第18話 魔法医、大精霊と死闘する
「クオレルとやらよ……人間こときが身のほどを知れと言ったな。こちらからすれば、身のほどを知れよ精霊ごときが、だ」
エロースは不遜な態度で、喧嘩を売るように刺々しい物言いをする。
(だ……大精霊さまになに言ってくれちゃってるのこの人〜!?)
その遠慮のない物言いに慌てるレリア。
たとえレリアたち集落の民のように守り神として崇めていなくとも、大精霊は崇高な存在だ。人間とは比べるべくもない超常的な――神のごとき存在なのである。そんな存在に対して、この男はなんという態度をとっているのだろうか。
しかもあくまでも今回の問題は、集落の問題だ。だから説得は自分にまかせてもらうように、事前に言っていたのだが――
「勘違いするな。貴様ら精霊が人間に興味がないことは知っている。そして俺も貴様ら精霊になど別に興味もない。だが実害を受けているのなら、話は別だ。故意ではないにしても、貴様がここにいるせいで集落の人間は命を落としている。俺はヒーラーだ。人の命を奪う病巣をそのままにはできない」
エロースはまったく遠慮することなくつらつらとそう述べ、あろうことかクオレルのことを病巣呼ばわりまでしてしまう。
『……ほほう? そのままにしておけぬのなら、どうすると言うのだ?』
だがクオレルはそのエロースの態度をどう思ったのか、静かに――そして品定めするようにエロースを睨めつけた。
「もちろん、ここから出ていかないというのなら……強引にでも出ていってもらうほかあるまい。実力行使をしてでもな」
エロースはそこまで言い、すさまじい魔力を全身にみなぎらせる。
エリシアを癒したときのあたたかな魔力とはまた違う――人を刺しつらぬき、傷つけることを目的とする刃のごとき魔力だった。
「……!?」
その圧倒的な魔力に気圧され、レリアは無意識に数歩あとずさる。
それほどに強大な魔力だった。
(え、え!? この魔力はなんなのん!? この人ヒーラーだよね!?)
彼は確かに自身をヒーラーだと言っていた。そしてエリシアを治療したその技術を見れば、その言葉はまぎれもない真実だろう。
だが――だかそれならば、このすさまじい闘気のような魔力はなんなのだ。
(見てるだけで気圧される……まるで、セタリーさまみたいなのん)
集落を旅立ち、冒険者として名を馳せるアマゾネスの勇者を思いだす。
いまのエロースには、あのユグラシア大陸“十傑”にも数えられる英雄的な戦士である彼女のような威圧感があった。
そんなエロースを睥睨し、クオレルの口が裂けるように不気味に広がった。
『面白い……ならば卑小な人間よ、我を追いだしてみせるがよい!!!』
直後。クオレルはふたたび自身の角へと魔力を収束させはじめる。
そしてそれを凝縮させ、人を一撃で死に追いやるであろう稲妻を放った。
だが稲妻が襲いかかる直前、
「バケモノめが――【インバルラビリティ・ミラーアーマー】」
エロースは呪文を唱えた。
するとエロースの体が半透明な魔法壁に覆われる。その魔法壁は稲妻を見事に阻み、そのままクオレルへと跳ねかえした。
クオレルは自身の稲妻をまともに浴び――
『……!』
しかし身を振るだけでそれをけちらし、轟くような咆哮をあげた。
ダメージを受けた様子もなく、それから即座に激しく地団駄を踏む。
とたんクオレルの足元から地割れが起こり、エロースへと襲いかかる。
(……え、え! 待ってほしいのん!)
エロースを心配しているあいだに、気づけば地割れは四方八方に広がり、なんとレリアの足元の地面にも亀裂が入っていた。
逃げるまもなくその亀裂は広がり、レリアの足元が崩れおちていく。
レリアは崖で足を踏み外したかのように、地底に引きずりこまれていく。
「――【フライト】」
レリアが悲鳴をあげている最中、エロースのそんな声が耳に届く。
かと思ったときには、レリアはエロースに空中でキャッチされ、そのまま抱きかかえられて地上へと浮かびあがっていた。
「あ……ありがとう」
「礼などいらん、それより…………チッ!」
だがエロースとレリアが地表に出た瞬間。
クオレルはすでに次の攻撃の準備をしていたらしく、集めていた魔力を収束させ、それを黒い球体にしてこちらに放った。
球体はさきほどまでの稲妻とは比較にならぬ強大な魔力をまとっていた。
さきほどの稲妻を無数に集めたような威圧感とでも言おうか。実際それと同等の威力を持っていることは容易に想像できる。いくらエロースの魔法壁を持ってしても、防ぎきれないかもしれない。
「俺から離れるな」
「え」
エロース自身もそれを察したのだろう。
レリアを力強く抱きよせつつ、すぐに対抗すべく別の魔法の詠唱に入り――
「――【ブーストマジック・フレアボム】」
放ったのは、巨大な火球。
それはまっすぐクオレルに向かい、放たれた黒い球体と接触する。
直後、大爆発が巻きおこった。
「きゃあああああああああっ!」
