冥府魔道を終えて 7/7

「あーあ。大変なことになっちゃったねえ」




 陽も落ちて深い闇に包まれた夜道。隣を歩く高宮が残念そうに言うのを自分は今日買ってきた荷物を抱えながら、黙って聞いていた


 あの後、当たり前の事だが駐車場の惨状が人目につき、紆余曲折を経てショッピングモールは一時閉鎖となり、警察やらが大勢やってくる大騒動へと発展し、今日の買い物は断念せざるを得なくなってしまった


 仕方なくランチを済ませて家へ帰ろうとも思ったのだが、なんやかんやで駅前通りでウィンドウショッピングに興じたりなどすることになり、気がつけば帰途についたのは夜遅くとなってしまった


 まあアルフも初めて見る日本の街を堪能したようだし、彼女と高宮の距離も近づき自分を介さなくても会話をするくらいには仲良くなれたみたいなので結果オーライだ




「こういう事ってこの国じゃ珍しいの?」


「そりゃあ珍しいに決まってるよ。世界で一番治安が良い事で有名なんだから。ていうか、いったいどうすればあんな事になるんだろうね」


「……そうだな。心配だな」




 高宮のいる方とは反対側を歩くアルフからちらりと黄金色の眼差しを向けられ、思わず自分は顔を背けた




『タカミヤがいるから、詳しい話はまた後でね』




 午後の街歩きの最中、高宮に聞かれないようにぼそりと耳元で囁かれた言葉を思い出す。彼女はあの惨事に自分が関わっていると考えているようだった。どうしてだかわからないが、いわゆる女の勘というやつだろうか


 この後に待つ彼女との話し合いを思うと、憂鬱な気持ちになってくる。あれだけ苦労したのだから、出来れば彼女にはこんな面倒事に関わらず、平穏な日常を過ごしてもらいたいのだが、きっとそれを彼女は望んだりはしないのだろう


 見ず知らずの異世界の人間を気遣い、自身の姉妹や親とも言うべき神に反抗するくらいに人が良いのだから、自分が何を言ったところで関わってくるのは容易に想像がついた


 だから真実を話すつもりはない。彼女は十分に戦った。だから自分は徹底的にしらばっくれるつもりだったし、仮に気づかれたとしても彼女を関わらせるつもりはなかった




「あーっ。さっちゃん、何暗い顔してるのよ。こんなカワイイ女の子二人に挟まれてるんだから、もうちょっと喜んでもいいんじゃないの」


「むしろ世の男子諸君に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだが。ああ、すまない。こんな可愛い子たちを独り占めしてしまってすまない」


「むー。心がこもってない」




 ぎろりと睨みつけられ言いがかりをつけられるが、しかめっ面をしている高宮からも目をそらしてしらばっくれた


 こういう時の高宮は面倒くさく、真面目に相手をしようとしても泥沼になるだけなので適当に流して放置するか、神妙な顔をして形だけでも理解を示してあげるかが最適解であるということを自分は過去の経験から知っていた




「いい男が女の子を独占するのは普通じゃないの?」


「えっ。アルフちゃんの国だとそうなの?」


「どの国もそうじゃないの?」


「えっ?」


「あーっ。この国は一夫一妻制なので二人以上の恋人を持つのは倫理的にも法律的にもNGなんだ」




 これ以上はボロが出ると思った自分は思わず二人の会話に割り込んでいた




「へえ……じゃあ、サバキも一人しか妻を娶れないんだ」


「そんな相手も居ないけどな」




 自分がそう言うと、隣で高宮が一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべたのが目に入ったが、気づかないふりをした


 彼女が自分に複雑な思いを抱いているのは察しているが、彼女自身がそれについて特に何も言ってこないので、自分からもそこには余り触れないようにする。藪をつついて蛇を出すような真似は、よほどでない限りは悪い結果しか齎さない。君子危うきに近寄らず、とも言うしな




「じゃあタカミヤはどう?」


「ほあっ!?」


「はあ?」




 急に告げられたアルフの言葉に、高宮の奇声と自分の呆れ返ったような声が重なる


 言われて彼女と結婚した姿を想像してみようとするが、どうにも思い浮かばない。まあ、自分にそんなつもりはないわけなのだが




「やめとけやめとけ。俺みたいな奴とだなんて、高宮に申し訳が立たないだろう」


「そんな事ないと思うけどな。二人並んでるところを見ると、お似合いのカップルにしか見えないよ」


「馬鹿言え」




 アルフの戯言を一言で切り捨て、二人から距離を取るように歩みを早める


 自分が彼女の好意をすんなり受け止めることができたとしても、現実的に考えて自分たちが一緒になるなどありえない話だ


 親に捨てられ育ての親も亡くなり天涯孤独。俊のところとはいえ反社と繋がりがあり、大した取り柄もない男が高宮のような器量よしとカップルなど、ありえない話だ。仮にあちらから好意を向けられていようとも、自分のような男と恋人関係になるなど彼女の人生に拭えない汚点を作るようなもの。百害あって一利なし、だ


 正直言えば今の関係もけしてよろしくないものだとは思う。毎日通い妻のように家に来て甲斐甲斐しく世話してくれるというのは自分としては生活が大変楽になるので助かるが、客観的に見たら彼女を良いように使っているダメ彼氏ではないだろうか


 異世界で色んな経験を積んだからか、以前は考えなかった事も考えるようになった。だからこそこのままじゃいけないと思う。どこかで彼女との関係になんらかの決着をつける必要があるだろう


 続けるにしても、別れるにしても、ケジメはどこかでつけなければならない


 だがそれは今すぐでなくてもいいだろう。考えなければいけないことはいくらでもある


 覇窮。大鉈女。それにこっちの世界に連れてきてしまったアルフのこともある




(そう言えば、あれって告白だったんじゃないか?)




 昨晩。ベッドの上でアルフから告げられた言葉。あれは恋心を伝えるような生ぬるいものではなく、終生を共にするという誓約の言葉のようであった


 あんな告白をした理由には薄々勘付いている。異世界で旅をしていく内に、彼女の側から好意を向けられるようになっていたから、きっと協力して一つの目標を達成した事による連帯感によってその好意が恋か愛か。ともかくより深く重いものへと昇華したのだろう


 予想外だった。まさか自分がここまで好かれるなんて思いも寄らなかった


 だが高宮から好意を向けられているように、自分はどこか普通からはズレている相手から好意を寄せられやすいのではと思うところがあった。異世界でも自分が殺した相手ではあるが、超重量級にして真っ当ではない愛情を向けてくる相手が少なくとも二人は居たし、男も含めればその人数はさらに増えることになる


 そう考えれば、アルフからの好意は至極納得の行くものなのかもしれない。かと言って、受け入れるかどうかを問われれば否である。やはり現実離れした美少女を前にすると、尻込みしてしまう


 それにどうしてか自分と高宮の仲を取り持とうとする発言もしているのがどうにも不可解だった。まさかとは思うが、十上ハーレムでも作ろうとしてるんじゃないだろうか。異世界は一夫多妻、多夫一妻が極々当たり前のものだとされていた。だとしたら勘弁してほしい。たった一人を愛する気もないのに、どうして何人も恋人を作らなければならないのか




(……参ったなあ)




 積み重なっていく問題を前に、自分はゆっくりと息を吐き、天を仰いだ


 ひとつひとつ、時間をかけて解決していくしかないな。自分はそう決意を新たにした

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異世界帰還者のセカンドステージ -冥府魔道を潜り抜け蠱毒の坩堝へ- 崖下 @srui3823

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