第13話 魔法医、患者を治療する


 ――魔素熱まそねつ


 人間が自身の内包限界量キャパシティを超えた魔力を体内に取りこんだときに罹患する。


 通常は高熱で寝こむ程度の症状にとどまり、時間経過で自然治癒する。


 だが異常値を超えた魔力を取りこんだとき、それは人を殺す死病となる。


 魔力は体の表面で結晶化し、次第に内部へと侵食する。そして内臓を機能不全におちいらせ、最終的に死に至らしめるのだ。


 結晶化に至るほどの魔力を人が体内に取りこむことは、ふつうありえない。


 それこそドラゴンの魔力を常に浴びつづける竜騎士ぐらいのもの。だからこそ、それは竜熱という職業病として知られている。だからこそ、誰ひとり今回の件をそこに結びつけられなかったのだ。


 そして知識のないものにとって、それは手の施しようのない不治の病そのもの。そういうものと知らなければ、治せるわけもない。


 一方で知識のあるものにとって、治療自体は難しくない病でもあった。




「……こんなことをして大丈夫なのん?」

「むしろ、こうする以外に治療法はない。いいからさっさとやれ」


 エロースが魔法で処置しながら指示を飛ばすと、レリアは息をのむ。


 迷いはしたものの、しばしあってようやく覚悟を決めると、握りしめたを母エリシアの体へと振りおろした。


 ピッケルとは鉱石の発掘につかわれるさきの尖ったハンマーの一種。


 間違っても人に振りおろすものではなく、振りおろせば凶器になる道具だ。


 だがもちろん、今回それを使用するのは傷つけるためでなく治療するためだ。



 ――カンッ、カンッ。



 レリアがピッケルを慎重に振りおろすたび、そんな音が鳴る。


 音の発生源は、エリシアの体を覆う忌まわしき結晶だ。ピッケルが当たるたびに、肥大化した結晶が音を立てて削れおちていく。


 この結晶は常に魔力を放ち、病の進行を加速させる。治療にはまず大きくなったこの結晶を取りのぞかねばならない。


 その方法というのが、このピッケルで削るという方法なのだ。細かい結晶のみならば魔法だけで処置できるのだが、今回のアリシアのように結晶が肥大化している場合は、大きな結晶をまずこうして直接に削るのが一番効率的らしい。


「あっ……血があふれてくるのん!」


 しかし結晶を削ったその部位から、すぐに大量に出血しはじめていた。


 それもそのはず。

 エリシアの体を覆う結晶は、完全に彼女の肌と癒着している。それを強引に削るのは、皮膚を削ぐようなものだ。このまま続けてしまえば、病以前に出血多量でエリシアが危ないように見えた。


「大丈夫だ、出血は俺がとめる。きみはひたすら結晶を削りつづけろ」

「で、でもこんなに血が出続けたら……」


 レリアはそう言いながら、これまで結晶を削ってきた部位を見やる。


(え、なんでとまってるのん……!?)


 そしてその光景を見て、呆気にとられた。


 さきほどまで大量出血していた傷口が、きれいにふさがっていたのだ。


 その理由は、そのままエロースの手元を見てすぐさまあきらかになる。


(すごい、なんて処置速度なのん……!?)


 さきほどレリアが処置したばかりの部位。


 そこにエロースは【ヒール】をかけ、すさまじい速度で治癒させていた。


 止血どころの騒ぎではない。一瞬で跡形なく傷口を消しさってしまっている。いままでいろいろなヒーラーによる【ヒール】を見てきたが、こんな速度での治癒は見たことがない。異常すぎる。


「馬鹿者、なにを呆けているのだ! 手をとめるな、絶えず動かせ!」

「ご、ごめんなさい!」

「患者の命がかかっていることを忘れるな」


 エロースの一言で我にかえり、レリアは結晶を削る作業へと戻った。


 彼がこの速度で処置してくれるのであれば、出血死のリスクはない。これならば、安心して結晶を削る作業に集中できる。


(こんなにあたたかく、力強い治癒の光はじめて見たのん……!)


 作業を続けながら、エロースの手から放たれる治癒の光を横目に見る。


 聖協会に勉強に行ったときも、これほどの【ヒール】を使うものはいなかった。そこにはあの“七聖”でさえいたというのに、だ。


(この人は本当に何者なのん……?)


 ふと想起させられたのは、“神の手”を持っていたという伝説の大聖者。


 彼を思いだしてしまうほどに、エロースの治癒魔法は規格外のものだった。あまりに早く、力強く、あたたかい。


 そして――



「……」



 そうこうするうちに、レリアは巨大な結晶をおおむね削り終えていた。


「続いて、体内の過剰な魔力の吸引に入る」

「え……こんなに危険な状態なのに魔力を吸いだして大丈夫なのん!?」


 レリアは目を見開く。


 魔力は人間の原動力であり、活力であるとされるエネルギーなのだ。


 だから危険な状態におちいった人間に対し、それを送りこむことはある。だがそれを吸いだすなんて、聞いたことがない。


 そんなことをすれば、患者は魔力不足でさらに弱ってしまうからだ。


 それがヒーラーの常識であったが――


「無論だ。今回のケースでは、彼女の症状に魔力の多寡は一切関係ない。単に結晶が内臓にまで侵食し、直接的にダメージを与えているからにすぎない。過剰な魔力を残しておけば結晶の再生成を促進し、むしろ完治の邪魔をするだけだ」


 エロースは淡々とそう説明し、一切の迷いなく手早く呪文を唱える。



「――【マジックドレイン】」



 瞬間。すさまじい量の魔力が、エリシアの体内からあふれだした。


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