第4話 常識外れ(セシリア)
そんな両者のやり取りを、ちょっと遠い目になりながら傍観している者が居た。
レガシーだ。
彼には、クラウンの気持ちがよく分かる。
(セシリア嬢は、確かにちょっと変わってるよね)
「では一体どの辺が変わっているのか」と聞かれればちょっと困ってしまうが、何と言えば良いのだろう。
彼女はいつも、変なところで斜め上を行く。
お陰で二人は、どうしようもなく噛み合わない。
それは、こうして第三者として傍観するとよく分かる。
しかし、おそらく当事者たちは互いにそれが分かっていないのだろう。
レガシーは、ため息を吐きながらセシリアの方を見遣った。
(ホント、不思議だよね。いつもは切れすぎるくらい頭が切れる子なのにさ)
殊周りとの感覚のズレとなると、決まってひどく鈍感になる。
まぁそれも、もしかしたら『優れているからこそ』なのかもしれないが。
そして、ソレを負い目のある状態で相手にしなければならないクラウンに、彼の自業自得とはいえ、レガシーはどうにも同情せずには居られなかった。
そして。
(良かった・・・・・・僕は彼女と、比較的フラットな感情での初対面で)
と、人知れず安堵する。
もしも僕が彼と同じ状況で彼女と知り合い、今のような反応をされたなら。
そんなの、どう考えても怖いに決まってる。
彼女の気持ちが推し量れなくて、彼女が首を傾げる理由が分からなくて。
仲良くしたいという気持ちで来ているのだから、尚更混乱する。
間違いない、コミュ障な自分はおそらくしっぽを巻いて逃げる事しか出来なかっただろう。
そう思えば段々と、クラウンの事が不憫に思えてくる。
そして、気付いてしまった。
(もしかして・・・・・・今この場で彼に助け舟を出す事が出来るのは、地位的にも状況的にも僕だけなんじゃ・・・・・・?)
今この場には、他に子女は居ない。
この場にはもう一人存在するが、彼はセシリアの執事。
地位的に、主人よりも上位の家の子に対して口を出す事はあまり好ましくないだろう。
そのせいなのか、それとも本当に動じていないのか。
彼は口の端に淡い微笑を浮かべた状態で、いつものように主人をただ見守っている。
少なくとも、今すぐに動く気配は無い。
となれば、という訳だ。
そうと気付くとレガシーは、まず一度分かりやすく怯んでしまった。
というのも、彼にとって「誰かと会話をする」という事は、ただそれだけで一つの大きなハードルなのだ。
それを慣れたセシリア相手ではなく初会話のクラウンに対して行わねばならないのだ。
しかも、会話の参加者として正式にお呼ばれしていないにも関わらず、相手がこちらにの名前を知っているかさえ、怪しいというこの状況で。
しかし、それでも。
「セシリア嬢。何度も言うが、君の思考回路はやっぱりちょっと変だ」
彼は自らが抱いた共感と同情で、一歩踏み出す決意をした。
「普通はね、大なり小なり諍いのあった相手に対して、まるで何事も無かったかのように振る舞うったりはしないんだよ」
本当ならもう少し気まずそうにするとか、そういう反応をするものだ。
そんな事を言いながら、内心では「声は震えていないだろうか」という事がとても気になった。
しかしそれでもレガシーは、まだセシリアに窘めの言葉を紡ぎ続ける。
「お陰で彼も困惑して、思わずポロッと本音がこぼれる始末だ」
つまり、今の状況はほぼ全部君のせい。
そう、鋭く指摘してやった。
レガシーがここまでセシリアが『彼に対して何も思うところが無い』と断言した上で話が出来るのは、以前彼女からそんな話を聞いていたからだ。
でなければ、レガシーだってクラウン同様彼女の気持ちが分からなかっただろう。
そもそも、事前情報も無く常識外れ(セシリア)の言動の根底にある感情を「分かれ」と言うのが、土台無理な話なのだ。
するとそんな指摘を受けたセシリアは、軽く口を尖らせた。
「『変』だなんて人聞きの悪い。私はただ、『過去の事にいつまでも囚われているのは非効率だ』と思っているだけじゃないですか」
「ならソレを先に説明しないと。そこの手間を省くから、相手はこうやって困惑して逆にに時間を浪費するんだ」
それこそ非効率なんじゃないの?
そこまで言われると、セシリアも流石に「確かにそれはそうですね……」と思案顔になった。
この時セシリアが思い出したのは、社交界デビューの日の朝の事だ。
お前は少々周りと比べて特殊なのだ。
そう両親から告げられて、それ以降はそれなりに自身の言動に気を使ってきたつもりだった。
しかし、気をつけられるのは、あくまでも意識の範疇だけ。
自分でも無自覚な部分はどうにもならない。
それが『今』のような所なのだろう。
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