第46話 ポーカー探偵☆エクスプレス 第8話

 前話の続きの、セイイチがラーメン屋「つるはら」から組の家に戻った後の話。


 家奥の、禁断の小部屋。 

 ドアに「!組長以外立ち入り禁止!」と貼り紙が貼られ、鍵が常にかかっている。

 俺は、2重にロックされた扉を開き、辺りに誰もいないことを確認してから入室し、素早く鍵をかける。

 万が一のことを想定し、チェーンを付けることも忘れない。

 この部屋のなかは、ポスターやらアクリルスタンドやらの、「ポーカー探偵☆エクスプレス」のグッズが丁重に飾られている。

 俺の趣味全開の部屋だ。

 一つひとつのグッズを眺めながら、このアニメにはまったきっかけを回想する。


 俺がポーカー探偵☆エクスプレスにはまったのは、本当に偶然の重なりだ。

 両親が亡くなり、少ししてから、ツルツルに「俺の家で鍋パーリーやりましょ! モヒカンの兄貴も来るッス、ヒャッハー☆」と誘われた時があった。

 おそらく、まだ若い両親を無くし、早くも組長になってしまった俺を心配したのだろう。

 彼らの好意に甘えることで、俺は誰かの家に行って、同じ鍋をつつくというイベントを初体験できたのだ。 

 ツルツルやモヒカン達は酒が強くないのに、「今夜は組長と飲み明かすぞ!」なんて2人で盛り上がって、2人とも開始して2時間もしないうちに潰れて寝てしまった。


 2人を置いて家に帰ることも出来たが、仲間と過ごす、この空間から去ってしまうことが惜しいように思え、テレビ番組を観て彼らが起きるまで時間を潰すことにした。

 午前1時ということもあり、興味を特別にそそられるような面白い番組はやっていない。

 将棋や料理、大学の講義のような番組。

 チャンネルを頻繁に変えていると、ふとアニメのオープニング画面となる。

 女性向けの、繊細な絵が綺麗なイケメン達が出てくるアニメだ。

「アニメ、途中から観ても分かんないか」

 呟くと、「第一話」という案内。

「なんだ、始めからなら観るか……」

 それが沼に浸かるきっかけだなんて、当時は思ってもいなかった。


 ポーカー探偵☆エクスプレスは、ポーカーが大好きなお調子者主人公のエクスプレス、クール系眼鏡助手のレイズ、甘えん坊かつ食いしん坊なかわいい系スパイのフルハウスの、男性三人組の探偵グループだ。

 女性向けアニメということもあり、繊細なタッチでタイプの違うイケメン達だ。

「あー、女の人って、こういうの好きだよなぁ、きっと」

 事件が起こり、3人が得意分野で協力して犯人を見つけ出し、ラストで主人公のエクスプレスが華麗な推理を披露するというお決まりのストーリーだった。

 特に物凄い感動とか、心を突き動かされたものはなかった。

 ツルツル達と鍋パーティーをした一週間後、たまたまテレビの電源を入れたらこのアニメがやっていた。

 そこから、何となく続きが気になり、「ポーカー探偵☆エクスプレス」を観るのが週1のお約束となってしまった。


 テレビを付け、ポーカー探偵☆エクスプレス、第8話を観る。

 運命の日だ。

 エクスプレスの妹・コールの結婚式当日のシーン。

 エクスプレスはコールを心から大切に思っており、結婚が決まったときは大喜びをしていた。

 エクスプレスには古い親友のタマキという男がいた。

 彼は警察官を辞めた後、イギリスのオックスフォードで同じ探偵業をしている。

 現地での仕事が忙しく、どちらが連絡する訳でもなかったので疎遠になってしまったが、たまたま日本にくる機会があり、サプライズでエクスプレスの事務所を訪れた。

 エクスプレスは不在。

 事務所前のドアには、妹の結婚があることと、会場であるゲストハウス名が書かれていた。

「結婚式。プレゼントを用意して、式が終わるまでロビー付近で待とう」


 タマキは、デパートに入り、白薔薇の花束と、有名ブランドの紅茶「ホワイト・ウェディング」を購入した後、タクシーに乗って結婚式場のゲストハウスまで向かう。

 到着すると、エクスプレス家の式はゲストハウス奥の小部屋で始まっていたが、何やらロビーの奥が騒がしい。

 なんと、厨房付近で調理のアシスタントをする女性が殺害される事件が起きていたのだ。

 ゲストハウスの管理人は大事な式の最中に殺人事件が起こってしまい、警察に泣きついている。

 警察も殺人事件の糸口が掴めず、苦戦しており、「街の探偵であるエクスプレスを呼ぼうか」なんて話をしているが、探偵かつ新婦の兄であるエクスプレスを式中に呼び出すなんてもってのほかだ。


