第48話 2人のセイ君
「組長が2人……!」
2人のセイ君を見比べ、動揺する借金取り達。
「……和室に入れ」
黒ジャケットを着たセイ君は、ぶっきらぼうに家のなかへ案内する。
こんな状況では、せっかくの和室からの美しい日本庭園の眺めを見る余裕もない。
2人のセイ君がポツポツと話すのを聞くと、衝撃的なことに、どうやら2人は極道の家に生まれたけれども、事情があって離れ離れとなった双子だということが分かった。
黒ジャケットを着ている方は兄のセイイチ君で、極道の組長。
個性的過ぎる服のチョイスの方は弟のセイジ君で、私のよく知る獣医。
2人の話をまとめると、合コンで出会った後にうぱまろの誤飲でお世話になり、定期的にどこかに出かけていたのがセイジ君。
タマキさんのオタ活時、トラブルにあったときに華麗な武道で助けてくれたのはセイイチ君だ。
見た目が瓜二つな彼ら。
同一人物だと思っていた。
しかし、時々行動や発言に違和感があり、引っかかりを感じたのは別の人物だったからと説明されれば納得だ。
「それにしても、本当に良く似てるッスね!」
スキンヘッド男が2人の顔を近くまで寄って見比べる。
「ガチの組長の右目もとには、涙ボクロ発見!」
「鬱陶しいっ!」
セイイチ君はスキンヘッド男に対し、大声をあげる。
「……セイジ。お前は自分の信じる道に行けて、おまけに女の子ともいい雰囲気になってて。同じ兄弟なのに、えらい違いだな」
セイイチ君はセイジ君の胸ぐらを掴むと、セイジ君は悲しそうな目で、目をつり上げるセイイチ君を見る。
「……そんな顔、すんなし」
セイイチ君は掴んだシャツを離す。
「……あの」
私は険悪な雰囲気のなか、声をあげる。
「まず、勝手に家に入ってしまって、ごめんなさい。後は……」
うぱまろの件について、どう話そう。
裏カジノや闇金事務所を水浸しにして滅茶苦茶にしました、だなんて本当のことを言ってしまったら、命が危ういだろうか。
「もういいから。元はといえばこっちのやっていることが汚いんだから……そいつには悪いことをした。裏社会のことを理解しないまま起きてしまったことだ。借金の件は無かったことにする」
セイイチ君はうぱまろに頭を下げる。
「やったあ!」
うぱまろは借金問題が真に解決したことに小躍りしている。
「組長!これを逃したら、とんでもない損害です!」
借金取り達は動揺しているが、セイイチ君がきつく睨むと、萎縮した。
「組長が言うなら、仕方ないな……」
モヒカン男は、自らの唇を噛む。
セイイチ君の組長という立場、やはりただ者ではない。
「あの……、私の同人誌は……」
なんか、この空気で同人誌の話とか、滅茶苦茶恥ずかしすぎる。
「その話なんだけどな」
セイイチ君は顔を背けてゴニョゴニョと話す。
「結婚すれば、共通の財産になると思って……あぴ子ちゃんは極道の妻という立場で、いろいろ苦労はあると思うけど、わりかし贅沢な暮らしが出来るだろ?!」
「共通の財産となるのは、結婚してから積み上げた貯金などで、独身時代の財産は共通の財産とはなりません」
すかさずセイジ君が割り込むが、セイイチ君は穏やかに話し続ける。
「でも、あぴ子ちゃんって絶対カタギの人じゃないだろ?金庫にGPS仕組んであるし、極道の家に大型の宣伝カーで特攻してくるし、銃が飛んでくるのを前提に対策してあるし……同じ極道関係だったら、ヘッドハンティングも兼ねて……」
「私、タマキさんへの愛が激しいだけで、本当にカタギの人間なんです」
すかさず私も突っ込む。
セイイチ君、ひょっとして意外と天然なのかな?
