冥府魔道を終えて 6/7
無骨な鉄の塊同士がぶつかり合い、駐車場に激しい打撃音が数度に渡って響き渡る
力任せに振るう剣。技も術もない振り下ろしを、大鉈の腹が受け止め、これまた力任せにかちあげられる
互いに持っていた武器とともに両の手が上がり、懐ががら空きになる。そこへ無理やりに蹴りを放つが、相手も同じことを思っていたのか、スニーカーの底と赤いヒールがぶつかり合う
「――ッ!」
蹴りと蹴りの勝負の軍配は少女にあがった。接触面から強い衝撃を感じたかと思った瞬間、自分の身体は後ろへ弾き飛ばされていた
地に足がつかない浮遊感。高速で過ぎ去っていく景色の向こう側から、大鉈を構えた少女が迫ってくる
地面に剣を突き立て、なんとか着地して剣を構えて備えようとするが、それよりも前に少女が近づき大鉈を振り下ろすほうが早かった
「だあらっしゃあぁっ!」
咆哮と共に剣を振り上げ、少女の放った斬撃を弾き返す。弾かれ体勢を崩した少女だったが、その場でワルツを踊るようにくるりと回り、体制を整えた彼女から舞うように第二撃が振るわれる
弾く、舞う、弾く、舞う。幾度も繰り返される剣戟。派手ではあるがそれだけの素人剣戟。しかし人の出来る動きを遥かに凌駕している二人の超人によって、それは見る者を圧倒し魅了しうる闘争へと昇華していた
女の細腕では振るうのも至難な大鉈を、まるでバターナイフのように軽々と振るう少女。ほんの少し強く握っただけで折れてしまいそうな華奢な体躯からは想像もし得ないほどに彼女の放つ攻撃は早く、鋭く、コンクリートの地面を容易く抉り砕くほどに重かった
対する自分もまた、並ではなかった。この見かけからは想像できない力を振るう少女を相手に五分の戦いを繰り広げられているだけ、自分もまた人並み外れた力を持っていた。異世界から戻り、かつての若さを取り戻したがあちらで培った力はそのままということなのだろう
しかし、この程度だったか、とも思う。幾度の戦いを潜り抜け、数え切れない敗北と僅かな勝利を積み重ねてきた自分はもっと戦えていたはずだ。こんな多少強い程度の相手にここまで苦戦していただろうか
異世界に行く前よりは強く、異世界から帰ってくる前よりは弱い。ちょうど間くらいの性能しかこの身体は有していなかった
よりにもよって、という思いがある。当時の力があればこの程度の相手は一刀の元に斬り伏せれていただろう。だが現実はそうではなく、どうしてだかわからないが衰えた身でこの少女と相対しなければならなくなっている
逃げる事も考えた。しかし、この場には覇窮がいる。自分が逃げ出し、残された彼女がどうなるかなど容易に想像がつく
何より無事にこの場を立ち去れるかもわからないのだ。何度去ろうとしても同じ場所に戻される現象。その後に現れた敵対者。この二つに関連性があることは明白であった
故に自分は戦い、勝利しなければならないだろう。なにもかもわけがわからない現状を打破するためにも、まずは眼の前の敵対者を倒さなければ何も始まりそうにない
「今更だな」
自分に焦りも恐れもない。この程度なら苦難の内にも入らない
対する敵が一人。こちらも一人。守る相手が居ることを考えればこちらの不利。されど自分が不利なのはいつものことだった
万軍と相対することがあった。安らげる場所などなかった。異世界にいる間は常に戦い続けなければならなかった
それに比べれば、こんな状況など楽なものだろう
「――ふっ!」
振り下ろされた大鉈に対し、弾くのではなく振り下ろされた刃の軌跡に横から剣を当てて受け流す。幾度となく繰り返してきた中での変化に咄嗟の反応ができなかった少女は、勢いよく地面に大鉈を突き立て、瞬間、彼女の身に明確な隙が生まれた
一閃。横薙ぎに払われた剣が放たれ、鮮血と共に少女の首が宙を舞い、地に落ちた
「――殺したのか?」
「多分ですけどね」
切り落とされた首の断面から溢れ出る血しぶきを避けるように少女の躯から離れ、覇窮の元へと戻った自分は剣を構えたまま、少女の躯に視線を向けていた
感傷に浸っているわけではなく、異世界の生活で自身に刻み込まれた癖のようなものだった。まともではない生命ばかりがいたあの世界で、首を断ち切っても実はまだ生きていたというのは珍しいことではないからだ
殺し、観察し、完全に動きを止めたところを見届けて初めて戦いが終わる。そうしなければ自分は安心を得ることができなくなっていた
「あー、やっぱりか」
少女の首から下が緩慢に動き出し、足元に転がった首を拾い上げ、切断面同士をぐりぐりと押し付け合わせると、一度は完全に切断したはずの首と身体が繋がり合う
「すいません。なるべくスマートに済ませたかったんですが、そうも行かないみたいです。大分グロい事になると思うので、できれば目をそらしてもらえると助かります」
「気にするなよ。私を守るためなんだろう?なら、見届けるのが私の役目だろうよ」
「……そうですか」
自身のために誰かが手を汚す事を非難するわけでもなく、目を背けることなく、粛々と受け入れる。それは覇窮という女性の美学の一端のようなものなのだろう。自分にはよくわからないが、彼女がそうしたいと言うなら、それで構わない
