事であるかのように思えてしまう。
少なくとも、人間不信な俺にはひどく難しい事の筈なのに。
そう思えば、何だかとてもくすぐったい気持ちにさせられた。
だから。
「いや、別に俺は世捨て人でも良いんだけど・・・・・・」
「それはダメです。だってレガシー様が社交場に顔を出さなくなってしまったら、私の相手は一体誰がするというのですか」
「その理由はちょっと自己中過ぎない?」
「私は元々自己中心的な人間ですよ」
抱いた気持ちの照れ隠しに軽口を叩けば、セシリアはまるで打楽器のように打てば響くやり取りを展開してくれる。
こんな風に、いつも何の成果も求めない雑談が2人の間には繰り広げられる。
そしてそんな時間を遮るモノがあるとすれば、それは大抵主人から言付かってセシリアを呼びに来るポーラくらいなものだ。
しかしその日は珍しく、二人の元にはとある来訪者があった。
「……セシリア嬢、ちょっと良いだろうか」
躊躇いがちなその声に、セシリアはゆっくりと視線を流す。
そして。
「良いですよ。どうされましたか?――クラウン様」
セシリアのペリドットの瞳に、見知った少年の姿が映り込んだ。
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