第47話 愛の特攻隊あぴ子さん♪
借金取り達へのうぱまろの復讐が終わり、私はくたくたになって家に到着する。
冷房も付いていない部屋に入ると、もわりとした熱気を感じる。
すかさず窓を空けて換気をすると、生暖かい風が吹く。
お茶でも飲んで少し、一息したい。
ケトルに水を入れ、湯を沸かす。
スマホの電源も切れているため、充電をする。
マグカップにチャイのティーパックを入れ、湯を少しだけ注ぎ、濃いチャイを作る。
琥珀色のチャイに蜂蜜を入れた後、ティースプーンでよく混ぜ、冷たいミルクを並々に注ぐ。
味わう余裕もなく、一気に飲み干す。
「うーん、疲れがとれるっ!」
本当だったら、キンキンに冷えたビールに、枝豆の組み合わせの気分だけど、ダメージを受けた身体には良くないからチャイで我慢。
ピピピピピ!
ほっこりしたのも束の間、この世の終わりかと思うくらいのけたたましいアラームが鳴り響く。
私は充電のできたスマホの画面に表示されたメッセージを見るなり、動揺してスマホを手から落としてしまう。
「先日、金庫が何者かにより、不本意に壊されました」
な、な、何だって!
脈が速くなっていくのを感じる。
金庫にGPSを付けていたから、スキャンデータを取ってあったからと余裕ぶっこいていたが、いざ金庫が開けられたかと思うと、ショックが大きい。
一体誰が、どんな目的で金庫を盗ったのだろう。
もし価値の分からない人が盗み、金目のものでないと分かった瞬間、捨てられてしまっていたら。
価値の分かる人だとしても、転売や同人ショップに売られてしまっていたら。
よからぬ妄想で頭を抱える私に、うぱまろは申し訳無さそうに震えながらやってくる。
「ごめんにぇ……ひょっとしたら、借金取りかも……うぱぁの飼い主、あぴ子ちゃんだから……へんさい、できなかったから、借金取りが持って行っちゃった……あいつら、汚いから……」
うぱまろは山で行った通り、私の額にちょこんと乗っかる。
見える……!
これは、私がうぱまろ探しで不在のときの家だろうか。
スキンヘッド男とモヒカン男がドアから入り、部屋を見渡した後、金庫をトラックで倉庫のような場所まで運ぶ。
しばらく倉庫に保管された後、再びトラックがやってきて、スキンヘッド男とモヒカン男、裏カジノ店長が金庫をトラックに乗せる。
そして豪邸へと向かって行き、誰かに金庫を渡しているが、肝心な誰かがこの映像では陰ってしまっていて分からない。
おそらく、借金取りの関係者で、この豪邸に住む者だろう。
陰る誰かは、同人誌をめくっては震えている。
「ゆ、許せない!ふざけるなっっ!私の同人誌をッッ!」
GPSの位置がどこなのかを把握するため、ジーグルマップを開く。
「こ、ここは……!」
紅生姜組。
この近辺では有名な極道の家だ。
きっと、借金取りのけつ持ちをしていた奴だ。
怖い。
関わりたくない。
けれども、タマキさんの同人誌を盗まれた怒りをぶつけずにはいられない。
極道に殺されるより、行動しないでタマキさんの同人誌を捕らわれたままなんて、死んでも死にきれないっ!
大好きなタマキさんのために立ち向かってみせる!
勢いよく収納棚を開ける。
直径約185センチメートルの横たわる物体。
タオルが何重にも巻かれている。
「あぴ子ちゃんっ!それ、エジプトで、みたたことあるよぉ」
恐怖でうぱまろが飛び上がるが、これはミイラではない。
彼氏と別れた瞬間、通販で衝動買いしてしまった、この物体。
ここまできたら、生身の人間を二度と愛せなくなってしまうかもしれないという思いと、その方が幸せかもしれないという葛藤の末に封印されてしまった、この物体。
タオルを全て取り終えると、出現したのは185センチサイズのメンズマネキン。
頭にはタマキさんの髪形のウィッグ被せてある。
マネキンには、タマキさんに似合うであろうイギリスブランドの紺のメンズスーツを着せていた。
久しぶりに見たタマキさんのマネキンに、テンションが上がる。
ああ、この立体感!
