第23話 謎解き座敷② 推理の糸を辿る
「それは……そこまでは、
隆正が考えを纏める間に、薄雲はまた
「そもそも、信二が徒手で逃げたのなら、青海屋が焦る理由がありいせん。店を逃げた奉公人が、厳しい仕打ちを恨んで根も葉もないことを、とでも言えば良いのでありんすからなあ。奉公人が噂をするほど店主が荒れたのだとしたら、信二はきっと悪事の証拠を掴んで出奔したのでありんしょう」
「証拠、か……」
隆正が呟くと、薄雲はあい、と頷いた。
「まず、銭ではありいせん。青海屋はそもそも
「つまり、証拠とはモノだということになる、のか……?」
隆正は、
「だが、青海屋が器屋だからといって――」
「おや、
「む……?」
訝る隆正を前に、薄雲は二杯目の茶を口に運んだ。満足のいく味だったのか、あるいは隆正の不明が面白いのか――朱い唇が、三日月の形に弧を描く。
「主さんが青海屋を訪ねた折、
「それは……分からぬが……」
あの時のやり取りを思い返そうとして、隆正は唸った。一切興味がないこと、しかも手代の白々しさに少なからず気分を害していたから、相手がどういうつもりだったかまでは正直考えていなかった。というか、何を言われたかさえ、今の今までほとんど忘れていたかもしれない。
「それに、お鈴が伝えた信二の言葉でございんす。
しかし、彼にとっては曖昧なことも、薄雲はしっかりと覚えているようだった。隆正が首を捻っている間に、またひとつ、ごくささやかな伝聞でさえもこの女には手掛かりになっていたことを教えられる。
「つまりは、青海屋は器を作る者――
「うむ……信二は、確かに言っていたな……」
今度は納得の意を込めての唸りだった。とはいえ隆正の頭に浮かぶのは鈴から伝え聞いたことではなく、つい最近、事件の調べの中で本人から直接聞いたことだ。
手当を受け、まともな食事を与えられた信二には体力も心の余裕も戻ったのだろう、あの若者は、店の仕打ちに対してひどく憤っていた。それも、自身に加えられた責めについてではなく、骨董と偽られた焼き物や、それを作った職人のためにこそ、怒っていたようだったのだ。
『栄屋さんのご注文に、やりがいがあると喜んでいた職人もいたそうなのです。腕のある人たちです。作ったものが使ってもらえれば、工夫を認めてもらえば嬉しい人たちなんです。あの茶碗だって、贋物として売られるとは露とも思わず、技法を試したくてやっていたのかも。なのに、名前も出せず、使われることもなくしまい込まれるだけなのかと思うと、それも悔しくて……!』
(そうか、信二も鈴を好いていたからな……)
理屈よりも感情によって、歯車がかちりと噛み合ったような気がした。好いた女の言葉によって、仕事への張り合いも誇りも生まれたのだろう。そこへ打ち明けられた悪事だったからこそ、信二にとっては余計に許せなかったのかもしれない。身の危険も顧みず、告発しようとするほどに。
「――だから、信二は偽の茶碗を持って逃げた……が、本人だけ捕らえられたとは、なぜ……?」
「まるでもともといない者だったかのように振る舞えたのは、信二が決して他所から現れることはないと承知していたからでございんす。尋ねる者がいたとして、盗みを働いたらしいと察すれば、裏切られたゆえに関わり合いになりたくない、とでも良いように考えることでありんしょうし」
薄雲のこの説明は、まことにもっともなことだった。まさに、鈴の父――栄屋の主人がそうだったのだから。あの男は、真面目な若者だったのに、と惜しみつつも、娘には忘れるようにと諭していた。信二を知る者でさえそうなら、ましてよく知らない者なら青海屋の言い分を信じ込んでしまっただろうか。
(俺も、鈴に会っていなければ分からなかったかもしれぬな)
自戒を込めて、隆正は密かに胸に刻んでおく。彼も、最初は薄雲を物見高いだけの女と蔑みかけたのだ。物事は一面からだけでは捉えられぬもの、と――此度の事件は様々な角度から彼に教え込んでくれるかのよう。
「そして証拠も諸共に抑えたんなら、ただの盗人として訴えれば良いでありんしょう。信二が何を言ったとて、罪を逃れるための嘘八百と断じれば良いのでありんす。それができないということは、青海屋は証拠を取り戻せないままだったということ。まあ……既に口を封じられていた恐れもありんしたが。それはこの際、考えてもしようのないことでありんしたからなあ」
だからこそ薄雲は、手遅れでなければ良いが、と言ったのだ。青海屋が
本当に、危ういところだった。そうと改めて気付かされて、隆正は深く息を吐いた。薄雲の頭を覗き見て、みっしりと詰まった情報の密度に疲れもしたのだろう。同じ座敷で同じ時間を過ごしたはずなのに、この女はゆったりと構えた裏で、これほどの思考を巡らせていたのか。
言われてみれば分かる、気もする。そして事実その通りにもなった。だが、隆正としてはどこか欺かれたような気分がしてならなかった。どうして何もかもが上手く行ったのか、やはり納得がかない、というか。あえて言葉にするなら
「理屈は分かる……分かる。筋が通っているとも思うが……あまりに薄氷を踏むようなというか綱渡りをするかのような、というか……」
「あい。全てはわちきの頭の中だけで
「うむ……」
子供の駄々をあやすように笑まれるのも、それに頷くしかないのも、決まりの悪いことだった。あの夜、彼ははっきりと語らない薄雲を疑い、不満にも思った。だが、全てを知らされたところで、あの時点では到底信じることはなかっただろうとも分かってしまうのだ。何もかもこの女が見透かした通りだと、認めるのは業腹なのだが。
「だからそなたは、証拠を集めさせようとしたのだな? 青海屋を問い詰めるに足る証拠を……」
信二が盗み、隠した茶器に、栄屋を襲った
(上手く行けば一度で済むやも、とも言っていたな……)
隆正をまんまと操って、青海屋に
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