第4話 箍(たが)など最初から、存在なんてしないのだ
今から2年前、第3王子が死んだ。
アリティーの下には、双子の弟妹が居た。
二人は正妃の子、そしてアリティーは側妃の息子。
つまり異母兄弟にあたる子達だ。
歳は、アリティーよりも一つ年下で、当時はちょうど王族としての教育が本格的に始まる7歳の年だった。
教育が始まった途端に、第3王子はすぐさま頭角を現した。
それは、何もその時点でアリティーやその上の王子を脅かす程の才を発揮した訳ではなかった。
あくまでも「『年相応』という基準で考えれば」という事だ。
しかしそれでも城内が彼の存在に確かに湧いたのを、アリティーは良く覚えている。
王位継承権こそ第3位だったが、彼は正妃の子だ。
側妃の子であるアリティーよりも、どうしたって優遇される立場にある。
だからだったのだろう。
当時のアリティーは、母親からしきりに発破をかけられた。
もっと頑張れ、もっと成果を出せ、と。
そして、これは後で聞いた話だが、当時正妃の後ろ盾だった政治派閥『革新派』では「第一王子に万が一もしもの事があった時に」と、非常に手厚い援助があったりもしたようである。
当時、少なくともあの時点ではあくまでも、彼は『第1王子のスペア』としての扱いだったと思う。
例えば『革新派』を二分するような何かが動いていた訳ではなかったようだし。
しかし少なくとも第1王子は、そういう風には受け取らなかった。
彼には末弟が、きっと周りからちやほやされて調子に乗っているように見えたのだろう。
でなければ、きっとあんな事件は起きなかった筈である。
ある日、アリティーは第1王子である兄と、そして第3王子と第1王女の弟妹との四人で遊んでいた。
側妃の息子であるアリティーだが、少なくとも当時の子供内ではそのような区別はまだ無かった為、正妃の子供達と一緒に遊ぶこともそんなに珍しいことではなかったのだ。
もちろん、子供であっても王子だ。
常に使用人が付き従う身分である。
その日も変わらず、数人の使用人達が彼らの遊びの場についていた。
そんな彼らが、ほんの一瞬目を離した隙に、第3王子が階段から転落した。
突如起きたその『事故』に、使用人達は皆顔を青ざめて慌てふためき、場は大いに混乱した。
皆、転落した第3王子に夢中で、だから気付かなかったのだろう。
「いい気になって俺の地位を脅かそうとするからだ」
第1王子が、弟を冷えきった瞳で眺めながら、そんな言葉を呟いた事に。
その言葉だけではなく正に第3王子が落ちる瞬間も、アリティーと第1王女は2人してしっかり見ていた。
否、見てしまった。
そんな2人を、第1王子は目ざとく見つけた。
そしてすっかり青ざめた残りの弟妹達に、彼は底冷えするような笑顔で耳打ちしてくる。
「余計な事を言ってみろ、お前達も同じ末路を辿る事になるからな」
それは、当時の彼らを萎縮させるには十分過ぎる恐怖だった。
その言葉を皮切りに他人をひどく恐れるようになった第1王女も、そしてこの件について一切口をつぐんだアリティーも。
周りからは「第3王子が亡くなる瞬間を直近で目撃してしまったのだから仕方がない」と思われ、誰一人として彼らの言動を怪しむ者は居なかった。
その後、第1王女はめったに部屋から出て来る事ができなくなった。
そしてアリティーは、自分の身を守るために、「凡人」になった。
アリティーが恐れたのは、第1王子の「相手を傷つける事が、実際に出来てしまう」ところだ。
普通は、例え殺意が芽生えたとしても本当に相手を手に掛けるまでには至らない。
彼は、何もは箍(タガ)が外れた訳ではない。
最初からそんなものなど存在しないのだ。
アリティーは、何よりもその事が怖かった。
彼の怒りが一体どこに用意されているのか、それが限りなく不明瞭だからだ。
それは、どこに埋まっているのか分からない地雷源の上を歩くことに等しい。
そしてもしもソレを踏み抜いてしまったら。
(同母弟に対してその仕打ちが出来てしまうのならば、異母弟の自分に対しては果たしてどうだろう)
そんな事は、火を見るよりも明らかだった。
だからアリティーは決めたのだ。
全てにおいて彼を立てれば、彼から反感を被ることはないだろう。
つまり、そうすれば殺されなくてすむ。
元々王位に興味は無いのだ。
そちら方面に意欲を燃やしている様子のお母様にはちょっと申し訳ないが、背に腹は代えられない。
諦めてもらう事にしよう。
こうしてアリティーは、覇者への道への意欲を完全に手放した。
そしてその考えは、十中八九第1王子よりも自分の方が優秀だと自覚した今でも変わらない。
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