タマキさんがリアルにいるみたい……!
顔については、これまで培ってきた妄想で何とかなるよねっ!
本来だったら、このマネキンを部屋に起き、四季折々、気分に合わせてメンズ服で着せ替えをする予定だった。
我ながら、この発想が浮かんだことに狂気めいた喜びを感じた。
ここまでするタマキさんへの愛。
ある意味、極道よりも恐ろしいかもしれない。
「愛するタマキさんと共に、同人誌を取り返しに特攻するぞっ!」
私がマネキンを抱えて外に出ると、うぱまろが慌てて追いかける。
「あぴ子ちゃんっ!そんなの持ってお外でたら、つーほー、されちゃうよぉ! こりぇは、うぱぁが悪いかりゃ、協力するよっ!いっしょに、同人誌、とりかえそうっ!」
うぱまろは口を大きく開くと、思いっきり息を吐く。
「ふぁぁぁぁっ!」
うぱまろの口から、ぽぽちゃんが持っていた宣伝カーが飛び出した。
「えええええええっ!うぱまろっ!宣伝カーを、こんなところに?!」
うぱまろは嬉しそうにしている。
「うぱぁのおなか、ブラックホールだよぉ!収納すぺぇすに、こまったら、相談してねぇ!」
うぱまろの取り出した宣伝カーに乗り、GPSの示す場所に突撃する。
紅生姜組の暮らす家に到着。
時代劇に出てくるような、仰々しい門構えの屋敷。
これだけで、一発で権力者だと分かる。
「インターホンで、開くわけないよね」
どうしたら開くかを考えるより先に、うぱまろは叫ぶ。
「もん、おーぷん!」
ギギギギと門は開かれていく。
「うぱぁカー、ゴー!」
宣伝カーはどんどんと屋敷内に進んでいく。
ついに借金取り達のボスの元への突撃が始まった。
進んでいくと、日本庭園の池の近くに借金取り達が見える。
スキンヘッド男はトラックを指差す。
「アニキ、ヤバイッス!組長家に侵入者が!」
モヒカン男は舌打ちをする。
「これは奴らを足止めしないとマズい!店長、店長はアレ、持ってるだろ!」
裏カジノ店長は、ボストンバッグから小型の銃を取り出した。
「あんた達っ、覚悟しなさいっ!」
宣伝カーのタイヤ部分を狙い、裏カジノ店長は銃を数発発砲すると、宣伝カーはぐらつく。
「いやああああっ」
私はうぱまろとタマキさんのマネキンを抱えて泣き叫ぶ。
「覚悟を決めて、出て来なさいっ!」
うぱまろは宣伝カーのドアを開けて、ぴょこんと飛び出す。
「お前は、あの時のウーパールーパー!」
スキンヘッド男とモヒカン男が叫ぶ。
「あんた、よくも私の裏カジノをっ!責任取って、消えてもらうわ!」
裏カジノ店長はうぱまろに銃の狙いを定める。
「最後の弾よ、狙いを定めたわ」
うぱまろが撃たれちゃう!
私はタマキさんのマネキンを抱え、宣伝カーのドアから飛び出した。
「あらっ、まだ仲間がいたのっ?!」
裏カジノ店長は動揺し、手元がくるってしまい、銃口の向きがずれる。
銃が私の方に飛んでくる!
タマキさん、死ぬときも一緒だよ!