エロースに抱えこまれたまま、レリアは爆風で勢いよく吹っとんだ。
地面に跳ねるように打ちつけられ、ごろごろと転がって壁に叩きつけられる。
しばしあって爆風と土煙がおさまると、
(いたたたたた……)
全身を打ちつけた痛みに顔をしかめながらも、レリアは身を起こす。
エロースがかばってくれたおかげだろう。思ったよりも軽傷で済んでいた。
一方でレリアをかばったエロースは、いまだ身を起こす気配がなく――
「だ……大丈夫なのん!?」
「ああ、大丈夫……だ」
瞬間――ゴボッ、と。
身を起こそうとしたエロースが、口から大量の血塊を吐きだした。
地面に叩きつけられ、内臓にダメージを受けてしまったのだろう。
レリアは慌てて彼に身を寄せ、
「――【ヒール】」
残っているありったけの魔力を使い、エロースの体を治癒させる。
レリアの両手から淡い光があふれ、エロースの体を包みこんでいく。
しかし治療を終える前に、エロースがレリアの魔法を手で中断させた。
「もう、これぐらいで大丈夫だ」
「え、でもまだ……!」
身を起こしたエロースは、しかしまだまだ苦しげな表情をしていた。
あきらかにまだケガは完治していない。
だがさらに言いつのる前に、レリアはエロースに勢いよく突きとばされた。
「――――くっ、【インバルラビリティ・ミラーアーマー】」
エロースがふたたび魔法壁を展開した瞬間、稲妻がエロースへと襲いかかり、すんでのところで魔法壁にはばまれて霧散した。
エロースがよろめきながら立ちあがると、眼前にクオレルが立ちはだかる。
クオレルはいまだ無傷で、疲労している様子もない。万事休すだった。
「……どうするのん?」
「どうしようもないな、さすがに甘く見ていた。きみは逃げていいぞ」
訊ねるレリアに、エロースはあっけらかんとした様子でそう言った。
「逃げてもいいって……きみは?」
「俺のことはいい、早く行け」
視線を洞窟の出口へと動かし、レリアに逃げるようにとうながす。
自身が囮になると言っているのだろう。
だがレリアは彼の意思を尊重できなかった。受けいれられなかった。
「待ってよ、それだったら囮はぼくがやるよ! 来る途中にも言ってたでしょう? ぼくを囮にしてでも生きのこるって! それに、ぼくよりきみが生きのこったほうが絶対に集落のためになる!」
レリアは主張するが、首を振るエロース。
「残念ながらレリア……きみでは囮としての価値はない。瞬殺されるだけだ。よって選択肢はないのだよ。そもそもこの状況になったのは、俺の目論見が甘かったためだ。それできみを殺すのは忍びない」
「そ、そんな……でも!」
「ここに残ってもらっても足手まといになるだけだ、さっさと行け。俺も簡単に死ぬつもりはない。機を見て逃げる」
エロースは言いながら、レリアの背を押す。
彼の言葉にはしっかりと筋が通っていて、反論の余地はなかった。
要は二人そろって死ぬか、エロースが囮となってレリアだけが生きのこる可能性をつくるかという二択の状況なのだ。
彼を残して逃げるのは不本意でしかないが、集落には患者が大勢いる。レリアだけでも生きのこれば、助かる命が増えるはず。
「……」
レリアは歯を食いしばりつつも、すぐに身をひるがえして走りだした。
しかしその瞬間、
――ズドンッ!!!
レリアの進行経路に巨大な岩石が落ちてきて、逃げ道をふさいでしまう。
洞窟は完全なる一本道だったため、退路は完全に絶たれてしまった。
これでは逃げられない。
『まだ来たばかりだ。そう急がなくともよいではないか、寂しいであろう』
クオレルは不遜に鼻を鳴らし、獣面に嘲笑めいたものを浮かべる。どうやらこの岩石はクオレルによるものだったらしい。
それからクオレルは高みからエロースを睥睨し、わずかに眉をひそめる。
『それにしても汝は……何者だ? これほどの状況判断力と魔力操作技術をあわせ持っているとは、本当に人間か。その魔力は人というより我ら精霊に近い……どこかなつかしくすらあるのだがな』
「フッ、人間以外のなんだと言うのだ」
この絶体絶命の状況においても、エロースは不敵な笑みでこたえる。
クオレルはエロースの態度にわずかに目を細め、魔力を全身にまとう。
『……まあいい、消えろ』
直後。
ふたたびあの強大な黒い魔力の球体を生成し、エロースへと放った。
それはさきほどと同じく、エロースを殺すべく放たれた容赦のない一撃。
一方でエロースはさきほどとは違い、疲労困憊の瀕死の状態である。
「エ――――エロース!!!」
レリアは悲鳴まじりに声音で彼の名を呼び、自身の視界を半分手で覆う。
いくら彼でも無理だ。
あの状態でクオレルのあの人知を超えた一撃に耐えられるはずがない。
『……エロース、だと?』
大精霊がいぶかしげな声をあげた瞬間。
エロースのもとに黒い球体は到達し、さきほど以上の大爆発が起きた。
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