第8話 魔法医、関門を突破する


「……若長、知りあいなのか?」

「知りあいってほどじゃないけど……今日森で倒れてたから手当てしてあげたのん。でもきっと悪い人じゃないと思うよ」


 レリアがそう答えると、シャムシーは衛兵たちに目配せして槍をおろさせる。


 ひとまずここでいきなり槍で串刺しにされて命を落とすということはなくなったようなので、臨戦態勢を解除するエロース。


(集落の若長、だったのか)


 あらためてレリアという少女に視線を送り、ふむと感心する。


 この少女が治療院を開いているヒーラーということは聞いていたが、まさか集落でそれほどの地位にあるとは思わなかった。若長というと、族長の娘かなにかだろう。かなり責任ある立場である。


 レリアはやれやれといった調子で肩をすくめ、エロースへと向きなおる。


「集落には来ないでって言ったはずだよ、いったいなにをしに来たのん?」

「俺も人の嫌がることをするのが好きな特殊性癖の持ち主というわけではない。来るつもりはなかったさ。だが妙な病が流行っていると聞いては、ひとりのヒーラーとして放っておけない。きみへの礼もしていなかったし、いい機会と思ってな」


 聞いちゃったんだ、とレリアはわずかに顔をしかめながら苦笑する。


「……今朝のお礼に集落を病から救ってくれるとでも言うつもりなのん?」

「それは診てみないことにはなんとも言えない。だから集落へ入れてくれ」


 エロースはまっすぐにレリアを見つめ、それが本気だということを伝える。レリアもまたその視線をまっすぐに受けとめた。


 だがレリアはしばしあって首を振り、



「ダメ、それはできないのん」



 有無を言わさぬ拒絶の意思を告げる。


「集落はいま、絶対に部外者立ちいり禁止なのん。それがルールだから」

「それを言うならば……俺は患者を見捨てない。それが俺のルールだ」


 エロースもまた、有無を言わさぬ調子で自分のルールを告げてみせる。


 レリアはあきれたように肩をすくめ、


「きみのルールは知らないのん。長いものには巻かれろ……ぼくら集落のルールが優先だよ。それにきみが集落に入ったところで、なにかできるわけでもない。聖協会のあの“七聖”さまでもどうしようもなかったんだから。きみが聖協会が派遣した別の“七聖”さまだとでも言うのだったら考えるけれど、そうじゃないのなら無駄死にするだけ」

「よくわかったな、俺はその七聖だ」

「え……!?」


 レリアは驚愕に目を見開き、だがすぐにいぶかしげにエロースを見やる。


 あきらかに怪しんでいる様子だ。


「……免許は? 本当に七聖さまなら、免許を見せて。そしたら信じるのん」


 エロースはうむと視線を泳がせ、宙を一周させたあとに肩をすくめた。


 もちろん七聖でもなければ、そもそも聖協会についての知識もまともに持っていないので、免許など持っているわけもない。


 レリアは心底あきれたというように息を吐き、集落へと身をひるがえす。


「……帰って。ただでさえ、みんなの治療で忙しいんだから相手できないのん」

「きみじゃ治せないのだろう? 俺ならば、治せるかもしれないぞ」

「か……勝手なことばかり言わないで!」


 レリアはムッとした表情で振りかえると、感情をあらわに声を荒らげる。


 その視線には、彼女が溜めてきたであろうさまざまな激情が垣間見えた。


「きみは……診ていないからどうとでも言えるよ! あの七聖さまでも……最高位のヒーラーでも匙を投げたのん! 免許もないヤブヒーラーになんとかなるわけない! わたしの目の前で……これまで何人も何人も、仲間があの死の結晶に体を変えて命を落としていった。痛みと苦しみに涙を流してのたうちまわって、助けてって言いながら……死んでいったのん! きみも集落に入って、同じようになりたいって言うの!?」

「ならば……なぜきみはここにいる?」


 エロースはレリアをまっすぐに見つめ、淡々とそんな疑問をていする。


「七聖……というのがどの程度のものかは知らんが、非常に優秀なヒーラーでも治療法を見つけられなかったのだろう。ならばこの辺境の集落のいちヒーラーにすぎないきみが、なぜあきらめずにここに残っている? さきほどの言葉をそっくりそのまま返そう。きみも同じようになりたいのか?」