本能的にタマキさんのマネキンの正面を全面に押し出し、彼の後ろに隠れるようにして抱きつく。
「あぴ子ちゃんっ!」
うぱまろの叫び声が聞こえる。
マネキンの心臓辺りに銃弾が撃ち込まれる。
銃弾がそのままマネキンを突き抜けるするかと思ったら、スーツの上から煙をあげてぽろりと落ちる。
銃弾が撃ち込まれたマネキンのスーツの胸元には、私がタマキさんを好きになってから、好きだという気持ちがあふれる度に、ありったけの思いを書いていたラブレターを入れていたのだ。
数年書いた結果、ラブレターは新約聖書のような厚みになっていた。
タマキさんが私を庇ってくれたんだ!
私を命をかけて助けてくれたタマキさんの妄想が、止まらないっ!
「タマキさん……」
ボロボロになった姿で横たわるタマキさんに、私はポロポロと涙を零す。
「あぴ子を守れて良かった」
「タマキさん……無事で良かった」
「あぴ子の愛が、2人を守ったんだよ」
銃弾によって一部分空いてしまったスーツの上着を脱ぎ、タマキさんは私のラブレターを取り出す。
「最初、この気持ちを肌身離さず持ち歩いてだなんてあぴ子に言われて、少し困ったけどね。せっかくのスーツが台無しだ」
タマキさんが壊れるくらいに強く抱きしめる。
「私を置いてどこかに行くなんて嫌!ずっと一緒なんだから!」
タマキさんは私の頭を優しく撫でる。
「そうだねあぴ子。永遠の愛を此処に誓おう」
「あの女、やっぱイカれてるッス!」
「銃の対策をして乗り込んできたなんて、ただ者じゃねぇ! シャバの人間じゃねぇ!」
スキンヘッド男とモヒカン男は、あわあわとしている。
タマキさんともう何度交わしたのか分からない永遠の愛を誓い、スーツの胸元が銃弾で焦げたマネキンをお姫様抱っこで抱えて、裏カジノ店長達に向かって叫びながら、猛スピードで私は走っていく。
「タマキさんの同人誌を返せ!」
般若の形相を浮かべて狂い叫ぶ私に対し、裏カジノ店長は飛び上がって驚く。
「きゃああああああああ!来ないでぇ!怖いわあああ!」
裏カジノ店長は、日本庭園の池の中に飛び込むと、池の中央に群がっていた鯉が一斉に逃げてしまった。
「騒がしいな、何やってるんだ!」
誰かが日本庭園へと静かにやってくる。
黒髪に、黒いジャケット。
白い肌が映える。
180センチ程の長身の男。
鬱陶しい前髪から覗く、鋭い眼差し。
「セイ……君?」
何で此処に?
「組長!」
借金取り達はセイ君に土下座する。
「……」
セイ君はしばらく下を向いた後、何かを決めたように私の方へ向かって歩いてきたと思ったら、タマキさんのマネキンをお姫様抱っこした私に跪く。
「け、け……」
セイ君は震えながら、振り絞るように話す。
「結婚してほしい!」
え?
周りも空気が凍る。
「……え?」
セイ君はもう一度呟く。
「結婚してほしい」
再び、辺りは静寂に包まれる。
「……は?」
私は何を言われているのか分からなかった。
セイ君は立ち上がり、私の顎をくいと自分の方に引き寄せる。
「結婚してほしい!何度も言わせるなっ!」
大声を張り上げた後、顔を真っ赤にして背くセイ君を凝視する。
「待ってくださいっ!」
日本庭園に、バイクに乗った人間が突っ込んでくる。
バイクの乗り主は止まるタイミングを間違え、そのまま池にボチャンと落下する。
「きゃああああああああ!」
池に沈んでいた裏カジノ店長と鯉が飛び上がる。
「だ、誰だ?!」
池から、ずぶ濡れになったまま出てきた男がヘルメットを取る。
鬱陶しい前髪に、白い肌。
180センチほどの身長。
ニワトリが唐揚げを作っている絵がプリントされた黄色いティーシャツに、どこで売っているのか逆に知りたくなる、若草色とオレンジの細い縦ボーダーのパンツ。
「せ、セイ君……?」
黒いジャケットもセイ君。
バイクで現れた、不思議な格好もセイ君。
瓜二つの人間。
セイ君が、2人いるっ!
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