第17話 魔法医、大精霊を説得する


 聞こえてきたその声は、レリアの頭のなかに直接語りかけてきているようで、まるで神からの天啓のようだと思った。


「この声ってまさか……」

「おまえが大精霊クオレル、だな?」


 レリアの言葉をつぐように、エロースが声の主へとそう語りかける。


 すると洞窟の奥部から、人より一回りも二回りも大きな影があらわれ、そのままのしのしとこちらに近づいてくる。


 そして眼前に姿をあらわしたのは――



『その名は……汝らの祖先が定めたものにすぎぬが、まあ別によかろう』



 巨大な銀狼だった。


 見上げるような高さがある。人を軽く丸呑みできそうな偉躯だ。【ライトウィスプ】の明かりに照らされていることもあり、神々しい白銀の体毛が輝いているように見える。そして頭部には槍のごとき鋭利な角が尖り、存在感を放っている。


 姿だけだとふつうの銀狼とあまり変わりないように見えるものの、目の当たりにしたときの威圧感や存在感は桁外れだ。とてつもない魔力をまとっていて、見るだけで人を畏怖させる迫力がある。


(これがクオレルさま……きれい)


 レリアはその姿につい見とれてしまう。


 獣とか人とか精霊とか――そのような分類は些細なことに思えてしまうぐらいに、ひたすらにその姿は美しかった。


(……いや、見とれてる場合じゃないのん)


 だがすぐにレリアは首をぶんぶん振ると、クオレルへと向きなおる。


「クオレルさま、いつも我らアマゾネスを――そしてムーランの集落とそこに棲まう民をお守りくださってありがとうございます」

『勘違いするな、人間』


 頭をさげると、即座にそう返ってくる。


『我は汝らを守った覚えなど微塵もない。我はこの世界のなにものにも属さぬ自由な存在。なにものにも縛られずにただ自由に存在しているのみ。それが汝らにとって益する結果になったにすぎぬ』


 クオレルは傲岸不遜な態度で言いながら、レリアとエロースを睥睨した。


 エロースの言ったとおり、精霊とはそういう存在らしい。幼い頃より守り神だと教えられてきたため、少し違和感を覚えてしまう。


 だが人間に関心がないとなると、やはりクオレルが魔素熱を意図的に起こして人間を害したというわけでもなさそうだ。


 そういうことならば、うまいこと話せれば説得もできるかもしれない。


「本日は失礼ながら、クオレルさまにお願いがあってやって参りました」

『申してみよ』


 クオレルはふんと鼻をならし、うながすようにその獣の頭を振った。


「はい、現在アマゾネスの集落では魔素熱という病が流行っております。仲間が何人も命を落としているのです。そしてその原因は恐れながら、この洞窟から流れている川にふくまれたクオレルさまの魔力なのです。クオレルさまの強大な魔力に人の体は耐えきれず、水を摂取したものは次々と倒れております。それはご存知でしょうか?」

『知るわけがない。我は人間の生死、そして営みにさして興味はない。摂取すれば死ぬというのなら摂取せねばよかろう』


 おっしゃるとおりです、とうなずくレリア。


「しかしいま我が集落にとって、あの川の水は生命線。あの水を飲めなければ、病以前に集落は破滅してしまいますのん」

『ならば滅びるするほかなかろう。それが運命だ。御託はいい、要件を申せ』


 クオレルは苛立ったように言う。


「東にカトラス山脈という多くの精霊の棲まう山があります。そこは精霊力に満ち満ちており、クオレルさまもここにいらっしゃるよりもそちらに行かれたほうが伸び伸びと過ごせるのではと思い――」


 だがレリアがそこまで言った刹那、




『――――痴れ者が!!!!』




 すさまじい殺気と圧力をふくんだクオレルの声が、脳裏に叩きつけられた。


『汝らごときのために、我にこの山を出ていけと申すとは……身の程をしれよ人間。我は存在したいように存在するだけ。それによって人間がどうなろうが知ったことではない。我はこの山と森を気に入っている。出ていくつもりはない』

「待ってください! 失礼なのは承知しております。しかしそれでも……!」


 瞬間。クオレルの角に魔力が収束し、巨大な稲妻となって放たれた。


 信じられないほどの魔力を内包したその稲妻が、レリアの足元で爆裂する。レリアは悲鳴をあげ、爆風とともに地面を転がった。


『命惜しくば、即刻ここから消えろ』


 クオレルは有無を言わさぬ調子で告げると、脅しをかけるように自身の周囲にびりびりと稲妻をほとばしらせる。


 クオレルの声音は、真にせまっていた。


 もしレリアたちがここから速やかに立ちさらない場合には、本当に自分たちを殺すつもりなのだろう。話をしているかぎり、人間には本当に興味がないらしいので、そのことに躊躇もしなさそうだ。


(いたっ……)


 擦りむいた膝が、稲妻の火花で火傷した脚が、ひりひりと痛んだ。


 だがレリアは立ちあがり、前を見る。


 この程度の痛みなんて、集落のみなの苦しみと比べれば屁でもない。


(でもどうすれば……)


 恐怖と苦痛を必死に押し殺して考えてみるものの、なにも思いうかばない。


 万事休す、だった。


 クオレルはよくも悪くも人間に興味がなく、それを説得できるいい案はなかなか思いつけない。すでにかなり怒らせてしまっているのでなおさらだ。正直もうどうしたらよいのかわからなかった。


 だがそのとき――



「――おい精霊、おとなしく黙っていればいい気になるなよ」



 そう横槍を入れたのは、旅のヒーラーの男エロースであった。

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