第3話 噛み合わない二人
彼の躊躇いには、2人の会話に割って入る事に対する申し訳なさと、セシリアに対する気まずさが同居していた。
しかしセシリアとしては、何故クラウンがこうも躊躇うのか理解出来ない。
クラウンは侯爵家の子息だ。
そしてこの場に居るのは伯爵令嬢のセシリアと子爵子息のレガシー。
つまり、この場では彼が最も高位の家の子なのである。
そして高位の者が下位の者の会話に割って入る事は、別に貴族界では普通にある事だ。
失礼でも無礼でも何でもない。
もちろん、貴族界のルールにも抵触していない。
と、なれば。
(私が彼の今の行為快く思う理由なんて無い)
それが、たとえ相手がつい先日いざこざがあったばかりのクラウン相手だったとしても。
きっと、彼は先日の件を気にしているのだろう。
それは分かる。
しかし。
(もうアレは『終わった事』なんだし、それに対して必要以上に気まずくなる必要もないと思うんだけど)
セシリアは、心中でそう独り言ちた。
だっていつまでも過ぎた事を引きずるのは、非効率以外の何物でもない。
仕方がない事以外はなるべく効率的な選択をしたい。
それが、効率主義を掲げるセシリアの思いなのである。
対してクラウンはというと、内心でホッと息を吐いていた。
彼女の声色は、相手に対する嫌悪感を全くと言って良い程感じさせない物だった。
少なくとも、嫌がられてはいない。
それは、勇気を出して声を掛けた彼が胸を撫で下ろすには十分な事だった。
実は彼、先日の件を後で思い出して「もしかしたらあれは哀れみからの慈悲か、もしくは爵位故に断れなかっただけなのでは」と思ってしまっていたのだ。
そしてもしそうだとしたら、助言という形で救いの手を差し伸べた事で彼女はもう「自分の義務は果たした」と思っているだろう。
ーー次に会った時、もしかしたら冷たくあしらわれてしまうかもしれない。
そんな不安が、ずっと彼の中にはあった。
もしそんな態度を取られたとしても、それは正しく自業自得だ。
それはもう、彼自身もちゃんと理解している。
そしてそうならば、拒絶される事も覚悟すべきだ。
そう思っていた。
でもだからといって、別に拒絶される事が平気なわけでは無いのである。
だからこそ、彼は深く深く安堵した。
不安からの、安堵。
それは正に緊張の緩和だ。
そしてその瞬間、人の気は割と簡単に緩んだりするものである。
だから。
「……セシリア嬢は、変わってるな」
その言葉は、クラウンの素直過ぎるほど素直な感想だった。
そして、思ったことが思わずそのまま口を突いて出てしまった事に。
「――そうでしょうか?」
セシリアの言葉で、初めて気が付く。
瞬間、クラウンは思わずハッとした。
「い、いやその、これは別に嫌味や悪口の類じゃなくてだな、逆に褒め言葉というか――っ!」
折角普通に接してくれたのに変な思い違いをされては堪らない。
そう思えば、慌てて言い訳もしたくなる。
一体何が『逆に褒め言葉』なのか。
自分の言葉が意味不明過ぎて「どうしたもんか」と一層焦る。
もっと他の言葉が必要だ。
それは分かっているのだが、焦っているせいか、それともそもそもの語彙力のせいなのか。
すっかりとっ散らかってしまった思考に全く収拾がつかなくて、結局口からは「えーっと」とか「だから」とか「そのー」とか、そんな全く意味を成さない言葉しか出てこない。
そんな彼を、セシリアは終始キョトン顔で見つめていた。
(何故そんなに慌てているのだろう?)
この間セシリアの思考に在り続けたのは、終始そんな言葉である。
セシリアは、ただ彼の言葉に純粋な疑問を抱き答えが欲しくて聞き返しただけなのだ。
言われた事が自分にはピンとこない事だったから「そうでしょうか?」とただ聞き返しただけなのだ。
それなのに勝手に慌てて口ごもって。
(そんなの良いから早く答えを教えてほしいんだけど)
それが、セシリアの偽らざる本音なのである。
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