剣を構え直し、放たれた矢のごとく迫る少女へ向かう。が
「――ォルァッ!」
横合いから突如として殴りつけられた少女がボールのように吹き飛び、空中で二転三転と回りながら何台もの車を巻き込みながら駐車場の壁に叩きつけられる
「は?え?」
突然の事態の変化に追いつけず、思わず変な声が出しながらも、自分は乱入者をまじまじと見つめた
清潔感の欠片もない乱雑な赤い髪に無精ひげ。気怠げな空気を漂わせた燕尾服を着崩した白人の男。場末の酒場で飲んだくれてるか、パチンコ屋に入り浸ってそうな、如何にもな雰囲気を醸し出している男はぎろりとこちらを――いや、自分の後ろにいる覇窮を睨みつけてきた
「遅いぞアルブレヒト」
「すいませんねえ。腹ぁ痛くてずっと籠もってましたー」
「余り品のない発言をするのはやめろ。私まで同レベルと思われるだろう」
まるで顔見知りのように言葉を交わす二人。一見するとなんら関係性のなさそうな組み合わせだが、一体どういう関係なのだろうか
それに不意打ちとは言えあの少女を一撃で倒してしまうほどの膂力。見かけではわかりづらいが、只者ではないことが窺える
「で、こっちのガキはなんだ?」
「私の後輩だ」
「十上裁といいます。危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
剣を下ろし右の手を差し出すが、アルブレヒトと呼ばれた男は一瞬ちらりと一瞥するだけですぐに覇窮へと視線を戻す
「たくっ。年下誑かして密会たあいいご身分ですなあ」
「いえ。別に俺は誑かされてないですし、一方的に絡まれてただけですから……あの、脛を蹴るのは止めてください。いたっ、痛いからっ!」
自分の発言がそうとう気に障ったのか、脛へ的確なローキックをしてくるのでこれを避けていると、直ぐ側から生暖かい眼を向けられているのを感じる
「いやあ、若いっていいねえ」
「笑ってないでこの人止めてもらっていいですか!?ガチで痛いんですよ!」
「諦めな坊主。流石に雇い主にゃ逆らえんし、そもそも自業自得じゃねえか」
雇い主、ということはボディガードとかそういうものなのだろうか。あの身体能力とやったことを思えば、彼が荒事に長けているのはわかるが、しかし覇窮家に仕える人間としてみると品がないように思える
だがそれよりも自分は彼の発した一言に食いついていた
「自業自得ってどうして!?あの、覇窮さん!?俺が悪かったなら謝りますから、一旦蹴るの止めてもらいます?聞いてます?もしもーし!」
全く静止の言葉を聞いてくれず、ただひたすらに蹴り続けてくるのを避けていると、がらりという物音が聞こえてきて、そちらへ全員の視線が向けられる
視線の先では、アルブレヒトによって壁に叩きつけられた少女がゆっくりと、大鉈を杖代わりに立ち上がってきていた
「しぶてえ奴だな。誰だよあんなの呼んだやつ」
「私は知らないぞ。いきなり襲いかかってきたんだ」
「じゃあ坊主か。つーか、その剣どっから持ってきたんだよ。銃刀法って知ってるか?」
「あ、今それ聞いてきます?できれば見逃してほしかったんですけどね。あと、俺もあんな怖い知り合いいませんから」
アルブレヒトの隣に立ち、剣を構える。だが明らかな強者である赤髪の青年と共に在るということは何よりも心強く、初めて安心感を抱いて戦いに挑もうとしていた
「……ウウッ」
マスク越しに少女が呻き声を上げ、彼女はずるりと地面の中へと沈んでいき、その姿を消した
流れる沈黙。不意打ちを警戒し、構えを解かずに辺りへ気を配るが、一向に少女が現れる気配はなかった
「……ふう。どっか行ったみたいですね」
剣をアイテムボックスの中へとしまい込み、ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭った
「お疲れさん。しっかし、ひでえ事になってんなあ」
言われて辺りを見渡せば、大型の獣が暴れたのかと言わんばかりに荒れ果てており、数え切れないほどの壊れた車があちこちに散乱していた
「仕方ない……これ以上面倒事に巻き込まれたくないからな。さっさと出ることにしよう。アルブレヒト」
「へいへい」
覇窮に言われ、アルブレヒトが少し離れた所にある如何にも高級そうな外車に乗り込み、エンジンをかける
「裁も早く戻ったほうがいい。こんなところを誰かに見られたくはないだろう」
「そうですね……」
はあ、と溜息を吐いてから、重い体を引きずって数歩歩いてから、ふと気がついて覇窮へ声をかけた
「あの、ここであったことなんですけど」
「黙っておいてあげるさ。勿論、アルブレヒトにも口止めはしておこう」
こちらの危惧していたことは彼女にも伝わっていたらしく、二つ返事で了承してくれる。普通の人ならわからないが、彼女ならば一度言ったことを羽子にすることはないだろうという信用があった。仮に彼女からこの事がバレた時は、またその時に考えればいいだろう
改めて別れを告げてから、自分は見るも無残な姿となった駐車場を後にすることにした
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