狩りの季節はもう終わり
狩りの季節はもう終わり。きつねは生き、犬は地面の匂いを嗅ぎ分けず、人間は森への侵入を止めた。
穴の中の母きつねは子どもたちに乳をあげ、嬉しそうに微笑むが最年長のきつねは機嫌が悪かった。母親は弟たちの未熟なふるまいに笑い、弟たちがいて母親に甘えられない長男きつねにミルクを買いに行かせた。弟たちのミルクだと長男きつねは気が付き更に機嫌が悪くなった。皮をかぶるのを忘れずに。その日初めて長男きつねが弟の毛繕いをしている母親と目が合ったときであった。
人間の皮をかぶったきつねは森を下りていった。きつねがかぶっているその皮は獣ものにしては毛が少なく、爪も短く変な歩き方をしている。その手は敵から逃げ出したり、狩りをするには適しておらず、足も同じく野を駆けたり、山を登る事には適していない。だから人間の街に初めて行ったとききつねは驚いた。人間は狩りをし、山を登ることはせずとも生きていけることに。
人間の街にはすずめを十匹捕まえる時間があれば辿りつくことが出来るのできつねは人間の歌を歌った。この歌はきつねが人間の皮を被るときに友達と練習させられた歌で皮を被っていない時にはとても歌えたものではない代物だった。きつねはこの歌が四十六回繰り返されると街に着くと知っていたのでわざと何回かきつねの歌を歌った。
すると森の中から遠吠えが聞こえた。きつねは犬の存在を知らず、犬に多くのきつねが殺されていた事も知らなかったが本能的に———或いはきつねにも思惟があるので直観的に、自分の身に危険があると悟った。きつねは人間の皮をかぶったまま走り、何度も転びながら街に向かい森を駆け下りる。
しかし森には人間の皮をかぶったきつねとぶつかる程の大きさの生き物は生存していないはずなのにぶつかった。きつねが目を向けるとそこには皮を被ったきつねと同じ身長のこどもが膝を叩いて埃を払っていた。そのこどもはきつねにも傷がないか尋ねるときつねは歌で習った人間の言葉で返した。そのこどもはふーんと返事をした。きつねはそのこどもが自分よりも人間的だと感じていたがそのこどもは人間の皮を被った犬であった。
犬は狩りの季節が終わると人間から捨てられるものが続出し、昔馴染んだ森に戻らざるを得なくなった。しかし狩りの季節に人間と協力していた犬は森の動物たちから嫌われていた。犬もそれを承知の上でなんとか森の暮らしに馴染もうと努力していた。ゴミ出しを積極的に手伝い、公道の整備も率先して行って森の動物たちに認めて貰おうとしたが無駄であった。穴を掘って宝物を埋めると勝手に掘り返され、無くなっていたり、遠吠えをするとすぐに動物たちが集まり犬のことを揶揄したり、週に何回かある集会に呼ばない事もあった。その為、犬は森に暮らすことが嫌になり、だんだん犬は周りとの交流を絶ち、自給自足の隠者になっていった。
そんな事も知らずきつねは犬にあこがれた。いかにも人間であったからだ。勿論森に離れて暮らす犬だとは知らずに。
「君は何処に行くの?」
きつねは人間の皮を被った犬とは知らずに聞いた。
「街に戻るのさ」
犬は人間の皮を被っていた為鼻が利かず、人間の皮を被ったきつねとは知らずに答えた。
「結局、街が一番だ」
そう犬は続けたが犬にとって一番好きなものは森であった。洞窟で暮らしていた犬は祖父が生きていた頃、寝る前に聞かせてくれた森に棲んでいた時の話が一番好きだった。街での暮らしや人間と狩りの季節よりもずっと魅力的であった。今は街にも森にも人間の皮を被った時でしか行けず(森では犬より人間の扱いが良い)、いつかは自分の犬の手足で駆け回りたいと思っていた(そう思って先ほど少し犬の歌を歌っていた)。
その内心を知らずきつねは街に住んでいると嘘を吐いた皮を被った犬のことをすごいやと思った。
「おまえはどこに行くんだ?」
「ぼくも街だよ」
犬はそうと呟いた。自分の嘘がばれないか心配したが見た所隣にいる人間こどもは街の事を詳しく知らないだろうと判断した。変わったこどもだったけど洋服がいつも街で見ている遠くから来る商人のものと気づいていたからだ。加えて犬は心細かった。犬は家族以外とは話したことはなく、街に行った時もただ買い物をするだけだったので話し相手、友達が欲しかったのだ。
だから犬は一緒に街に行くかときつねに聞いた。
きつねは全く隣のこどもの正体には気が付いていなかった。ただ格好良いとばかり思っていた。だから一緒に行くかと聞かれたときに舞い上がり、兄弟きつねばかり見る母きつねを見返したいと思った。しかしなれるのだろうかクールで格好よくて頼りになる自分とは正反対のこどもの友達に。
だからきつねは犬に向かって大きく頷いた。
狩りの季節はもう終わり。人間の皮を被ったきつねと人間の皮を被った犬は手をつなぎながら街へ向かった。
断片集 幻想にゃんこ @nouzuito
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