 警察がタマキに声をかける。

「あ、あなたは、タマキさん……!」

 仕事の出来るタマキは、警察時代に一目置かれていた過去があった。

「タマキさんなら、何とかしてくれるかもです!」

 警察は表情を明るくする。

 困り果てるゲストハウス関係者に対し、タマキはさり気なく質問を関係者に次々としたり、ゲストハウスを歩いて手がかりを探したりしていく。

 タマキは集めた情報から、犯人はシェフの男性だと推理をする。

 否定するシェフに対し、タマキは次々と証拠を論じていく。

 罪を認めるも、興奮したシェフは、近くにいたフラワーデザイナーのウクライナ人女性を人質にとり、男は女性の首にナイフを突きつける。


「ヘルプ!オゥマイグンネス!」

 叫び声をあげる女性の前に、薔薇の花が上から降りかかる。

「なんだ!?」 

 タマキが薔薇の花を投げたのだ。

 シェフが動揺した一瞬の間に、タマキはシェフの腕を振り払うと、ナイフは床に落ちる。

「この男……!」

 再びシェフはナイフを持ち、タマキに襲いかかろうとする。

 タマキは華麗に避けるが、ナイフの刃でスーツの一部分が切れてしまう。

 彼は臆さずにシェフのナイフを持つ手首に関節技をかけると、シェフは床に崩れ落ちた。

「ううう……」

 シェフは呻く。

「取り押さえろ!現行犯で逮捕する!」

 警察はシェフに手錠をかける。


 シェフは、泣きながら大声をあげる。

「俺はあの女と婚約していた!本当に好きだったんだ!それなのに、婚約破棄された!あいつは他の男とも同時期に婚約していて、しかも、来月その男と結婚するらしい。許せなかったんだ……そんな女が幸せになるなんて。そして、そんな裏切り者の女が、結婚式関係の場所で仕事をしているなんて……仕事のことも、俺のことも……馬鹿にして……うぅ……」

 泣き崩れる男に対し、誰も何も言わない。

 タマキだけが、口を開く。

「裏切られたこと、お辛かったでしょう。だからって、誰かの大切な結婚式当日を、あなたは台無しにしていい訳がない」

 シェフは、嗚咽する。

「そうだな……本当に……」

 警察は手早くシェフをパトカーに連れた。


 現場を新郎新婦達に悟られないように、厨房近くのロビーを避けて裏口から誘導した。

 裏口からの道は綺麗な薔薇の咲くガーデンを通る形となるため、新郎新婦はもちろん、エクスプレス達も喜んでいた。  

 新婦であるコールのウェディングドレスに薔薇の花びらが所々舞っている。

 タマキは、屋上からガーデンにいる彼らに優しげな眼差しを向けるが、彼らはタマキの存在には気が付いていない。


 ゲストハウスの管理人は、タマキに声をかける。

「このたびは大変ありがとうございました。エクスプレスさん達のお知り合いですか?これから記念の御写真ですので、良かったら、ご一緒に……」

 タマキは、首をふる。

「僕は、こんな格好ですので」

 困った笑顔を浮かべた後、切れたスーツの裾を摘まむ。

「こちらを、彼らにお渡しください。ああ、せっかくの花束だったのに」

 タマキはゲストハウスの管理人に、買ってきた紅茶と一本の白薔薇を渡す。

「あの……お名前は!?」

 ゲストハウスの管理人の問には答えず、タマキは満面の笑みで笑った後、屋上から姿を消すのでだった。


 見終わった後、俺はしばらく呆然とした。

 心臓の高鳴りを感じる。

 何だろう……この、タマキという男。

 親友の幸せために裏で動き、恩着せがましさを全く感じない。

 静かさのなかに、華がある。

 この感情は、何だろう……。

 俺は必死で考えた。

 考えた結果、結論がでた。

 尊い。

 尊い。

 ひたすらに、尊い!

 ただその言葉だけあれば、それで十分だ。

 

 もし、俺が極道の組長でなかったら。

 「ポーカー探偵☆エクスプレス」のオフ会に参加してファン達と堂々と語りたかった。

 あのウーパールーパー連れた女性と、思いっきりオタクトークをしたり、聖地巡礼をしたり、コラボカフェに行ったりしたかった。

 そんな、ささやかな願いすらも、許されない。

 だから、密やかに、この部屋にて俺は今日も叫ぶ。

「タマキさん、何度観ても、最高だッッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る