「そ、そんなわけないのん! ただ……」

「集落の家族や仲間が病におかされているのだから見捨てられない、か?」


 動揺するレリアをさらに問いつめる。


「そ、そうだよ……だからなに!? ぼくのお母さんも罹患している……見捨てられないよ! 見捨てられるわけがないだろう!」

「きみがここにいてもできることはない。ここにいるのは愚かなことだ。自分自身そう言っていたにもかかわらず、きみはここにいる。それは理屈じゃないだろう。俺がここにいるのも同じことだ。よって、きみに俺をとめる権利はない」


 図星だったからだろう。

 レリアはなにか言いあぐねるように口をパクパクと動かし、無言で唇を噛む。


 エロースはひとつ息をつき、


「レリア……きみはやさしすぎる。たとえヤブヒーラーであっても、俺を集落にいれて協力を仰げば、なにかしら解決する可能性はわずかながらあがる。だがきみは俺を決して集落にいれようとはしない。俺がきみに助けられ、集落に行きたいと言ったときも即座に拒否していたな。きみは今日出会ったばかりの赤の他人の俺にすら……迷惑をかけたくない、死んでほしくないと思っているからだ」

「そんなの……当たり前なのん」


 エロースは淡々と言葉を続ける。


「だが……きみは間違っている。人々を救うために、ヒーラーは判断を誤ってはいけない。若長という立場ならなおさらだ。現状で病に対処する実力がないのなら、まだ病におかされていない民を連れ、きみは集落を出るべきだった。心を鬼にして患者を見捨て、ほかの多くの民を救うべきだったのだ。それが若長として、ヒーラーとしての正しい選択だ」

「それは……だって!」

「しかしきみはそうしなかった。患者を見捨てられず、集落もろとも破滅しようとしている。きみは自身の優しさにかまけ、あまりに中途半端な判断を続けている。覚悟がないものに人は救えない」


 レリアはうつむき、ぐっと歯噛みする。


「なにが言いたいのか……わからないのん」

「家族や仲間を見殺しにしたくないのなら、希望を捨てていないというのなら、覚悟を決めろ。判断を誤るな。俺に、頼れ」


 エロースはおもむろにレリアに歩みよると、その手を差しだした。


 レリアはその手をじっと見つめ、


「……帰って」


 しかしレリアはただ一言そう告げ、結局手をとらずに集落へと歩きだした。


 まるでエロースへの拒絶をあらわすように、彼女の歩幅が大きくなる。


 しかし、そのときだった。




「……!?」




 ぐらり、とレリアの体がかたむいた。


 かたむきはそのまま大きくなり、彼女は耐えきれずに地面へと倒れこんだ。


「レリア!!!」


 あわてて衛兵の女たちが駆けよる。


 エロースもレリアのかたわらに急いでしゃがみこみ、容態を診る。


 体温が高い。

 脈が速い。

 呼吸が荒い。


 表情はあきらかに苦しげで、意識は朦朧としているようだが、それでも無意識になのか二の腕のあたりを押さえている。


(これは……)


 エロースが慌てて二の腕を確認すると、二の腕の肌の表面が硬質化し、紅の結晶のようなものに変化してしまっていた。


 それはまるでかさぶたのように、彼女の肌とぴったりと同化しているようだ。


「レリア……まさかそんな!?」

「驚いてる暇はない! ぼーっとするな、さっさと患者を集落に運びこむぞ!」


 狼狽するシャムシーという衛兵隊長をそう叱咤するエロース。


「だが……貴様を集落にいれるわけには!」

「馬鹿者、そんなくだらぬことを言っている場合か! 命に関わるんだぞ!」


 エロースはこれまでになく語調を強め、シャムシーの反論を許さない。


 シャムシーは少し迷うような仕草をし、だが悔しげに舌打ちすると――


「いくぞ!!!」


 それからエロースを手伝ってレリアを持ちあげ、集落へと運びこんでいく。


(……第一関門突破か)


 エロースはひそかにひとつ息をつく。


 芝居がかったことも言わされたが、状況が状況なのでいたしかたあるまい。



 こうして――


 エロースは謎の奇病が蔓延するアマゾネスの集落へと足を踏みいれるのだった。


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