第10話 魔法医、原因を究明する


「……」


 エロースはシャムシーふくめた二人の娘を眠らせたあと、二人を軽々と抱えあげて両肩に背負い、目立たぬ場所へと運ぶ。


 ヒーラーは力仕事が必要な場面もあるため、十分に体も鍛えているのだ。


 この集落のなかならば特に犯罪に巻きこまれるようなことはなかろうし、このまま放っておけば、いずれは目を覚ますだろう。


(さて、奇病の概要はわかった)


 さきほど伝え聞いた情報にくわえ、レリアの病状からも情報を得られた。


 結果、エロースはこれまでに蓄積してきた膨大な知識のおかげで、奇病の正体についてある程度の検討がついていた。


(だが……今回の場合、正体の目星をつけただけでは完全解決とはいかんな。根本的な原因を早急に特定する必要がある)


 彼女たちの病がどういったものなのかは理解できても、なぜ彼女たちがそれを罹患したのかは、いまだ全貌がつかめていないのだ。


 そして全貌を暴かぬかぎりは、この集落を救うことは決してできない。


(大精霊の、怒り……か)


 奇病の正体に当たりをつけていなければ、愚かなことだと一蹴していただろう。


 だがいまとなっては、それは原因として大いに考えられるものだった。


(判断材料が不足している。情報が必要だ)


 脇道から出ると、エロースはなにか手がかりはないかと周囲を見渡す。


 そこはムーランの大通りだった。


 集落で最も大きな宿屋があるということもあり、店らしき建物がずらりとならんでいる。ふだんは人でにぎわっているのだろう。


 もっとも――いまは非常時ということもあり、開いている店自体が少ないが。


 外部の人間を完全に締めだしているのだ。商売にならない店も多いのだろう。


 だが――



(思いのほか、呑気なものだな)



 メインストリートは人の数こそ少なめではあるものの、それだけだ。民は至ってふつうに外に出て、生活を送っている様子である。


 アマゾネスは明るく活発な種族と聞く。非常時であっても前を向き、決してうつむかない。そんな種族の性質なのかもしれない。


 決して皮肉でなく、自身がこれからどんな末路を迎えるか察しているだろうに、それでもこうも開きなおれる強さは尊敬に値する。



 ――ぎゅるるるるるうう。



 ふいに、エロースの腹が鳴る。


 今朝レリアと肉を食べて以降、なにも食べていない。腹の要求も当然だろう。


「ひとつ、もらえるか?」


 道でりんごを売っていた女に声をかける。


 もしものためにとウェンディに持たされた銀貨を取りだし、手渡した。


「あら……いい男」


 女は警戒する様子もなくそれを受けとって、お返しに細々とした銅貨と赤々としたりんごをひとつ差しだしてくる。


「旅人さん……かしら、めずらしいわね。いま集落はこんなときなのに」

「こんなときなのにと言うのなら、きみやほかのものも大勢のものたちも同じだろう。なぜ仕事なんか続けているんだ?」


 りんごを受けとり、肩をすくめる。


「動いていないと落ちつかないの。悪いことばかり考えてしまうから。ほかのみんなも同じだと思うわ。大精霊さまのお怒りを買ってしまったというなら、わたしたちにはできることはないから。あとは残された時間を全力で生きるだけよ」

「集落を捨てようとは思わないのか? 原因はよくわかっていないんだろ。もしかしたらここを出れば助かるかもしれないぞ」


 女は「その手もあったわね」と考えるように視線を泳がせ、くすりと笑う。


「……でも、いいわ。わたしはこの集落で生まれてこの集落で育ったから、ほかの場所での生きかたはわからないの。それにみんなの看病もしないといけないし、ひとりだけで集落は捨てられない」

「死んでも、か?」

「ん〜……かなあ? この集落や集落のみんなはさ、わたし自身みたいなものなんだ。一心同体っていうか、そんな感じなの!」


 言ってて恥ずかしいけど、と女ははにかむ。


 そのまぶしいほどに曇りのない女の笑みを見て、エロースは口をつぐむ。


「……そうか」


 しばしあってぼそりとそうこたえた。


 彼女の言い分はまったく論理的ではない。


 状況証拠から常識的に考えると、今回の病は伝染する可能性が高い。伝染する不治の病というのならば、集落に残ってもどうしようもないだろう。看病したところで、患者は助からないのだから。


 だが――



「……、」



 なぜだろうか。


 彼女のそのあまりに愚かな言い分が、エロースの心にストンと落ちるのは。


 危険は承知のうえ――いや、命を落とすことまでも承知のうえで、それでも集落だけは決して見捨てない。そもそもそんな選択肢自体ない。ここに棲まうアマゾネスにとって集落や集落の仲間たちというものは、それほどに大切なもの――まさに自分そのもののようなものなのだろう。


「……このりんご、うまいな」


 ふと齧ったりんごからは甘い果汁があふれ、口のなかに広がった。


 こんなに甘くておいしいりんごを食べたのは、いつぶりだったかと思う。


「水がおいしくなったからかしらね、さいきんはすっごく評判がいいのよ」


 女はうれしそうに言う。


「ほう、水が?」

「少し前、集落は水不足で飢饉に襲われたの。そのとき大精霊さまが川を引いて集落を助けてくださった話は知ってるかしら。その川の水を使っているんだけど、これがものすごくおいしくてね」


 笑顔で語る女だったが、しかしエロースはそこで目をするどく細める。


 形容しがたい違和感を覚えたのだ。


「それは……いつの話だ?」

「え?」

「集落が飢饉におちいって、大精霊が川を引いたのはいつ頃の話だ?」


 エロースは身を乗りだすように訊ねた。


「え……えっと、そうね。確かあれは……半年ぐらい前だったかしら?」


 半年前――それはこの集落に奇病が流行しはじめた頃に一致していた。


「……なるほどな、情報感謝する」


 エロースは微笑を浮かべ、残っていたりんごを丸ごと口に放りこむ。


 そして女の返答を待たずに、患者たちの待つ宿屋へと早足で駆けだした。

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