冥府魔道を終えて 4/7
あれから朝食を摂り、外に出るために身だしなみを整えた自分たちは自宅を出て住宅街から少し離れたところにあるショッピングモールに来ていた
「おおー……」
多彩なテナントが並んだモールの中は春休みということもあってか若者でごった返しており、常よりも一段階増しの喧騒に包まれている
それは異世界ではけして見られることのない光景であり、アルフはそれを物珍しそうな表情で眺めていた
「アルフ。目的を忘れるなよ」
「わかってるよ」
「じゃあ、何しに来たか言えるな」
「私の服と生活用品を買いに来ました!」
「よし、オッケー!」
そう言い互いの手を合わせてハイタッチ
「あのさあ……めっちゃ見られてるんだけど」
そんなやりとりを傍から見ていた高宮がじとっとした目でこちらを睨みつけてくる
彼女の言う通り、モールの入り口で日本国内では余り見られない金髪の洋風美少女と見るからに陰キャ風な男が仲よさげに睦み合っている様は通行人たちの注目を集めるに足る光景であり、特に男からの嫉妬と羨望の眼差しが多く集まっているように感じられる
「まあ美少女だし注目浴びるのも仕方ないよな」
「いや、今日のさっちゃんもやっばいからね。少し髪整えて服変えただけなのに……」
「そうか?」
確かに異世界に行く前と比べて多少は身形にも気を遣うようになったと思う
以前は髪もろくにセットせず、前髪で目が隠れてても気にしなかったが、アルフという見目麗しい美少女と共に過ごす内にこのままではいけないと一念発起し、髪には櫛を通し、長い髪を後ろで一纏めにして髪型を整えるなどとかつての寝癖を直しただけの髪型からは大きく進歩したものだと思う
服も今どきの若者らしいファッションではないが、養父が若い頃に着ていたというヴィクトリア朝の落ち着いた雰囲気の紳士服を着ているので、黙っていれば海外のミステリードラマに出てくる俳優のように見えるのではないだろうか。流石にそれは言い過ぎか
「俺よりも二人の方がヤバいと思うぞ。勿論いい意味でだけど」
艶やかなプラチナブロンドのウェーブがかかった長い髪に、白くきめ細やかな肌の上に純白のワンピースを着たアルフはどこか幻想的な雰囲気を漂わせる清楚系美少女。一方でピンクのパーカーにデニムスカートというシンプルなコーデをうまく着こなしている高宮は純粋に整い優れた容姿をした美少女と言った風で、それに対して自分という男は不釣り合いと言わざるを得ないだろう
「「いやいやいやいや」」
アルフと高宮がこれ以上ないくらいの勢いで自分の言葉を否定してくるが、一体彼女たちは自分の事がどう見えているんだろうか
もしもなにかの間違いでイケメンかなにかに見えているのなら脳外科か眼科を勧めたほうがいいかもしれない
「……サバキって自己評価低かったりするの?今日のサバキ、カッコいいと思うんだけどなあ」
「変なところで自分を卑下する癖あるからね、あいつ……」
自分から少し離れたところでひそひそ話を始めだした二人の会話内容はよく聞き取れないが、女の子同士の間に挟まるのも野暮だと思うので聞き耳を立てるようなこともせずに、手持ち無沙汰の解消のためにポケットからスマホ取り出してメッセージアプリを開き、数えるほどしか存在しない友達一覧から目当ての相手へメッセージを飛ばす
さばさば>>【急報】自宅に金髪童顔巨乳美少女が住むことになった件について【助けて】
明星>>詳しく
インターネットのまとめサイトみたいな内容のメッセージを飛ばしてみたらスマホの前で待機していたのかと言うくらいの速度で返信が返ってくる
さばさば>>オヤジの知人の娘が外国から来て居候することになったんだわ
明星>>ラブコメの導入かよ。お隣の幼馴染はどうしたんだ?
