焦り、そして覚醒
しかし覚醒どころか自分の目前には相変わらず異様な風景が横たわっていてどうやら覚醒の計画は見事に失敗したようだった。仕方なく自分はまたあてもなく道を歩き出した。
しばらく殺風景なアスファルトの道を行くと何処からともなく人の泣き声がかすかに聞こえてきた。かすれた陰気な声で自分は思わずその声に惹き寄せられて歩いて行った。声が大きくなりその声の主が老婆である事が解った。彼女は道端でまるで乞食のようなボロボロな服を着込んで道にしゃがみ込んでいた。
「どうしました?」
自分がそう尋ねると老婆は自分の顔を仰ぎ見て
「おおーっ」
と声をだした。
「ああ、大変じゃ! わしはそこで人殺しをしでかしてしまった」
「それは大変だ」
自分はそう言ったがここが幻想界であるからそれほど驚きもしなかった。
「誰を殺したのです?」
すると老婆は自分の顔をまじまじと覗き込んで
「あんたじゃ!」
と言った。
「ばかな事を言うな」
自分はそう言ったが老婆はなんなら証拠を見せようといきなり泣き止んで自分の手を引いてつれて行った先が随分と昔の平屋の日本家屋でその薄暗い寝室で自分が死んでいた。さすがに自分はそれを見た時は力なく床にがっくりと膝をついてしまった。
「なぜ、なぜ殺したのですか?」
「覚えておらん」
自分は自分の亡骸を膝に抱きおこした。するとどういう訳か涙が累々と溢れてきて、おいおいと泣いた。これは随分ショックだったので自分はありったけの声で
「もう、やだーっ!!」
と泣き叫んだ。と、そこでやっと自分は覚醒した。自分は目に涙をいっぱい溜めて志具摩博士の顔を直視していた。まるで地獄からかえったような心持だった。
「お疲れ様。信二君どうだったかね。いや君がなかなか目覚めないので心配したよ。予定の時間を二分オーバーしてしまった。まあでも成功だ」
自分は無言で装置類を身体から外し、熱いコーヒーを飲んでやっと人心地ついた。自分は二度とこの実験の被験者はごめんだと思った。自分は自分の死体を抱いた時点で精神は崩壊寸前だった。
一日かけて博士の診察と検査と休養を取った自分はやっと解放されて女房の待つ家へと急いだ。博士が幻想リポート提出してほしいと言ったが、とにかく家に一度帰りたいと自分は言った。我が家はまだ新婚であるから妻がきっと心配しているに違いないのだ。
暖かい女房の笑顔が迎えてくれるはずだったが、家に帰った途端、客がいると女房に告げられて自分ははて?と思った。いったい誰だろうと思い、とにかく応接間に行くとなんと、そこにはスーツの紳士が二人いたが見覚えがない。
しかし一人の方をよくよく見ると、なんとそれは自分が下駄で頭に一撃を加えたあの宇宙人だったのだ。自分は我が目を疑い何回も目を擦った。いったいどうなっているのだろう? 自分はうろたえながら椅子に腰を下ろすともう一人の方が警察手帳を出しながらこう切り出した。
「張間信二さんですね。実は宇宙人さんが暴力を振るわれたのであなたを訴えると言っているのです。事実ですか?」
* *
あれから三年経つが特に変わったことはない。平穏なものだ。あの時自分は宇宙人に仕方なくお金を払って示談にしてもらった。でも相手は地球征服をたくらんだ奴らなんだぞ! しかし刑事は聞き入れなかった。まあしょうがない。
それ以来宇宙人には一度も出くわさない。それに志具摩博士のところは直ぐに辞めてしまった。博士はとても残念そうだったが、ああいう体験から自分はすっかり精神医学が嫌いになってしまった。そして自分は今、まったく畑違いの広告代理店に勤務している。
しかし何度思い返してもわからない。あのときの宇宙人は本物だったろうか。それともやはり幻想だったのだろうか? 妻はただ笑っているだけだし、博士にしても答えをはぐらかす始末だ。やはり薬の後遺症なのだろうか? よくわからない。
でも、自分は思うのだ。もしかして自分はあの時から覚醒なんかしていないんじゃないだろうか? もしそうだったらとても怖い。 ホント怖い。
了
幻想エトランゼ 松長良樹 @yoshiki2020
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