第49話 【最終話】すぐ近くで、貴女と同じ景色を見させてください

 あれから、早くも一年。

 は、結婚式を挙げることにした。

 式場は、「ポーカー探偵☆エクスプレス」の第8話の舞台となったゲストハウス。

 式にはそれ相応の事情があり、妹のゆぴ美と本当に信頼できる友人達だけを呼ぶことにした。

 私のお母さんやおばあちゃんも来たがっていたけれども、結婚式を挙げる相手側の事情を説明するのがそれなりに複雑だから、呼べなかった。

 少し風変わりな式ではあるが、大好きな人との結婚式は、一生で一番の思い出になるだろう。


 式場内の大きな鏡のメイクルームで、シニヨン風のまとめ髪してもらっている。

「緊張してますか?」

 スタイリストの女性がヘアスプレーをかけながら、朗らかに話しかけてくる。

「はい、緊張してます」

 はにかんだ笑顔で返す。

 王道のAラインのウェディングドレスに身を包み、レースで編まれたベールを被る。

「これで終了です。このロビー近くで写真撮影をしましょう。終わったら、ガーデンに移動です」

 カメラマンが大きなカメラと三脚を構えている。

 何だか、お姫様になったみたい。

 でも、私の大好きな人は、まだ来ない。

 支度に時間がかかっているのかな。


 式の時刻となる。

「では新婦のあぴ子さん、扉が開いたら、これを着けて入場してください」

 扉が開く。

 渡されたVRを着ける。

 隣に、白いタキシードを着て、胸元に赤い薔薇を飾ったタマキさんが出現する。

「うひぁあああああああっ!超かっこいい、テライケメン!格好良すぎるっ!」

 彼の存在している空間に、ウェディングドレスの動きにくさも忘れて飛びつく。

 タマキさんを愛するあまり、最先端技術を駆使したVRグラスを用いた結婚式を催してしまったのだ。

 このVRグラスを身につけることにより、何もない空間にタマキさんが出現して見える。

 招待客にもVRグラスをつけてもらえば、本当にタマキさんがいるような結婚式が体験できるのだ。

 

 結婚式特有の、トランペットの音楽が高らかに響く。

 目の前に広がる、青い絨毯。

 くらりとするほどの、眩しい証明が白薔薇の装飾を引き立たせる。

 私はタマキさんの腕(のある部分)を優しく掴み、一歩ずつ歩いていく。


 優雅な音楽に、招待客席からのざわめきが混じる。

「あぴ子ちゃんのドレス姿すっごく綺麗……!」

「あぴ姉の表情、人生最高に輝いている!こんな晴れやかなあぴ姉の顔、見たことない!」

 はむっちとゆぴ美は手を取り合ってきゃっきゃっとしている。

 結婚式で初めて出会った2人だけれども、さっそく意気投合しているみたいだ。

「ああー、くそっ、あぴ子ちゃんの隣に立つにはタマキさんくらい、いい男でないと無理か!」

「兄さん、静かに。あぴ子さんが主役の日なんだから」

 感情的なセイイチ君をセイジ君がぴしゃりと叱っている。


 セイイチ君は、あれからすぐに組を解散した。

 解散してからは、惚れ込んだラーメン「つるはら」の店主に弟子入りし、本格的なラーメン作りを学んでいる。

 最終的には、自分の店を持つのを目標にすると語っていた。

 セイイチ君の人柄に惹かれた借金取り達も、同じくラーメン「つるはら」でバイトを始めた。

 「いつかセイイチ君が店を持つときのためにこの経験が役に立つ」と言い、呼び込みのためのビラ配りや皿洗いを頑張っている。


 セイジ君は変わらず動物病院で、黙々と仕事をしている。

 大型の動物病院から「今の小さな病院より、研究にも打ち込めるうちの病院で働かないか」というお誘いがあったらしいが、間髪入れずに断っていた。

 愛情込めて育ててくれた今の両親の病院を継ぎたいという意志もあったが、何より彼は研究よりも、地域で生活する動物達に身近な存在でありたいと話していた。

 

 白薔薇の飾られた観客席を通り過ぎ、青い絨毯を渡りきったとき、大きな十字架の前に到着する。

 丸眼鏡をかけ、白い髭が特徴的な牧師が、聖書を開いて私達に問いかける。

「新郎タマキ、あなたはここにいるあぴ子を、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、

慈しむ事を誓いますか?」

「はい、誓います」

 タマキさんの声優の声で会場に再生される。

 牧師は、私にも同じ質問をする。

「新婦あぴ子、あなたはここにいるタマキを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います!」

 タマキさんの瞳を見つめて心から誓う。

「では、誓いのキスを」

 牧師が一歩引く。

 

 優しく微笑むタマキさんが私の頬に軽く手を添える。

 目を閉じると、端正な顔がより際立って見える。

 彼の顔が近づく。

 あああああああっ!

 タマキさんっ……!

 私も目を閉じる。

 タマキとリアルなキスなんて、もう今すぐ死ねる、自爆できるッ!


 ……あれ?