さばさば>>幼馴染つっても彼女とかじゃないんでセーフです。つーかあいつの事はオマエもよく知ってるだろ
明星>>おうおう知ってるぜえ?ガッコーのアイドルがわるーい男にハマってるとかどこの三文小説かよって思ったね
さばさば>>俺は何もしていない
明星>>何もしてないのがわりいんだろ。見てておもしれえからいいけどよ
さばさば>>なんだとこのやろー
明星>やんのかてめー
売り言葉に買い言葉。チャットによる口喧嘩という二束三文にもならないやりとりが続き、しばらくして会話が一区切りしたところでアプリを落としてスマホを仕舞う
そろそろ二人の話も終わった頃かと思って顔を上げと、先程まで彼女たちが居た場所には誰も居らず、左右から挟み込むように向けられる視線に気がつく
「……人様のスマホを覗き込むのは行儀悪いぞ」
「どうせ相手は明星くんでしょ。あんた友達いないし」
「そりゃそうだけどさあ」
生い立ちから今までの経歴。さらには俊との友人関係が合わさり高校での十上裁は俊と同等のアウトローだと思われている
おかげでみんながみんなこちらに怯え距離を取っていることをいやでも実感させられる時がある
それでも近づいてくる者も数えるほどはいるが、積極的に関係を深めようとも思わないので場の空気に合わせて適当に相手をする程度で、自分から関わっていこうと思う相手というのは俊くらいだし、あちらからこちらの深いところまで入ってこようとするのは高宮を含めて二人だけだった
「サバキは怖くないよ。むしろカッコいいよ!」
(この子天使?)
(流石にそれはないと思うけど)
両手をぎゅっ、と握りしめて熱弁するアルフを見て
「まあいいや……そろそろ行こうか」
そう言って自分はアルフの手を引いて歩き出した
「まずは服から買い揃えないとなあ。どんなの着てみたい?」
「うーん……サバキが好きな服!」
「それじゃ意味がないだろ」
一歩、また一歩と歩く度に二人の距離は近づいていき、やがてはアルフは裁の腕に抱きついてきて、自分はそれを大人しく受け入れ歩きだしていった
そんな二人を後ろから驚いたような悲しんでいるような表情で高宮が眺めている事に自分は全く気づくことはなかったのだった
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「サバキ!見てみて!」
試着室のロールカーテンが開き、中からゴシック調の漆黒のドレスを着飾ったアルフが姿を表す
「うん、やっぱり似合ってるね。白もいいけど、黒も合うと思ってたんだ。ついでに髪型も自然に流すだけじゃなくて少し弄ってもいいかな」
「じゃあやって」
「帰ったらな。じゃあ次はこれを着てみようか」
そう言いながら別の服を渡すと、それをアルフが受け取りロールカーテンが閉められる
試着室の前には服がいっぱいに詰められた籠が山とあり、これら全て自分と高宮がアルフに似合うだろうと店中を駆け回りセレクトした品々である
先程から試着しては次をと言った感じで、この試着室は今現在アルフ主演のファッションショー会場となっていた
「さっちゃん。新しいの持ってきたよ」
試着室の前でアルフが着替え終わるのを待っていると、服の詰まった籠を両手に持った高宮がやってくる
最初はほんの数着ほどしか選んでいなかったが、思いの外アルフの着飾った姿に感銘を抱き、タガの外れた自分たちは店中の服を掻っ攫う勢いで集めた服をアルフに着せ始めたのだった
「よくやった。褒美にジュースを奢ってやろう」
「ありがとうございます!」
「しかし、随分と集めたもんだな」
山のような服の量に思わずやりすぎたなあ、と反省はしてみるものの、きっとまた同じことがあったら繰り返すのだろうなあ、と思ってしまう程に普段と違う格好をしたアルフは刺激的だった
「アルフちゃんが想像以上に可愛すぎてついついやりすぎちゃったね」
「わかる。もう全部買って自宅で続きをしたいくらいだ」
「そんな金持ってないでしょ」
