第6話 魔法医、集落の窮地を知る
「そうだが……彼女を知っているのか?」
エロースは首をかしげる。
アマゾネスという野生的な部族の娘と、商会の代表を務めているというこのウェンディにつながりがあるのは想像しにくかった。
「もちろん。ヒーラーは貴重ですから、近隣で優秀なヒーラーがいれば自然と耳に入ってきます。レリアの名も何度か耳にしておりましたが、エロースさまに認められるとはさぞ優秀なのでしょうね」
ウェンディは微笑で言い、しかしそこで一転して表情をくもらせる。
「それだけに……彼女を失うことになるのは非常に残念でなりません」
「彼女を、失う……?」
どういうことだ? とエロースが眉をひそめると、ウェンディはなにか気まずそうに言いあぐね、視線を泳がせる。
だがしばしあって覚悟を決めるように息をつき、こちらを見すえ――
「実は……かのアマゾネスの集落にはいま、謎の奇病が蔓延しているのです」
そう告白した。
「奇病……だと?」
ウェンディはこくりとうなずき、その奇病について詳細に説明しはじめた。
いまからおよそ半年前のこと。
その奇病は前触れもなく、アマゾネスの集落とそこに住まう人々を襲った。
――
体がじわじわと結晶と化し、最期にはその者の命を奪う謎の奇病だった。
その病の進行は比較的シンプルだ。
その結晶病に罹患したものは、まず体温が徐々に上がる。そんな軽度な初期症状のため、基本は単なる風邪なのだろうと深刻には考えない。風邪とすら思わず、ふつうに生活するものもいるほどだ。
だが体温はあるときを境に、風邪とは比べものにならぬほどに急上昇する。
それこそが結晶病重症化のシグナルだ。そしてそれに気づいたときには、病状は命に関わるほどに深刻なものになっている。
体の一部が、紅色の結晶へと変化しはじめるのもその頃だ。まるでかさぶたのように、肌の表面が徐々に結晶化していく。
結晶はやがて各部へと広がり、体の大部分を覆ってしまう。末期になると、体の表面積の半分ほどが結晶に覆われた状態になる。
最後には結晶が紅から黒く変色し――
「死に至る……というわけか」
ウェンディの説明を聞き終え、神妙な顔でエロースは言葉をつむぐ。
「かの集落……ムーランには、1000を超える民がいます。そして現在、その10分の1はすでにその結晶病におかされてしまったと聞きました。初期症状のものをふくめると、その倍はいるでしょう」
1000人のうちすでに200人が病におかされている。となると、潜在的にはもっといるだろう。確かに危機的な状況である。
「原因と治療法は……わかっているのか?」
エロースが眉間のしわを深めて訊ねると、ウェンディは首を振った。
「……原因はまったくの不明。だから対策の打ちようがなく、治療法も確立されていません。魔法で進行を遅らせることはできますが、それだけです。完全に治癒したものはいまだ、たったのひとりもいません。よって罹患した場合の致死率は100パーセント、不治の病になっています。残念ですが、このまま行けばムーランはまもなく全滅するでしょう」
致死率100パーセントの奇病。
なるほど。それが事実ならば確かにそのムーランという集落に住んでいるというあのレリアという少女も死ぬことになるだろう。
「……聖協会とかいう組織はなにをしている? それこそ出番だろう?」
「はい。もちろん結晶病の流行からまもなく、聖協会は特別対策チームを結成。“七聖”ユーフェリアさまをふくめた複数のヒーラーがムーランへと派遣されました。しかし残念ながらいつまで経っても治療方法を見つけられず、やがて派遣されたヒーラーのひとりが結晶病に罹患。ついには命を落としてしまったのです」
ウェンディは悔しげに目を伏せる。
「患者から伝染したのか……あるいはほかに原因があったかは不明ですが、そのヒーラーがムーランで罹患したのは間違いない。その結果……聖協会は苦渋の決断として、ムーランからは一時引きあげて経過を見るという判断を下しました」
「経過を、見る……?」
エロースはその言葉を反芻する。
そしてそのウェンディの言葉の意味を、おそらく正しく理解した。
「集落を……見捨てたのか?」
エロースの冷めた眼光が怒りをやどし、ウェンディをさしつらぬく。
ウェンディは気まずそうに視線をおよがせ、やがてうなずいた。
「戦のこともあり、ヒーラーはいま大変貴重です。これ以上いたずらにヒーラーを派遣しても、みすみす犠牲者を増やすことになりかねない。わたくしはその聖協会の判断を責められないと思います」
「降ろしてくれ」
「え?」
「アマゾネスの集落には……ムーランとやらにはここからどう行けばいい?」
「どうって……街道沿いに戻れば、いずれはたどりつくと思いますが……?」
急に立ちあがったエロースの唐突な言葉の意味をすぐには理解できなかったか、ウェンディはつぶらな瞳をまんまるに見開く。
だがそれからすぐに首を振り、「な……なりません!」と声を荒げる。
「集落のものが次々と罹患していることから考えるに、伝染病の類でしょう。それはエロースさまもおわかりのはずです。そこにみずから身を投じるなんて……みすみす命を捨てるおつもりですか?」
「俺は患者を、見捨てない」
エロースは確固たる意志の光を宿した瞳で、間髪をいれずそう即答する。
だがウェンディはそれでも首を振り、その華奢な手でエロースの腕を必死につかまえて放そうとはしなかった。
「聖協会のヒーラーが複数で……あの“七聖”さまでも治療法を確立できなかった病なのですよ? たったひとりでどうにかなるはずがありません、無理です! ともに自由都市に参りましょう? ソーサラーギルドと聖協会へのご案内ふくめ、全力でおもてなしいたしますから……!」
「馬鹿者、誰にものを言っている?」
懇願するウェンディだったが、エロースは結局その手を強引に振りはらう。御者に声をかけ、馬車をとめさせた。
そして馬車を軽やかに飛びおり――
「俺はエロース、世界最高のヒーラーだ」
不敵な微笑とともにそう言いはなった。
身をひるがえすエロースにウェンディは尚も必死に声をかけてくる。
だがエロースは決して立ちどまることはなかった。灰色の外套を風になびかせ、患者の待つその場所へとまっすぐに歩きだした。
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