 なかなか唇が重ならない。

 リハーサルではきちんと唇が触れたときのイメージを再現していると言われたのだけど。

「あー!」

 観客席から、どよめきが広がる。

 瞳を開くと、天井から吊され、徐々に下に下がっていくハート型マシュマロをうぱまろがパクッと食べる。

「マシュマロぉ!」

 もくもくとマシュマロを食べているうぱまろ。

「もう、うぱまろったら!」

 ウェルカムドールとして受付に飾っておいたのだが、飽きてしまってこちらに来てしまったみたいだ。

 このマシュマロが、タマキさんの唇だったんだ。

「なにそれ……おもしろすぎるでしょ!」

 吊された糸と、マシュマロを食べるうぱまろを見て思わず声を上げて笑ってしまった。


 式が無事に終わり、会場からは誰もいなくなる。

 空になった会場の招待客席に座り、時間の許す限り式の余韻に浸っている。

 実は私は数ヶ月前、セイイチ君とセイジ君からの告白を受けていた。

 どちらも私のことを好きだと思ってくれているのは伝わった。

 しかし、どちらの思いも受け入れることができず、断ってしまった。

 タマキさん以外は愛せないと。

 だから私は、タマキさんとの結婚式をあげ、彼らを招待した。


 辛いときも、嬉しいときも、いつも妄想でありながらも健気に支えてくれていた、私の最高の彼氏。

 彼が大好きなのは、紛れもない真実。

 でも、本当は。

 自分の気持ちに背けたくなるのは分かっている。

 聞きたくない心の声に、必死に蓋をしていた自分を知っている。

 私は、一緒にいて当たり前の大切な人が、どこかに行ってしまうのが、怖くて仕方がない。

 元彼に裏切られたときもそうだし、うぱまろがいなくなったときも、とてつもない不安に襲われた。

 彼らのどちらか、いや、これから出会う男性で素敵だと思う人がいても、「ずっと一緒にいる。ずっと互いを好きでいる」だなんて、保障されていないのだ。

 これが、タマキさんだったら。

 新規グッズ販売もなくなり、新刊同人誌がでなくなっても、妄想さえしていればタマキさんが私を裏切ることはないのだから。


 結婚式場のロビーにて。

 他の招待客はとっくに帰ってしまったが、引き返して来た1人の男。

 新婦ももう帰ってしまったのか、それともまだ式場の中に残っているのか、それすらも確かめられずにロビーで紙袋を抱えて俯いている。

「ねぇねぇ、何で、戻ってきたのぉ?」

 うぱまろは彼に話しかけるが、彼は首を一度振った後、紙袋の中身を大切そうに抱えながら見つめる。

「うぱぁと、追いかけっこ、しよぉ」

 うぱまろは紙袋を器用に背中に乗せ、ぴょこんと飛び出し、ロビー近くをひょこひょこと動く。

 紙袋は不思議と地面には落ちない。

 ぴろぴろの部分を一生懸命に小刻みに動かして、落ちないように保っているのだ。

 男は柔らかく笑い、ソファより腰を上げ、うぱまろを追いかける。


 うぱまろは式場に入る。

 式場には、ウェディングドレス姿のあぴ子が十字架を見つめている。

 うぱまろは紙袋を男の前に置く。

「うぱまろ!セイ君!」

 男は戸惑っているのか、あぴ子と紙袋の中身を交互に見ている。

 あぴ子はうぱまろと男の近くにやってくる。

「セイ君……これは?」

 紙袋の中をあぴ子が覗こうとする。

 男は、とっさに紙袋から何かを取り出す。

 白、桃色、薄水色の、彩り鮮やかな紫陽花の花束だ。 

「白薔薇には到底、豪華さでは敵わないけれど……」

 セイジは紫陽花の花束をあぴ子の目の前に差し出す。

「綺麗、ありがとうございます。前に見た紫陽花を思い出しますね」

 あぴ子は穏やかな表情をしている。

「あの……振られてしまって、こんなのとか、格好悪いって分かっているんですけど……今日のあぴ子さんも、とても素敵で……僕はタマキさんにはなれないのですが……」


 セイジは、明後日の方向へ視線を反らしたり、自らの前髪を触ったりと少し挙動不審になりながらも、話し続ける。

「でも、僕の思いは変わらない……付き合うとか、付き合わないとか、男女の関係とかを求めているんじゃなくて……貴女は、好きなことに夢中で、生き生きとしていて、逞しい。でも、穏やかな日差しのような心地よさも併せ持っていて……」

 あぴ子は彼の言葉を、彼の瞳をしっかりと見て聞いている。

 彼は、ようやく顔を上げ、彼女と視線を合わせる。

「僕は、そんなあぴ子さんの側でずっと、同じ景色を見ていたい。それが、今の僕の気持ちです」

 あぴ子は、セイジから紫陽花のブーケを受け取り、ふわりと笑って頷いた。

 うぱまろは、あぴ子の肩へ、勢いよくジャンプする。

 紫陽花の甘すぎない清楚な香りが、微かに漂った。



 初めての作品を書き上げられたのも、応援してくださった皆様のお陰です。

 ここまでお読みくださり、本当に本当に、ありがとうございました(*^ω^*)

 

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借金3億・ウーパールーパー(!?)、妄想OLと暴走中💘 うぱ子 @upaupa0810

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