第45話 君の存在そのものが俺の癒しだ☆

 これは、セイイチの視点での物語。

 

 今日もラーメン「つるはら」に向かう。

 俺は「つるはら」に2週間に1回ペースの割合で来店している。

「らっしゃい!にいちゃん、いつもご贔屓に!」

 セルフサービスで水をグラスに注ぐ。

 グラスから、水滴が滴る。

 最近いろいろなことがあり、疲れていたのか、過去を回想してしまう。


 俺の幼い頃、顔の良く似た弟がいた。

 弟は、ある日突然姿を消した。

 和服で煙草を吸いながら、庭のアヤメを見つめる父のもとへ駆け足で訪れた。

「父ちゃん、セージ、どこ行ったんだよぉ?」

 父は相変わらずの仏頂面のまま、吐き捨てるように呟く。

「セイイチ。お前には弟なんていない」

 え、さっきまで、一緒にいたじゃん。

 でも、そう言っても無駄だ。

 反抗したら、怒られるし。

 父さんが、弟なんていないと言ったら、いないんだ。

「そうだね、オレ、夢をみていたみたい」

 当時、俺は笑ってごまかした。

 

 学生時代は、わりかしきちんと勉強もしたし、家に帰ってからの武道の稽古もこなした。

 道場で、毎日父による稽古があった。

「次は胸ぐらをつかまれたときだ」

 父は、胴着の上から僕の胸ぐらをつかむ。

 どうしてこんなことをしているんだろう。

 その答えは、何となくだけれども、分かっていた。

 父のもとには柄の悪い連中がよく訪れていたし、母も真っ黒い着物を着ていたしら2人は連中から恐れられていたからだ。

 家からは良く怒鳴り声や悲鳴も聞こえていた。

 なんだか、毎日映画の撮影をしているみたいだった。


 友達と授業後に遊ぶのは許されなかったし、そもそも友達を作るなと強く言われていた。

 両親が、「覚悟のない付き合いは命を奪われる」と眉を吊り上げて口を酸っぱくして話していた。

 小学生・中学生・高校生・大学生。

 どれをとっても灰色の青春。

 いや、極道らしく、黒一色で決めていた。

 コミュニケーションを頻繁にとったのは、組に属していた親の歳の近い子ども達くらいだろうか。

 今でも付き合いがあるのは、ツルツルやモヒカンくらいだろう。

 彼らとは、小学生時代から同じ組員としての価値観だったから、打ち解けられたのかもしれない。


 大学を卒業し、すぐに父のもとで働いた。

 組の存在が世から怖れられ、堂々とは話せないものではあるのは分かっていたが、逆らって家を出ることはできなかった。

 我が「紅生姜組」はギャンブルと闇金を主に活動している。

 父は「搾れるだけ搾り取れ」という考えだった。

 その考えについては納得いかないと思い、父に抗議するが、睨みつけて黙るのみだった。


 父は一昨年、病気で亡くなった。

 最期、枕元で静かに父は質問した。

「セイイチ……お前は、組長としての覚悟はあるか」

 俺は、正直困った。

「……これが良い仕事とは、思えない。けど、俺は俺のやり方でやってみる。親父とは違って、組員の意見もきちんと反映させた上でな」

 母は、俺の頬を軽く、ぺちっと平手打ちする。

「この!父さんの一大事ってときに頼りないねぇ!」

 父は掠れた声で高く笑う。

「全く、親不孝ものだ。セイイチの将来の嫁さんが、気の強い女性だったら紅生姜組の未来も明るいんだが」

 笑った父はせき込んでしまう。

「この組も、大分勢いがなくなった。今や、もっとあくどいことして稼いでる組が多いからな。セイイチ、お前は自分の人生、好きに……」

 好きにしていいということだろうか?

