最終回 貴方の隣で
「やあ、久しぶりだね」
動揺する彼女に彼が微笑みかけた。数ヶ月間、求めていた彼がそこにいたのだ。何度も思い出したその姿と左目の傷は見間違いがない。
「全く、あんなところで寝ていたら死んでしまうぞ」
「ご、ごめん、道中で本当に死にかけたから疲れで寝転んだから、眠っていた」
彼女は急に頬を熱くなっていくのを感じながら、言葉を返した。変に意識しないよう、自分に語りかけた。
そうでもしないと気がおかしくなってしまいそうだったからだ。
「もっと長い時間、旅をするかと思った」
「そう、だね。元々、そのつもりだった。でも・・・・・・会いたくなったから」
彼女は僅かに声を押し殺して、伝えた。体をめぐる血液が異様に熱く感じた。
「そっか」
それが彼にも伝わったのか、少し頬を赤らめていた。
「僕も、もの寂しさを感じていたよ。隣にいるのがほぼ当たり前の存在だったからかな。自分が片方なくなった気分だったよ。不思議だね」
彼が気ごちない笑みを浮かべた。見たことのない彼の表情に彼女は少し、驚いた。
「聞かせてくれよ。君が感じて来た旅の感想を」
「うん」
それから彼女は彼に今日に至るまでの旅の出来事を話した。彼は目を爛々と輝かせて、それでいてどこか懐かしそうな表情を浮かべていた。
彼女はそれから彼と共に冬眠に入り、数ヶ月の眠りについた。
数ヶ月後、冬眠から目覚めた彼女は彼と天井の土を崩していた。厚く固めた土を削り続けると、まち針ほどの細い光明が差し込んできた。
「いくよ!」
「せーの!」
彼女は彼と勢いに任せて、土を壊すと太陽の光がスポットライトのように土の中を照らした。
それと春の香りが鼻腔を駆け巡り、まるで待ち望んでいたかのように血管が勢いよく脈打った。
「うわあ」
地上に身を乗り出すと、息を呑むような雄大な自然が目に飛び込んで来た。
果てしなく広い青空と新緑のがどこまで続いていて、降り注ぐ陽の光で心身が満たされるのを感じた。
大地は芽吹き、鳥が謳い、季節の始まりを祝福する。僅かに地熱を纏った体に触れる春風が心地よい。
小さなあくびを一つして、ゆっくりと体を伸ばした。微睡みを感じつつ、あたりの景色を見渡すと数ヶ月前のしんとした景色とは違い、元の生命力に満ち溢れた世界があった。
満開に咲き誇る桜。大地をかける獣達。彼女は見慣れた愛おしい景色がそこにはあった。
胸いっぱいに空気を吸い込むと、春の暖かな空気が体内を巡る。全身の細胞が歓喜したのを五臓六腑に感じながら、静かに息を吐いた。
数週間前まで自身を死の淵まで追い詰めた大自然。
あのような残酷な表情をする時もあれば今、目の当たりにしているような壮麗といっても、過言ではないほどの景色を見せてくれる。
海馬に焼き付けるように、敬愛を込めた眼差しで見つめる。
「さあ、行こうか」
「うん」
彼女は彼に寄り添い、いつもの場所へと向かった。
「The Little Traveler」 蛙鮫 @Imori1998
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