第16話 魔法医、洞窟を探索する



「この洞窟でいいんだな?」

「うん……この奥らしいのん」


 集落出発からしばしあって、レリアはエロースとともに魔霊山に到着し、上空からその中腹にある洞窟を見下ろした。


 そして洞窟めがけ、高度をさげていく。


「……」


 大精霊クオレルと集落の人間が会ったのは、先先代の長老のときが最後。


 レリアはもちろんのこと、当代の長老や族長ですらも会ったことがない。


 クオレルは気難しい性格らしく、人間が棲み家を訪れることを極度に嫌った。先先代の長老のときにクオレルにそのことを再三にわたって警告されたため、ここには一度も訪れていないとのことだ。


 だからこそ、今回のような勘違いも生まれてしまったのだろう。魔素熱の流行前に――いや、流行後にでもいい。無理にでもクオレルと接触を持っていれば、なにかが変わっていたかもしれないのに。


(ううん、いまからでもがんばらないと)


 そしてレリアはエロースとともに、大きく口を開ける洞窟の前に着地する。


 エロースが息つく声が間近に聞こえ、レリアは彼に抱きしめられた状態であることを思いだし、慌てて彼の腕から逃れた。


 いろいろと考えごとをしていたため、すっかり頭から抜けてしまっていた。


 レリアがほんのりと頬をそめる一方で、エロースは淡々と洞窟を見上げる。


「さて、行くとするか。大精霊が現れたら手筈通りに説得するんだぞ」

「無理だったら……どうするのん?」


 不安げに訊ねるレリア。


 クオレルを説得する案自体は、一応ここに来るまでに考えておいた。


 だがその説得案は、しょせん付け焼き刃。


 なにしろレリアが適当に出してみた案をエロースが「ふむ、それでいいのではないか」と即採用しただけのものなのだ。


 失敗する可能性は大いにある。逆に成功するところが想像できないほどだ。


 彼は精霊にはそれぐらいで十分だと自信満々で言っていたが、大精霊という存在を舐めすぎではあるまいかと思う。


 だが――



「無理だったら死ぬだけだろう」



 彼はなんとはなしにそんなことを言う。


 いつものレリアなら、真面目にやってよと怒ってしまうところだ。


 だが今回は――危篤状態のエリシアを救うという紛うことなき奇跡を見せてくれた彼と一緒ならば、なんとかなる気がした。


 だからレリアはくすりと笑い、


「じゃあさじゃあさ、そのときは……きみもぼくと一緒に死んでよね!」

「断る。悪いがきみを囮にしてでも、俺は生きのこるぞ。まだ死ねない」

「え、ひど〜い! なんでなのん!」


 エロースに即答され、レリアは不満をあらわにして唇をとがらせる。


「……集落に、病人を残してきたからな」


 だがさらにそう告げられ、納得する。


 なるほど、この男は自分のことよりもなによりも患者のことが第一らしい。なぜだかものすごく彼らしいと思ってしまった。


「……へえ、そっか。でもそれでみんなを助けてくれなかったら呪うよ?」

「勝手にしろ」


 微笑まじりに言うと、やはり表情を変えずに淡々と返してくるエロース。


 そしてそんな軽口を叩きあいながら、レリアはついにエロースとともに、クオレルの棲まう洞窟へと足を踏みいれた。



「……」



 瞬間。濃密な魔力が、レリアの体を包む。


 ふだんならば魔力酔いでも起こしていそうな濃い魔力だ。だが治療で魔力を消耗しきっていたため、心地よく感じられる。


 洞窟内部は、思った以上に広大だった。


 特に入り口付近はホール状になっていて、縦横に広く、天井も高く、まるで大聖堂の礼拝堂のごとき広さがある。


 そんな広々とした洞窟を、レリアはエロースの背について進みはじめる。


 魔力が濃密なこともあって、豊富な魔鉱石があたりを照らしてこそいるものの、それでも洞窟の奥部は薄暗かった。


 レリアが灯りの呪文を使おうとすると、それをエロースが制する。


「病人は無理をするな、ここで倒れられてもこまる――【ライトウィスプ】」


 エロースは無数の光の玉を生みだし、それをまわりの中空に漂わせた。


 おかけであたりが行動するのに不自由ないぐらいに明るくなった。


(……とってもありがたいけど、無理してるのはきみのほうだと思うんだよね)


 エロースのことが心配になるレリア。


 エリシアの治療には、エロースもすさまじい魔力と精神力を使ったはずだ。そしてここまでレリアを抱えて飛んでくるのにも、相応の力を使っているはず。常人ならば三度は倒れているほどだろう。


 少なくとも、それほど進行していない魔素熱におかされているだけの自分よりも、よっぽど無理をしているのは間違いない。


 しかしエロースはそんな様子を微塵も出さず、淡々とレリアの前を歩く。


 彼のその背が、妙に大きく感じられた。


「……どうした? 体調が悪化したか?」

「ううん、なんでもないのん!」


 立ちどまるレリアを見かね、エロースがいぶかしげに声をかけてくる。


 ゆっくりしている暇はないぞ、と。

 エロースはあらためて歩きだしたものの、その歩調は控えめだった。


 小柄で病にもおかされているレリアを気遣ってくれているのだろう。


(アマゾネスをなめすぎだね)


 これでも自分は誇り高きアマゾネスの、誇り高きムーランの若長なのだ。


 レリアはエロースに対して心配するなと主張するように、鍛えあげた身体能力で跳ねるようにエロースの前に躍りでる。


「ふっふ〜ん、気を遣ってくれてるんだ? でもあんまりぼくのこと甘く……」


 そして悪戯めいた笑みをうかべ、エロースを挑発しようと振りかえる。


 だがその瞬間――



「……!!?」



 ガバッ! とエロースが飛びかかってきて、そのまま押したおされる。


 なぜいきなりこんなことをと思うまもなく、今度は――ズドンッ!!! という爆音とともに派手に砂煙が舞いあがった。


「……!?」


 レリアが立っていた場所に、なんと巨大な岩石が落ちてきていたのだ。


 この旅のヒーラーにはすでに母エリシアの命を救われていたが、今度は自分自身の命までも救われてしまったらしい。


(……ってうわ! あの……あの!)


 そこでレリアは我にかえり、自分が押したおされていることを思いだす。


 女ばかりの集落で育ったこともあり、そういった状況にあるというだけで湯気が出そうなほどに顔が火照ってくるレリア。


 覆いかぶさってきたエロースの体は、思ったよりも大きくて重い。まるで亡き父のような男らしさを感じ、妙に意識してしまう。同時にあたたかさも感じたが、それが火照ってしまった自身の体温なのか、彼の体温なのかは定かではない。


 しかしレリアがそんなことを考えている一方で、エロースのほうは淡々とした様子で起きあがり、洞窟の天井を見上げていた。


(あれ……?)


 同じようにエロースの視線のさきを見て、ふと違和感を覚えるレリア。


 かなり大きな岩石が落ちてきたのだが、天井を見あげてみると、そこに落石が起こったような形跡は一切なかったのだ。


 いったいどこから岩が落ちてきたのか――



『――我の眠りをさまたげるものは汝らか』



 直後。そんな巨大な存在感のある声が、レリアの思考をかき消すように響く。

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