 話しかけようとしたとき、父は息を引き取った。

 母も1ヶ月後、同じ病気にかかり、後を追うように無くなった。

 何だかんだ、息のぴったりと合った夫婦だ。


 極道の組長になってからは、父のやり方の納得できない部分については変え、俺のやり方で組の方針を作った。

 父は「絞れるだけ絞りとれ」という考えだが、俺は「裏側を教えた上で覚悟のある奴は組を利用しろ」という方針だ。

 これに対し、「生ぬるい。組をなめている」と思う組員には、抜けてもらった。

 覚悟を決めた上で利用するのは、利用した奴の自己責任だ。

 それは、暗に「真っ当な仕事をしていない」と、俺自身が理解していたからだった。

 闇金や裏カジノを利用する人間の多くは、これから転落する未来しか予想できない。

 本音を言うと、罪悪感がある。

 

 そんな罪悪感を消してくれる存在。

 家から徒歩10分ほどの、ラーメン「つるはら」だ。 

 ここには気持ちをすっきりさせたいときに来てしまう。

 味噌ラーメンしかないという店主のこだわりは、この味噌ラーメンで客を幸せにできるという自信の表れだ。


「にいちゃん、今日は、ぼけっとした顔してんな!くたばってないで、ぶっ飛んでこうぜ!」

 店主に声をかけられ、目の前にホカホカと湯気のでるラーメンが置かれる。

 竹炭入りの黒いつるつるとした麺に、絡むような濃厚なスープ。

 こってりしがちと思いきや、味噌のまろやかな味わいだ。

「ああ、旨いなぁ……」 

 思わず頬が緩み、ため息をつく。

「だろ!うちは材料も、手間も惜しまない。お客さんには堂々と出せるものしか出さないんだ!」

 店主が豪快に笑っている。

 曇りのない笑顔だ。

 この店主は、自分の仕事に絶対的な自信を持っているに違いない。

 俺もこんな風に、他の人を心から笑顔に出来る仕事がしたいなぁ。

 それに比べて、今の仕事って逆に人を不幸にさせてないか……。


 はぁ、と深いため息をつく。

「にいちゃん、分かったぞ。さては恋だな」

 店主がガハハと相変わらず豪快に笑う。

「恋かぁ……」

 仕事の付き合いで、水商売の女の子とは関わるけど、恋じゃないよな。

 あ、でも、ここのところちょこちょこ会う黒髪セミロングのウーパールーパー(?)連れの女性、結構タイプなんだよな。

「ポーカー探偵☆エクスプレス」の共通の趣味も合いそうだし。

 出くわす度にトラブルになってることが多いから、つい格好つけたくて本能的に助けてしまった。

 問題は、彼女がカタギだってことだ。

 極道組長の俺なんかに好かれたら、仲良くなりたいだなんて言ったら、迷惑だろうな。

 でも、「セイ君」だなんて俺の名前を知ってたのがひっかかる。


 ひょっとしたら、彼女は他の組のスパイなのではないだろうか。

 あの借金を抱えたウーパールーパー(?)が、他の組と結託して俺を潰そうとしているのかもしれない。

 俺の頭に、例のウーパールーパーがどす黒い笑みを浮かべている姿が思い浮かぶ。

 いや、待てよ。

 それだったらそもそもウーパールーパーの存在を「つるはら」で伝えないか。

 それとも、宣戦布告か?

 いやまさか、実は同級生だったとかか?

 こっちはあまり他人と関わろうとしなかったから覚えてないけど、向こうはずっと思い続けてたとか?!

 それだったらラブコメみたいだな。


「にいちゃん、考え込んじまって。こりゃ当たりだな。あの、この前このラーメンに来て話しかけてた子とかか?」

 俺は水を一気に飲み干してしまった。

「あ、それは……。でも、立場が違うんで……」

 屈託ない笑顔の店主に、極道とカタギの恋愛なんて、言えないもんな。

「にいちゃん、古いな。時代は令和!立場とか関係ねぇ。好きなら、気になったなら、アタックだ!ひょっとしたら、相手からのアプローチもあるかもしれんぞ!」

 店主、笑顔が素敵すぎて、気持ちに素直になるのもたまにはアリかな、なんて、思えてきたぞ。

 ……言われたら、余計に気になってきちゃったじゃないか、このっ!

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