第3話 初めての本気

私が風になってから数日がたった。


そろそろ梅雨入りだ。

今日も雨が降っている。外廊下での練習は難しい。

おかげで立ち稽古を見る機会が増えた。

時には稽古の中に入り実際に風として舞うこともある。その時はとても楽しい。


大会まではあと二週間を切っている。

緊張感が伝わってくる。

みんな精神的にも限界が近づいているようだ。

稽古中はしっかりやっているが休憩に入ったとたんに床に倒れ混む。


何のためにそんな必死にやるのだろう。

もっと楽しめばいいのに。


私はそう思っていた。

特に演出の小川先輩はいつもの天然キャラに似合わない怖い顔をしている。

とても楽しそうには見えない。


なぜだろう。

部活動見学に来ていた時はあんなに楽しそうでにぎやかだったのに。


毎日ひたすらにそればかり考えている。


ある日、小川先輩が私に言ってきた。

「このシーンも風出てきて欲しいんだけど。」

またか...と心底思った 。

心のなかで 無理だ~!!! と叫んでいたが、受け入れてしまった。


今度はどうしようか。

今まで振り付けの経験がない私は自分の

『美しい風の舞』 というお題への動きの

バリエーションの少なさに幻滅していた。

もう限界は越えている。


本当に悩んだ。三日間ずっと悩んだ。

部活中はもちろん、授業中も登下校中も家でも。時間をかけて何とか作り上げた。

快感だ。大したことはしていないのだが、自分を誇らしく思う。


和田先輩もその振りを一生懸命練習して下さった。うれしい。幸せだ。


しかし、完成したからと言っていつまでもただ喜んでいるわけにはいかない。

本番は一秒ずつ近づいている。


「もっと滑らかに動けない?」

この言葉で我に返った。

そうだ、私は練習しなければならないのだ。

久しぶりにダンスをやっていた頃の感覚がある。


そこから約十日間の本番までの間はよく練習した。

私はいつしか他の役者の人達と同じように休憩になると床に倒れ混むようになっていた。


いつの間にかほんの少し本気になっていた。



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マホロバ 梅月うさぎ @vivalabloom

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