「それがあるんだなあ、これが」
「マジすか!?」
今、自分の財布の中には数十枚もの諭吉さんが入っている。養父の遺産を切り崩して降ろしてきた、のではなくこれは俊を介してやった仕事の報酬の一部である
俊は裏社会に深く関わっており、彼の立ち位置を一言で言うなら反社組織の長が適切だろう。そういう立場の彼からはそっち方面の仕事を任されることもあり、そういった仕事は危険度は高いが金払いはよかった
おかげで学生という身分とは程遠い収入を得て、自分もこの歳で立派な納税者の仲間入りだ
「というわけで、金の事は心配しなくていいぞ。下ろせばまだあるからな。なんなら高宮も欲しい服があったら買ってくか?」
「うわあ……こんなに太っ腹なさっちゃん初めて見たよ」
高宮に言われ、果たしてそうだっただろうかと思い返してみるもののいまいちピンとこない
俊の関係で知り合った年下の連中には割と気前よくやっていたからそこまで自分の財布の紐は固くないはずだが
(……ああ、そういえばそうだったな)
自分が高宮と一緒にいる時は大体高宮に誘われて、それも彼女が自分に何かをするということが殆どでこちらから彼女を誘うということはなかったように思える
それはやはり、彼女の抱く複雑な感情を受け入れきる事ができていない自分の問題なのだろう。あちらから来る分には構わないのだが、どうしても自分の側から踏み込む気になれないのだ
だが一年もの間世話になっているのだし、いい加減この関係も少しは進展させてもいいかもしれない
「二人共。着替え終わったよ」
「ああ、うん。やっぱりこれも似合ってるな」
「うぬぬ……まさかギャル系ファッションも着こなすとは。恐るべしアルフちゃん!」
楽しそうにしている二人を眺めながら、考えるのはまた後ででいいだろうと結論づけ、今は目の前のことに集中することにした
「……ん?」
さて別の服を着てもらおうと次の服を渡そうとしたところで、ポケットの中のスマホがぶるりと震えた
一言断り、アルフの事を高宮に任せてスマホを取り出し、通知を確認したら思わず竦んでしまうようなメッセージが届いていた
てんこ>>見たぞ
てんこ>>今すぐ地下駐車場
てんこ>>私は今冷静さをかこうとしている
あからさまに怒っている事がわかるメッセージを前に、自分は暫し悩んだ末に、深く息を吐いた
「悪い二人共。ちょっと知り合いに呼ばれたから、少し外すわ。財布わたしとくから後頼む」
「えっ、さっちゃん?」
「どうしたの?」
「あー……大した用じゃないよ。すぐ帰ってくるわ」
怪訝な表情を浮かべる二人を置いて、自分は足早に店を出て駐車場へと向かった
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様々な車が止められている地下駐車場。頼りない灯りに照らされた薄暗く人気がない殺風景な空間を、自分は恐る恐る歩く
急なメッセージで呼び出されたというのもあるが、呼びつけてきた相手が相手であり、尚更何を言われるのかと戦々恐々としていた
かといって無視すれば後々面倒事の種になるのはわかっているので、嫌々でも行かなければならないのだが
「駐車場のどこかくらい言っとけよな――あっ!?」
ぶつぶつと愚痴を零しながら歩いていると、横から急に伸びてきた腕に掴まれ、あっと驚く間もなく壁際にまで連れて行かれ、どんっ、と壁に押し付けられる
「久しぶりだな、裁」
「あ、ははは……お久しぶりです、覇窮会長」
いわゆる壁ドンの体勢で自分へ怜悧な金色の眼差しを向ける女を前に、自分は曖昧な笑みを浮かべながら震え声を漏らしていた
黒く長い艶やかな髪。ダークグレーのスーツを着こなしたすらりとした細く長い体つきは女性の肉体における黄金比と表現して差し支えない程に整い美しかった
彼女の名前は
そして、わけのわからない好意を自分に向けてくる奇妙な女であった
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