第12話 魔法医、少女を説得する
「きみは……エロース? さっき集落から出ていってもらったはずじゃ?」
「そんなことはどうでもいい。そこを退け」
ずかずかと病室に踏みこんできたのは、エロースというあのヒーラーだった。
彼はシャムシーに命じて集落から追いだしたはず。なぜまだ集落に残っているのか、そしてこのようなところにいるのか。
「かなり病状が進行しているな。内臓まで結晶化が進んでいるのだろう」
エロースはレリアを押しのけると、早速エリシアの触診を始める。
レリアはその強引さに眉をひそめた。
「そうだよ……こうなったらもう助からないのん。だから下手なことをしないで。あとは静かに逝かせてあげたいから――」
瞬間――パチン! と鋭い痛みが、レリアの頰を唐突にうちぬいた。
「――ヒーラーが患者の命を諦めてどうする! きみはヒーラー失格だ」
そう告げられてようやく、エロースに頰を叩かれたのだと理解した。
ぴりぴりとひりつくような痛みが、じんわりとレリアの頰から広がる。
だがその痛みが気にならないぐらいに、彼のその言葉はレリアをまっすぐ刺しつらぬき、その心に耐えがたい激痛をもたらした。
「きみに……きみにいったいなにがわかるのん! ぼくはずっと……ずっとずっとずっとここであの病と向きあってきた! ぼくはもちろん、あの聖協会の“七聖”さまでもどうにもならなかった病なの! 結晶がこうやって黒ずんできたら無理なの。どうすることもできないんだよ! きみは来たばかりだからなにもわかってないのん! この病がどれほど恐ろしいのか……ぼくがどんな気持ちでみんなを看取ってきたのか!」
勢いあまって声を荒げるレリア。
その言葉は、半分八つ当たりだった。
彼の言葉がトリガーになって、この状況をどうにもできない自分への苛立ちが爆発し、彼にぶつけてしまっていただけだった。
「ああ、わかるはずがない。患者をあきらめるヒーラーの気持ちなどな」
「ぼくだって……ぼくだって諦めたいわけじゃない! 自分のおかあさんを死なせたいわけない! でも……救えないのん!」
冷静にならなければと思いながらも、レリアはさらに声を荒げてしまう。
一度あふれだした言葉は――感情は、もうとめようがなかった。
「一度や二度じゃないんだよ。この状態になった患者を……ぼくは何度も見てきた。そして例外なく、ぼくが手を尽くそうともただのひとりも救えなかった。助からない、どうやっても無理なんだよ」
「だから、命の灯火が消えるまでただ待つと? そういうのか? 患者はこうしていまも命をかけて戦っているのに?」
エロースのするどい視線に導かれ、レリアはベッドへと視線を送る。
エリシアは苦しげに喘いでいて、だが彼の言うとおりいまも闘っていた。
生きるために、死力を尽くしているのだ。
その姿を見て、唇を噛みしめるレリア。
「でもぼくなんかじゃ、大精霊さまのお力に太刀打ちできるわけ……」
「さきほど言っただろう、これは大精霊の怒りなんて大それたものじゃない」
エロースはなにやらエリシアへと呪文をかけながら、淡々とそう告げる。
「え……どういうこと? きみはこの病の正体がわかったっていうの?」
「これは“魔素熱”だ」
レリアは昔から勤勉で、この病が流行ってからも必死に勉強した。けれどそのような名前の病には、聞き覚えがなかった。
「ドラゴンフィーバー、ならわかるか?」
だがエロースにそのように捕捉され、ようやく記憶の端に思いあたる。
「確か……竜騎士が発症するっていう?」
「ああ、そうだ。アルリカ大陸の竜騎士がしばしば発症する職業病、
これまでまったくわからなかった病の正体を告げられて混乱していたというのもあり、彼の言葉が真実かは判断しかねた。
だがレリアが自身の記憶を思いかえすかぎりでは、結晶病の症状はドラゴンフィーバーの症状とかなり一致していた。
そして母を救える可能性は、彼のその言葉を信じたさきにしかない。
「ドラゴンフィーバーは治るの? おかあさんを……母を助けられるの?」
レリアは混乱しきった頭で、どうにかその質問をつむぎだす。
正直、訊ねるのは怖かった。
これで無理だと断言されてしまったらと考えると、逃げだしたくもなった。
だが自分は人の命をあつかうヒーラーだ。逃げるわけにはいかない。たとえ彼がどのような非情な宣告をしようとも。
「馬鹿者、俺を誰だと思っている?」
しかしそんなレリアの不安をよそに、彼は不敵な笑みをうかべて言った。
「俺はエロース、世界最高のヒーラーだ」
突拍子もなく。
子どもの悪ふざけのような宣言をした。
レリアには彼の素性がわからなくて、ヒーラーということぐらいしかわからなくて、その宣言は信憑性のかけらもなかった。
「……、」
だが――なぜなのだろう。
完全に八方塞がりになって、追いつめられてしまっていたからだろうか。
彼の馬鹿げた言葉は、レリアの胸にこれ以上ないぐらいに力強く響いた。
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