冥府魔道を終えて 5/7
彼女と初めて出会ったのは一年生の時の文化祭の頃
当時の文化祭実行委員会の連中が余りにも不甲斐なさ過ぎて準備が滞っているのを見て業を煮やした自分が俊と一緒に彼らの代行をするための権限を得るために生徒会へ赴いた際だ
『――サバキ?』
初めて対面したはずの覇窮はまるで信じられないものを見るような表情で、まだ自己紹介もまだだと言うのに自分の事を名前で呼んできたのだ
確かに自分は悪い意味で有名だったが、当時は目隠れ系の紛うことなき没個性系陰キャな見た目をしていたので一見で自分だというのはわからないはずだった。それに隣には人目を引く派手な容姿の俊が居たので、彼を差し置いてこちらに注目が向くというのは如何にも不可解なことである
その時はそれくらいしか特筆するような事はなく、彼女と次に会うのはなんとか文化祭が開催され、無事に終了した後の事だった
『私と踊ってくれないか』
文化祭最後に行われるキャンプファイヤーを囲んで行われるフォークダンス。それの相手に、彼女は一度しか会ったことのない自分を、とても男らしいまっすぐな台詞で誘ってきたのだ
別にフォークダンスに参加しようと言う気はなかったのだが、誘われたならということで自分は彼女とダンスを踊り、全校生徒の注目を浴びる羽目になってしまった
以来、彼女とは連絡先を交換し、稀にメッセージのやり取りをする仲になったのだが、未だにわからないことがひとつある
彼女の表情、目線、仕草から自分へ好意を向けていることは明らかなのだが、どうしてそうなったのかがわからないのだ
思えば初対面の時からそうだった。初めて会うはずの自分を、彼女は久しぶりに出会う友人のように見ていたような気がする
さて。彼女とはどこで、どのような出会いをし、一体どんな関係であったのだろうか。自分はそれがわからないでいる
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「なあ、十上。あれは一体どういうことだ?」
「な、なんのことでしょうか?俺には会長が何を言いたいのかさっぱり検討つかないのですが……」
覇窮が如何にも憤慨した様子で詰め寄ってくるが、自分には彼女が自分の何にここまで怒っているのかがわからないでいた
いつも優雅さを保っている彼女がここまで追い詰められているということは、よほど自分の何かが彼女の逆鱗に触れてしまったらしい
しかし、何がどうして彼女をここまで怒らせたのだろうか
「あいつだ」
「あいつ?」
「あの金髪の女だ。いったいどこで口説いてきた」
「あー……あー……そういうことですか」
ここまで聞いて察しがついた。恐らく自分がアルフと一緒に居るところを見て、彼女は嫉妬したのだろう
不思議なことに、彼女は自分が異性と一緒に居る所を見るのが気に食わないらしい。付き合っているわけでもないし、メッセージアプリでやり取りするくらいで一緒にでかけたりすることも少ない浅い関係の自分の交友関係を意識するなんておかしな話だとは思うが、そもそも最初から好感度が高すぎるというおかしな女性なので、たかが嫉妬の一つや二つ今更であった
「アルフとは会長が思うような関係じゃないですよ。昨日から俺の家に居候してるってだけでして」
「一人暮らしの男の家に居候とはただ事ではないなあ」
「本当に何もないですからね?マジですから!」
「そこまで強く否定するということは、つまり本当は何かあるのだろう!?」
「何もないって!むしろアンタの方がどうかしてるよ!」
高宮が実質通い妻をしているということを知ったときもそうだったが、こういう時の覇窮は面倒くさい。面倒臭すぎて思わず張り倒してやろうかと思うくらいだ
しかしこんな事で手を上げるのは如何なものかと思うし、見方を変えてみればそれだけ愛されているということなので、むしろ嬉しいことなのではと考えれるかもしれない。自分は全く嬉しくないが
