第5話 魔法医、少女に感謝される



「わたくしはウェンディ・セネットと申します。このさきの自由都市でささやかながら商会の代表をしております。このたびは命を救っていただき、誠にありがとうございました。心から感謝いたします」


 街道を走りだした豪奢な馬車のなか――

 ようやく目を覚ましたウェンディという少女が、深々と頭をさげてくる。


 この可憐な少女がひとつの商会の長をしているとは、なんとも意外であった。


 親の七光りというやつなのだろうか。


「打算で助けただけだ、気にするな」

「打算、ですか?」


 エロースが淡々とそう応じると、ウェンディはきょとんと首をかしげる。


 あらためて顔を見ると、美しい少女だ。


 目鼻口――いや、顔の全パーツが整いすぎていて、非の打ちどころがない。そのどれもが最高の彫刻職人が人生を賭けてつくりあげたような美しさだ。そして整った小づくりな頭部を覆っているのは、輝くようなプラチナの髪だった。深窓の令嬢か、もっと言えば天使のような少女だ。


「まさか貴様、ウェンディさまの清き御身が目的だったのか……!!!」

「あらまあ……そうでしたの!?」


 エロースが不躾な視線を送っていると、それを勘違いした騎士隊長ソラードが声を荒げ、ウェンディはポッと頰を赤らめる。


「もちろん、俺の目的はそんなところにはない。情報が欲しい。俺はこの大陸に来て日が浅い。知りたいことが山ほどあるのだ」

「そんなことを言って、本当はウェンディさまを隙をついて手篭めにするつもりなのだろう! このド変態ヒーラーめ!」

「あらまあ……なんとなんと!? エロースさま、それは大胆ですわね♡」


 ふたたび声を荒げるソラード、そして恥じらっている様子ではあるものの、その実まんざらでもなさそうなウェンディ。


「……」


 しばしの静寂が流れる。


 エロースが言い訳するでもなく、まるで彫像のように真顔のままなのを見ると、ウェンディは気まずそうにゴホンと息をつく。


「……冗談はさておき、わたくしに話せることでしたら、なんなりと。できるかぎりのことは誠心誠意お話ししますわ」

「助かる、まずはこの国の詳細を頼もう」


 エロースが言うと、ウェンディはこの国のことを簡潔に説明しはじめた。



 ――自由国家アルメイヤ。


 それが、いまエロースの滞在している国の名らしい。ユグラシア大陸の中心部付近に広がっている商業国ということだ。


 国と同名の首都アルメイヤは、国と国をつなぐ場所にある。そのため、交易の中心地として栄えてきた背景を持つ国らしい。


 そしてめずらしいことに、この国には王が存在しない。十名の評議員による評議会制で運営されているということだ。


 王不在による対応の柔軟さも、商業国として栄えた一因なのだろう。


 だがそんな自由国家の繁栄にいま、大きな大きな翳りが見えている。


 アルメイヤの東には、茫洋な砂漠が広がっている。そこに棲まう砂漠の国バグビアの民が、侵略戦争をしかけてきたのだ。


 現在は小競りあい程度におさまっているが、開戦は時間の問題。いまは戦に備え、国全体がぴりぴりとした状態らしい。



「どこもかしこも戦、か」


 話を聞き終え、エロースは嘆息する。


 愚かなことだ。

 人間というのはいつでもどこでも私利私欲で戦を起こし、命を投げだす。


(いや……バグビアという国の場合は、一概にそれだけとは言いきれぬか)


 砂漠での暮らしは、あまりに過酷だ。大地が枯れているために資源もとぼしく、水も食料も手にいれるのは容易ではない。


 侵略戦争をしかけたのも、おそらくそういった部分が原因だろう。


 アルメイヤを手にいれなければ、民は確実に飢え死ぬ。それならばいちかばちかでも、戦にかけたほうがましというわけだ。そういった理由の戦は、エロースの故郷でもしばしば起こっていた。


「戦などなくなればいいのですが、なかなかそうはいかないものですね」

「まったく、な」


 戦があったからこそ、エロースはその治療技術で唯一無二の英雄となった。


 だがそんな肩書きにエロースはちりほどの興味もない。ただただ、戦のない世界になればいいと思う。そうなれば、もっと自分も気楽に昼寝をしたり、優雅に旅をしたりしていられるのだから。


 ふたたび沈黙。

 どことなくしんみりとした空気が流れる。


「申し訳ありません、大した話もできず」

「いや、非常に参考になった」


 エロースが淡々とそう応じると、ウィンディの顔がパッと華やいだ。


「ふふふ、それならばよかったです。ほかにもなにか知りたいことがあれば、遠慮せずドンドンドンドコおっしゃってください。このウェンディ、命の恩人であるエロースさまの頼みとあらば、火のなか水のなかドラゴンのお腹のなか!」

