第7話 魔法医、集落に到着する


(あそこか)


 ウェンディ一行と別れたあと――

 しばしあってエロースが街道から目を凝らすと、大きな物見櫓が見えた。


 近づいていくと、丸太を横につなげてつくった巨大な壁が見えてくる。あれがムーランという集落の防壁に違いあるまい。


(思ったよりも早くついたな)


 ウェンディたちと別れてまだ数刻しか経っていないのだが、これほど早くたどりつけたのは実は彼女たちのおかげだった。


 エロースが決め台詞とともに立ちさろうとしたその後、ウェンディは馬車とともに引きかえしてきた。そしてエロースの覚悟を見てとったのか、やれやれといった調子で馬を一頭貸してくれたのだ。


 やはり聡明な少女だと感心しつつ、エロースは遠慮なく馬を借り、おかげでこれほど早く目的地にたどりつけたのだった。


(ムーランでのことが終わったら……アルメイヤで礼を言うとしよう)


 ウェンディ自身も、命を救われた礼をあらためてしたいから絶対に今度アルメイヤに寄ってほしいと言っていた。


 聞きたいことも、すべきこともある。ぜひ訪ねさせてもらおうではないか。



(しかしまずは……こっちだな)



 気づくと目の前には、人の背丈の数倍はあろう丸太の防壁で覆われた集落が――そしてその巨大な門の姿があった。


 現在、門は固く閉じられている。

 それは、ムーランという集落のいまの閉鎖的な空気をあらわすようだった。


 おそらく警備のものがいるだろうし、アマゾネスという部族の性質には詳しくないため、エロースはできるかぎり刺激しないようにと馬を降り、手綱を引いてゆっくり門へと近づいていった。



「……!?」



 直後。

 気づけば複数の槍の穂先が、エロースの喉元へと突きつけられていた。


 それは、まさに一瞬のことだった。


 集落内側の防壁、あるいは外側の森のなかに配備されていたのだろう複数のアマゾネスの衛兵たち。それが忽然と姿を現し、それをこちらが認識する間もなくエロースを取りかこんでいたのだ。


(……気配が感じられなかった。ここまで来ると、まるで野生の獣だな)


 アマゾネスという部族は、基本的に女しか生まれぬ女人だけの特殊な部族。


 そしてそれだけに、部族全体に女も強くあらねばという価値観が根付いている。結果、アマゾネスの女たちはそのへんの女――いや、世界各地の歴戦の戦士たちと比べても戦闘に長けたものが多い。以前読んだ文献にそう書かれていた。


 気づかぬほどの距離から、一瞬でエロースを取りかこんだその機敏さ――実際に目にすると、すさまじい身体能力である。



「わたしはシャムシー……このムーランの集落の衛兵隊長を務めている」



 エロースが感心していると、兵のひとりが前に進みでてきてそう名乗った。


 髪を後ろでひとつに結ったどことなく気の強そうな妙齢の女だった。


 女としては比較的長身だろう。体つきは女らしい丸みこそ帯びてはいるが引きしまっていて、とてもよく鍛えられているのがわかる。衛兵隊長というのもうなずけた。だがその表情はかなり険しい。


「貴様は何者だ? なんの用と権限があって、この集落に足を踏みいれようとしている? ハムラム長老の名のもと、集落はいま何人の立ちいりも許可していない。それをわかった上でのことか?」

「俺はエロース、ヒーラーだ」


 エロースがそう答えた瞬間。

 取りかこんでいる女の何人かが表情を変え、すさまじい殺気を放った。


 シャムシーも同様に怒りに顔をそめ、


「貴様……聖協会のものだったか! いまさらなにをしにきた! 貴様らが我らを見捨てて尻尾を巻いて逃げたあと、仲間が何人も死んだ! わたしの祖母も……まだ幼かった妹までもな! 貴様らにはもはやなにも期待していない! 命惜しくば、さっさと我らの前から消えろ! でなくば、いまこの手で貴様を殺してしまいかねない」


 吼えるシャムシーの腕に力が入り、槍の穂先がエロースの喉にふれる。


「……」


 すっとエロースの肌から赤い血がつたう。


 しかしエロースは表情ひとつ変えず、その槍を手でつかんで押しかえす。


「気持ちはわからないでもないが、それはただの八つ当たりだろう」

「なにを……っ!!!」

「結晶病とやらでおまえらの仲間が死んでいるのは、聖協会の人間のせいではない。やつらは単にみずからの手にあまるから手を引いただけ。ここに無闇に滞在していれば、みすみす死体を増やすだけだからな。判断自体は当然のことだろう」


 さきほどウェンディに聞いた話をそのまま淡々と口にするエロース。


 シャムシーは苛立ちを隠そうともせず、だが落ちつきを取りもどして言った。


「……ふんっ、わたしもそんなことはわかっている。だがいつも人の命は尊いものだなんだと偉そうに滔々と語っているものたちが、我らをさっさと見捨てて尻尾をまいて逃げ帰ったんだぞ? 呆れて当然だろう。口先だけのゴミどもめ」

「御託はいい、俺をさっさと集落に入れろ」


 会話が面倒になったエロースが言うと、シャムシーはムッとした顔をする。


「だから聖協会のゴミが、いまさらいったいなんのようだと聞いている!」

「ああ、そもそもその前提を訂正するのを忘れていたな。俺は聖協会のものではない。まったく無関係の旅のヒーラーだ」


 シャムシーは眉をひそめる。


「旅のヒーラー、だと? それが本当だとして、なおさらなんの用だ?」

「決まっている、治療にきた」


 大真面目な顔で言うと、しかしシャムシーは激しく舌打ちする。


「あの“七聖”にくわえ、正免許を持つ聖協会トップレベルの医療チームが来て、それでもなお病の原因すらつかめなかったのだぞ。旅のヒーラーごときがなにができるというのだ! 我らは虫の居所が悪い。死にたくなければさっさと消えろ」

「そういうわけにはいかない。そちらの集落のものには恩があるのでな」


 恩? と首をかしげるシャムシー。



「ああ、そちらの娘に」



 エロースがそう言いながらおもむろに指さしたのは、シャムシーの背後。


 そこには、いましがた集落から出てきて、何事かといぶかしげにエロースのほうをのぞきこむひとりの少女の姿があった。



「あれ、きみは今朝方の……?」



 ハッとした顔でその大きな瞳をまんまるに見開いているその少女は、レリア。


 先刻、【テレポーラ】による事故で負傷したエロースを手当てし、肉と水を馳走してくれたヒーラーの少女だった。

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