「一般人だとしても、あの迫力は極道の妻の座にぴったりだけどな。これを機に、裏社会にどうだ?」
「入りません!」
ぴしゃりと言うと、セイイチ君は高らかに笑い、和室の奥から金庫を取り出す。
「わ、私の同人誌!」
きれいなままで、保管されている。
涙が自然に溢れる。
同人誌の入った金庫ごと抱きしめる。
「俺がもし……シャバの人間だったら、推し語りしたかったよ。あぴ子ちゃん、本当にタマキさんのこと好きなんだな。俺もタマキさんが最推しだ」
セイイチ君は嬉しそうに語る。
「組長、乙女アニメ趣味か?」
モヒカン男はぽかんとしている。
「」
「クールな姿からのギャップ萌が良いわ!」
一方スキンヘッド男や裏カジノ店長も肯定しており、セイイチ君は今日初めて会ったときに比べ、かなり機嫌が良くなった。
同人誌の話で私達が盛り上がっていると、セイジ君が口を開く。
「兄さんは、これからも組長で皆を率いていくの?」
「そのつもりだ」
「本当に、それでいいの?」
セイジ君は、セイイチ君の瞳をしっかりと見つめて話す。
「……」
セイジ君は、ぽつりと話す。
「兄さんも大変だったと思うけど、僕もそれなりにいろいろあった。今、僕は本当にやりたいことをやって、生きてるよ。……それじゃあ」
セイジ君は、そのまま立ち上がり、背を向けて玄関の方に向かう。
セイイチ君は立ち上がる。
「組長!」
「お前らは、来るな! 俺はセイジと、2人で話がしたい。帰るなら、帰れ。待つなら、日本庭園でも見て待ってろ」
セイイチ君はセイジ君の向かった方へ走っていく。
残された私達は、日本庭園の池で、緩やかに動く鯉を眺める。
「組長、鯉が好きなんッス。赤とか白とか、それぞれの違った模様が見ていて面白いって言ってました。ああ見えて、ちょっと独特なとこあって」
スキンヘッド男がセイイチ君について話す。
聞けば聞くほど、2人は似ているのかもしれない。
セイイチとセイジは縁側で、今まで見ていた場所とは違う角度から、日本庭園を見渡す。
日が段々と影っており、涼しげな風を感じる。
「ここから見える向かい側の武道場、懐かしい」
「セイジ、よく俺にやられてたもんな」
「その話は、よしてよ」
2人の視線の先には、太陽の強すぎる光を十分過ぎるほどに浴び、枯れた紫陽花の花があった。
干からびた紫陽花は、もとが何色をしていたのかも、分からない。
「セイジ、あぴ子ちゃんのことが好きなのか?」
セイイチはセイジをしっかりと見て問う。
「そうだ」
セイジもセイイチから目を離さずに答える。
セイジにとって彼女は、血縁以外で初めて愛おしく、大切にしたいと思った人。
セイイチは再び質問する。
「だと思った。もし俺が、自分の立場にはっきりと自信をもてるようになった後……。彼女にアプローチするとしたら?」
セイイチにとって彼女は、生き方について考えるきっかけを与えてくれ、同じ時間を共有したいと思った人。
「それは、極道の組長として?それとも、組長ではなくこちらの世界で生きていく立場で?」
「まずは俺の質問に答えろよ」
セイイチとセイジは無言で睨み合う。
「その時は、初めての兄弟喧嘩ができるんじゃないかな」
珍しくセイジがぶっきらぼうに呟くと、セイイチは口元を微かに緩める。
「セイジ、やっぱり変わったな」
「兄さんは、相変わらずだ」
縁側の下より、うぱまろが2人の間からひょっこりと出現する。
「あぴ子ちゃん、やっぱりモテ期っ!しんじゅくの、占い師マリンさんっ、大当たりっ!さっそく、あぴ子ちゃんに、教えてあげりゅねぇ」
「うぱまろさんっ」
「お前、盗み聞きかよ!」
ぴょこぴょこと飛び跳ねてあぴ子の元に向かううぱまろの後を、兄弟達は追いかける。
次回、最終話です。
最後までお付き合い頂けますと幸いです。
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