「……ドラゴンの腹のなかに行ってどうする。助けた意味がなかろう」

「ふふふふふふ、そんなにほめないでくださいよお! 照れますう♡」


 パシン、と頰をそめながらエロースの肩を勢いよくたたくウェンディ。


 なぜか祖国の厄介な年配宮女たちの顔を思いだしながら、エロースはやれやれと息をひとつ吐き、「話は変わるが」とつぐ。


「優秀な魔法使いソーサラーに心当たりはないか?」

「……ソーサラー、ですか? それならもちろん、アルメイヤまで行けば多少は心当たりがあります。優秀がどの程度かによりますが、ソーサラーギルドには優秀なものが数多く在籍しています」

「端的に言えば、【テレポーラ】を使えるものをさがしているのだが……」


 てれぽーら? とウェンディはその整った眉をひそめる。


「新しい空間転移呪文のことだ」

「空間転移……!? まあそんな呪文が開発されていたとは、不勉強で申し訳ございません! 少なくともわたくしの耳には入っておりませんので、使えるものがいるかどうかはいまはなんとも……」


 申し訳なさげに頭をさげるウェンディ。


「いや、大丈夫だ。そこまですぐにわかるとはこちらも思っていない」


 やはり簡単にはいかなさそうではあるが、有用な情報は手に入った。


 とりあえずソーサラーギルドという組織のソーサラーに会うべきだろう。


 ソーサラーはソーサラー同士でつながりを持っていることが多い。訪ねたソーサラーが使えなかったとしても、たどっていけばいずれは【テレポーラ】を使えるものにたどりつけるかもしれない。


 エロースがこれからのことを考えていると、ウェンディが言葉を続ける。


「あの……エロースさんはどこでヒーラーの技術を学んだのですか? ソラードはこれで聖協会の免許を持った正ヒーラーです。彼でもどうにもならなかった怪我をものの一瞬で治してしまうとは、もしや聖協学院の出身のかたなのですか?」

「さきほども触れたが、俺はこの大陸の人間ではない。はるか南のオートラリアという大陸の人間だ。ヒーラーとしての技術もそこで学んだ。師と呼べる存在もいたが……おおむねは独学だな」

「なんと独学……!? もしやとは思いますが、オートラリアにはあなたほどのヒーラーがたくさんいるのですか!?」

「どうかな、近い実力のものはそれなりにいるのではないか?」


 最高のヒーラーだという自負はあるが、近い実力者がいないわけではない。


 それを聞くと、ウェンディは大げさなぐらいに驚いた顔で手をたたく。


「なんとなんと……すばらしい!  それはなんともうらやましいことです! このアルメイヤでは……いえ、ユグラシア全体ではヒーラーが常に不足状態なので、この大陸に招きたいぐらいです」

「不足している、か。聖協会という統括的な組織もあるようだし、そこのソラードも十分に才能あるヒーラーだと思うがな。それに今日、きみたちに出会う前にもひとりだが優秀なヒーラーに会った。不足してるというほどでもないだろう」

「優秀なヒーラー、ですか?」


 ウェンディはきょとんと首をかしげる。


「ああ、実際にその技術を見たわけではないがな。俺はちょっとしたケガを負って気絶していたのだが、非常に丁寧に手当てされていた。特に包帯の技術は完璧だったな。あれは相当の経験が必要だ」

「包帯、ですか?」

「生成からその巻き方まで、包帯にはヒーラーの練度がもろに出る。ヒーラーの実力を見るには、包帯を見ろというぐらいにな」

「そういうものなのですか、ソラード?」

「いえ、初めて聞きました。しかし確かにそのとおりかもしれません。優れたヒーラーの包帯はいつも綻びひとつなく、丁寧に巻かれています。あの“七聖”のかたの包帯もそれはそれは美しかった」


 当時を思いだしているのか、ソラードはうっとりとした顔で言う。


「……さきほども名が出たが、その“七聖“とはいったい何者なのだ?」

「ユグラシア大陸には、聖協会というヒーラーの組合のような権威ある組織があります。そこに所属する指折りの七人のヒーラーにそういった称号が与えられているのです。本当にすごい方々ですよ」

「ほう、会ってみたいものだ」


 エロースほどになると他人から学べることはもはやあまりないのだが、それほどのものからなら学べることもあろう。


 会って知識を共有し、できれば治療する場所を見てみたいところだ。


「機会があれば会えますよ。わたくしもエロースさまのさきほどおっしゃった優秀なヒーラーの方にお会いしてみたいものです。いまはどこもヒーラーが不足していますから、よろしければ参考までにその方のことを教えていただけませんか?」

「アマゾネスの少女だ、この森の集落に住んでいると言っていたな」


 エロースが言うと、ウェンディは「アマゾネスの……?」と眉をひそめる。


 それから一転して深刻な表情で、



「もしやその少女……レリア、という名ではありませんでしたか?」



 エロースでさえ忘れかけていたアマゾネスのその少女の名を出した。

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