冥府魔道を終えて 3/7

 出会ったばかりの頃の私にとって、十上裁は数少ない同類のような存在だった


 シングルマザーの母に育てられ、普通とは異なる家庭で暮らす私は同級生たちにとってはわかりやすい異物であり、いじめの格好の的となっていた


 そんな私に寄り添い助けてくれたのが、不義の子であり実の両親に捨てられた、私のように普通から逸脱した生まれの裁だった




『またあいつらか。あんなダサいことしかできない奴らなんて無視しとけよ。それでもダメなら、俺がなんとかしてやるからさ』




 裁は強い人だった


 どんな目にあっても涙一つみせることなく、常に毅然と周囲へ立ち向かい、時には大人顔負けの謀をし、私を守ってくれた


 そんな異性に恋心を抱くのは当たり前の流れだった


 この想いを告げたことはない。それでも、いつかはこの恋心を伝え、彼と共に添い遂げようと願うようになった


 けれど小学校を卒業し、中学生となり、時が経つにつれて私たちの間に境のようなものが生まれるようになる


 蛹が孵化し蝶になるように、時の流れとともに美しくなっていく私と、より深く、暗く、地味な存在へとなっていく裁は自然と疎遠になっていく


 いつしか二人の立場はスクールカーストの上位と下位と分けられるようになった


 それでも私は彼を嫌いにはなれなかった。幼い恋心を失うことなく抱き続けていた


 なのに私は――




『別に裁のことは幼馴染ってだけで、なんとも思ってないから』




 今でも思い出す。あの時の言葉を


 救われながら、それに対し報いず、彼を見放した自らの愚かさを私は後悔し続けている




--------




 まだ陽が登って間もない早朝。自宅を出て、すぐ隣にある十上家へと向かっていく


 私たちの住んでいる住宅街にある住居の中で最も古くからある十上家は、かつては三世帯家族が住んでいた時期もあったということもあって二階建ての四十坪とかなり広い


 それが今では裁一人しか住んでいない事を思えば、大きな見かけに反して寂しい印象を覚える




「あれ?締め忘れかな」




 鍵穴に鍵を差し込み、開こうとするがすでに開いており、几帳面な裁にしては珍しいミスだなと思いながらも私は勝手知ったるといった具合に家の中へと上がっていく


 裁の養父である久蔵が亡くなって以来、十上家の家事を手伝うのは私にとって毎日の日課となっていた。几帳面でしっかりものの裁に私の手助けは必要ないかもしれないが




『久蔵さんにさっちゃんの事をお願いされたから』



 と言って無理やりお世話させてもらっている


 勿論久蔵はそんな事は一言も言っておらず、今際の際に彼の家の鍵を渡されただけだが、そういう意図が少なからずあったと私は考えているし、私がすることを裁は何も言わずに受け入れてくれていた




「……まだ起きてないのかな」




 裁の朝は早く、私が彼の家に来る頃にはすでに起きていて出迎えてくれるのだが、鍵がかかっていないことも含めて珍しい日もあったものだ


 それはそれで好都合。私はどこか浮足立ちながら階段を上がり、二階にある彼の寝室の前に立った




(ん?)




 寝室の扉に手をかけた時、なんとなく違和感を感じた。それは何か余計なものがあるような、そんな程度の些細なものだったが、それでも何かが違うと私は無意識の内に感じ取っていた


 まあいいやと感じた違和感の事は脇において、扉を開けて彼の寝室へ足を踏み入れ――




「な、なんじゃあこりゃああああああああ!?」




 ――金髪の洋風美少女と抱き合いながら眠る裁の姿を目の当たりにし、思わず叫び声をあげてしまった




--------




 ぱちりと眠りから目覚め、最初に視界に映ったのは間近にまで迫った少女の顔だった


 明るい茶色のボブヘア。スレンダーな身体の可愛らしさと美しさを併せ持った美少女。隣の家に住む幼馴染の高宮結菜が今までに見たことのない形相でこちらを睨みつけてきていた




「どこからそんな洋物パツキン美少女を連れ込んだ!?」




 がしっ、と両の手で顔を挟み込まれ、逃げ場を絶たれた状態で詰め寄られ、寝起きでぼうっとした頭の自分はおろおろと狼狽えることしかできなかった




「は?え?いきなり何の話だよ」


「うっさい!いいから説明する!」




 はて。どうして彼女はこんなにも怒っているのだろうかと少し思案すると、背後でもぞりと動き出す気配を感じた




「――あっ」




 傍と気づき、振り向いてみればそこには可愛らしい寝息を立てながら眠るアルフの姿があった


 なるほど。確かに今の状況は彼女が怒るのも仕方ない状況だと言えよう


 同い年の男の子が麗しい少女を家に連れ込み、同じベッドで眠っている姿はまさしく不純異性交遊の動かぬ証拠


 一般的な倫理観の持ち主ならば見逃す事はできない性の乱れの表れであろう




「ご、誤解だ!アルフとはそういう関係じゃない!」


「なにが誤解じゃあ!?こんなカワイコちゃんと同衾しておいてどういう誤解をするって言うんじゃ。あ゛あ゛ん゛!?」


「これには語るととても長くなるふかあい事情がございましてね?ええ、説明すると長くなるので割愛しますが俺と彼女は清らかな関係でしてけして邪なものは存在しないことを主張させていただきたい!」