「大体、なんでアンタにそこまで突っ込まれなきゃならないんだよ。ただの先輩と後輩の仲だろう」
「悲しいことを言ってくれるなよ。私とおまえの仲だろう」
ああ、まただ。彼女はいつも自分たちの関係は特別なんだと言外に伝えてくる
だが自分にとってはあくまで先輩と後輩の仲でしかなく、彼女が想像するような深い関係などではないはずなのだ
そのことについて深く追求したこともあるが、彼女は笑って、そのうち思い出すだろう、と言って答えを教えてくれることはなかった
「はいはい。もうそれでいいですよ……で、結局文句言いたかっただけですか?」
「おまえに会いたかった」
「俺は別に会わなくてもよかったんですけどね」
冷たく言い切ってみたところで、彼女はくふふと愉しげに笑うだけで、然程も堪えたような様子はなかった
「私はいつでもおまえと一緒に居たいよ。互いを鎖で繋ぎ合い、二度と離れぬようにしたいとも思っている」
「こわっ!?あんたやっぱ怖いよ!」
この女ならやりかねないという予感があった
覇窮家は政財界に大きな影響力を持つ名家であり、彼女自身も末子とはいえ、すでに優れた才能の片鱗を現し、未だ高校生の身でありながら一方で覇窮家の一員として働いているという話を聞いたことがある
その内容はクリーンなものからイリーガルなものまで幅広く、俊を介して覇窮家の後ろ暗い話は聞く機会は少なくない。だから人間一人くらいなら拉致監禁できてもおかしくはないし、それをできるだけの力を彼女と彼女の家は持っていた
「冗談だよ。おまえは鎖で繋ぎ止められ枠に押し込まれた狗になるのではなく、大空の下を自由に羽ばたく鳥のようであってくれ。その方が、きっといい」
「はあ……」
もはや言葉もなかった。目の前で繰り広げられる覇窮ワールドについていくことは自分にはできず、ただ流されることしかできなかった
こうなった時の彼女の話は長い。とにかく長い。なので覇窮に一言断りをいれてから、上で待たせている二人にしばらく戻れなさそうということを伝えるべくスマホを取り出して連絡しようとした。しかし
「は?」
思わず声が出てしまったがそれも仕方ないだろう。よっぽどの山奥でもない限り僅かでも電波の届くこの時代に、よりにもよってショッピングモールの駐車場で圏外になるなんてありえない話だ。なのにそのありえない話が今、まさにこの場で起きている
刹那。感じる視線
「――会長!」
「なん――」
反射からの行動。不意に感じた気配に反応し、咄嗟に覇窮を抱きかかえてその場を飛び退くと、先程まで覇窮の居た場所にどこからか飛んできた一本の大鉈が突き刺さった
「と、十上!?」
「喋んないでください!」
彼女を抱えたまま着地し、大鉈が飛んできた方向を見やると、そこにはひとりの女が居た
その女はお嬢様というパブリックイメージを具現化したような金色のドリルのような形をしたツインテールをした、朱色のドレスを纏った少女。本来瞳があるべき眼孔はぽっかりと空いていて、顔の下半分がレザーのマスクで覆われていて、整った容姿とは裏腹に凄惨な印象を感じさせるそいつは突き刺さった大鉈を拾うと、それを両の手で持ち構えた
悍ましい印象の少女からは明確な敵意を感じられ、こちらに害意を持っている事は明らかであった
「会長。下がっててください」
「……ああ」
覇窮を下ろし、彼女を庇うように前へ一歩出ると、虚空へ手を翳す
歪む景色。開く黒い孔。異世界で習得した異なる層に干渉する異端技術、
そこへ手を入れ、中から一本の剣を抜き放つ。赤黒く染まった捻じれ歪んだ刀身。共に異世界を駆け抜け、数多の血肉を啜り食らってきたなまくら刀
二度と使うことはないであろうと思っていた武器を手に、自分は突如として現れた化外と対峙する
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