「そんな説明で納得できるかあ!」


「理不尽な!?」




 こちらの懸命な訴えも冷酷無比な裁判官には通じなかった


 もはや被告人に無罪を主張する術はないのか。何かいい考えが思い浮かばないかと頭を抱えた、その時だった




「ふにゅ……」




 鈴のような可愛らしい声が寝室に響き渡り、振り向いてみればそこには寝ぼけ眼をこすりながら起き上がるアルフの姿があった




「んー……おはよう、サバキ」




 まだ寝ぼけているのか、そう言いながらぎうっ、と自分の身体に擦り寄り、抱きついてくる




「ちょっとアルフさん!?見られてるから!いつもみたいなスキンシップはちょっと遠慮してもらえます!?」


「いつもみたいなスキンシップ……!?あんたたち、やっぱりデキてるのね!!」


「デキ……てる……?まだ子供はデキてないよ?」


「子供!?まだ!?まだってことは、ヤることはヤってるってこと!?若者の性の乱れはここまでぇっ!?」


「ヤってない!というか俺はまだ童貞だよ!」




 ああ、もう朝からどうしてこんな目に遭わなければならないのか。混沌を極めていく現状を前に、自分は如何にして事態を収拾すればよいのかに頭を悩ませるのだった




--------




「――話は聞かせてもらったわ。ようするに久蔵さんの海外の知人の娘さんで、ご家庭の事情でここに居候する事になったと」


「そうそう。だからけしてやましい関係とかじゃないんだ。だからこの事は内密にしてもらえると助かるのですが」


「うんうん!」




 所変わって自宅一階の居間。アルフを隣に置いた自分は、平静を取り戻した高宮と対面していた


 あの後なんとか高宮を落ち着かせることに成功した自分は、アルフの事を養父の知人の娘という体で彼女に紹介することで事態を収拾しようと試みた


 幸いこちらの世界の事は異世界で共に過ごしている際によく会話のネタにしていたし、散々召喚されてきていた異世界人たちの遺した著書のおかげで、ある程度はこちらの世界での事情をアルフが理解していたので話を合わせるのは簡単だった




「んー……まあ久蔵さんは顔の広い人だったし、ありえる話か。でも流石に同じベッドで寝るのはどうなのよ。恋人とかなら別だけど、そうじゃないんでしょ?」


「私は恋人でもいいんだけどなあ」


「あ゛?」


「高宮。女の子がしちゃいけない顔してるぞ」


「あら、なんのことかしら。オホホホ」




 笑ってごまかそうとしているが、一瞬殺人鬼のような顔をしていたことを自分は見逃さなかった


 彼女がそうやって感情的になるのも仕方ないことだとは思う。ラノベの鈍感主人公たちと違い、それなりにまともな感性を持っていると自負している自分は高宮が自分に対し好意を抱いていることは重々理解していた。最もそれに答える気は毛頭なく、いい加減諦めてくれないかなあ、くらいの心持ちだったりするのだが


 好意だけならばまだいい。しかし彼女は同時に自分へ悔恨の念を抱いているのだ。 甲斐甲斐しく生活を支えてくれる彼女の存在はありがたいのだが、どうしてもその一点が引っかかり、気味が悪く思えてしまうのだ


 純粋に好意だけを向けてきてくれるなら、見た目も美少女だし、一緒に居て苦にならない相手だから真剣に向き合ってもいいのだけれど、世の中何もかもうまい話というのはないものである




「ところでその子、これからここに住むってことらしいけど、大丈夫なの?」


「何がだ?」


「そりゃあ服とか、生理用品とか。男と違って女の子は色々と必要になるんだから」


「あー……」




 高宮の指摘に、思わず天を仰いだ。この家は自分と養父の二人、即ち男性しか住んだことがないので、女物の衣類や化粧品、それに日用品などが一切合切存在しないのだ


 幸いにも向こうでも着ていた白のワンピース(不思議な事に神との戦いでボロボロになっていたはずのそれは新品同然になっていた)があるから外に出る服はなんとかなるが、逆を言えばそれしかないということになる




「じゃあ今から買いに行くか」


「え?」


「流石に服がそれ一着だけってのはまずいし、これから一緒に暮らすんだから他にも色々必要になるだろ」


「でも、私お金持ってないよ」


「俺が払うから心配するな。これで結構持ってるんだぞ」




 未だ学生で働いていない身だが、養父の遺した遺産に加えて俊から不定期に回ってくる仕事の収入もあってか、学費を支払いながら遊び歩いても不自由なく過ごせるくらいの財産を所有していた


 だから遠慮なく頼ってくれ、と言うとアルフは少しの間うーんと唸った後に




「……うん。ありがと」




 と、遠慮がちに答えてくれた



「別にいいよ。俺とアルフの仲だろ」


「それでも、お礼くらい言わせてよ」


「別にそんな気にしなくてもいいんだけどな。むしろ、こういう機会に返させてもらわないといけないくらいに、俺は君に助けられてるんだから」


「私の方こそ。サバキにはいっぱい助けてもらってるし……」




 と言葉をかわしあい、あはは、と笑い合う。すると




「――二人だけの世界を作ってんじゃなあい!」


「「ッ!?」」



 突然に高宮がばんっ、とテーブルを叩いて叫び声を上げた




「さっちゃん!」


「な、なんだよいきなり」




 ギロリと睨みつけてくる高宮から発せられる刺々しい気配にたじろぎながらも、一体何を言われるのかと戦々恐々しながら待ち構えていると




「私もついていくからね!」




 と、びしっ、と指を突きつけながら宣言してくるのだった

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