エピローグ そして闇夜を駆ける死竜
イアンの死は森の主に遭遇したことで起こった不慮の事故ということになっているらしい。
禁止区域を警備していた兵士も同様だ。
あとのことは軍や警察が何かしているらしいが、詳しくは聞かされていない。
禁止区域で見つかった〈樹竜の鱗〉は、然るべきところに持っていったとブランドン先生は言っていた。
サイーダ森林での野外授業から数日が過ぎた。
もう三日後には定期試験も控えている。
剣術学院に登校した俺は、ロイドに手招きされて彼の席まで歩いていく。
ロイドの左肩の怪我はすっかり良くなっていたが、目の下のクマは酷かった。
「アル、遅くなったが。誕生日プレゼントの残り半分だ」
ロイドが包みの中身を広げて見せてくれる。
そこには一本の剣があった。
サイーダ森林でもらった剣と見た目がまったく同じものだった。
どうやら睡眠時間を削って仕上げてくれたらしい。
「これは……双剣?」
「おう、そう見えたなら俺も頑張った甲斐があるってもんだぜ」
「そうか、あの時言っていた半分ってこういうことだったのか」
俺に双剣を渡すことの意味。
つまり俺の仲間たちはとっくに俺の正体に気付いていたってことだ。
「まあな、間に合わせようと努力はしたんだけどよ。アル、受け取ってくれるか? 親父や兄貴にも手伝ってもらわずに、俺が一人で一から打った剣だ」
俺はロイドが打ったという小剣を手にする。
「うん、手に馴染む。最高の誕生日プレゼントだ。ありがとな、ロイド」
「あ、それからそいつの名前は双竜刃だ」
「…………銘は自分で考えるよ」
「おい!」
俺とロイドを囲んでいた仲間が一斉に笑う。
午後の授業が終わってからの帰り道。
セシリアが俺の正体に気付いた経緯を教えてくれた。
最初に気付いたのはハロルドで、それは四年生も終わりに近づいた闇竜の月のことだという。
それまでも俺の行動に不審な点がいくつもあったらしい。
たとえば、帰り道で話が盛り上がっている最中、俺だけ時間を気にしてそわそわしていたり。
そういう日の翌日の授業は、必ずと言っていいほど俺が居眠りしていたり。
例を挙げれば、きりがない。
そしてその日は必ず闇夜の死竜が町に現れたと噂された日と一致していた。
極めつきは闇夜の死竜が双剣使いという話。
俺は双剣を扱えることを隠していたつもりだったが、やはり一年の時のことをハロルドを除く全員が覚えていたようだ。
当人でさえ忘れていたというのに。
冒険者区での一件では、少し戸惑ったらしい。
俺だとほぼ確信していた状態で、目の前に闇夜の死竜が現れたからだ。
しかしそこは、われらが頭脳ハロルドが、あの闇夜の死竜は偽物かもしれないと言い出したそうだ。
理由は双剣を使用しなかったことと、そもそも剣を二本持っていなかったということ。
まったく、よく見ている。
そして髪の色が違ったことだ。
俺は茶色で、ブランドン先生は金色だからな。
ちなみに代役がブランドン先生だったことは秘密にしている。
エーデルシュタイン流剣術に気付いたハロルドなら、いずれ真相に辿り着きそうだが、いまは伏せておいたほうがいいだろう。
ブランドン先生的にも、そのほうが都合がいいだろうしな。
そういうわけで、仲間内では俺が闇夜の死竜だという事実は公然の秘密となった。
そうして俺は、今夜も仕事なんだよなぁと憂鬱になった。
◇ ◇ ◇
男の位置からは、月明かりの加減で俺の顔は見えなかったのだろう。
夜風になびく長髪から鼻につく臭いが漂ってくる。
俺が追い詰めている男は冒険者くずれの山賊で、金に困って山を下り金持ちを襲っては金品を巻き上げていた。
他の町でも同じことをしていたようだが、ウルズの町で悪事を働こうとしたのが運の尽きだ。
「いいねぇ、いよいよ詰めだ。彼の仲間は主犯を除いて全員拘束したよ」
民家の屋根から降りてきた相棒が、状況をおしえてくれる。
右腕の骨折は見事に完治している。
診療所の回復術士に五十万ナールもの大金を支払って、即座に治療してもっったらしい。
教師の薄給ではすぐに出せない金額だと思うが、そこは聞かないでおこう。
ロイドの治療費も相棒が全額負担したようだしな。
「やったのは俺だろうが。それで、相棒が追っていた主犯とやらはどうなった?」
「うまく誘導できたと思うんだが」
「……はあ」
結局、全部俺に振るのか。
「というか、冒険者ギルドはどういった管理をしてるんだ? 元冒険者ってのが多すぎるぞ」
「冒険者ギルドも一枚岩ではないからね……。はみ出し者まで手が回らないのさ」
「だったら軍や警察とも連携を取ればいい」
「冒険者ギルドと警察、軍は裏では互いに足の引っ張り合いだよ。仲が良いとは嘘でも言えない」
「そうかよ」
「だからきみの出番なんだよ」
「ちっ、面倒なことを押しつけて。ところで相棒の本当の所属はどこだ? 警察? 軍? それとも冒険者ギルド?」
「いやいや、俺の本職はきみたちの担任だよ」
どうやら素性を語る気はないらしい。
俺たちがのらりくらりと話していると、背後から剣を握りしめた女が現れた。
「お、お頭!」
「ふう、何とか間に合ったようだね。あんたたち私の手下を痛めつけてくれたみたいだね。許さないよッ!」
よほど頼れるお頭なのか、男は安堵した表情を見せた。
なぜなら駆けつけた女は、グラナート流剣術で上級の使い手だという情報だ。
お頭の剣術に敵う者などいようはずもない……男はそう思ったのだろう。
「さあ、どっちから相手してやろうかしらねぇ。そっちの二枚目の兄さんはお楽しみに取っておこうか。まずはそっちの闇夜の死竜からにしよう」
「や、闇夜の死竜!? お頭、そいつウルズの守護神ですかいっ!?」
「ああ、見てわからなかったのかい? あんたが勝てる相手じゃないよ。あたしの戦いをよく見ておきな」
「こっちの男は俺が拘束しておくから、そっちは任せていいかな?」
相棒が肩を軽く叩いて言った。
俺は嘆息して首を横に振る。
「ったく。どうせ最初からそのつもりで、ここへおびき寄せたんだろう?」
「理解が早くていいねぇ。じゃあ、頼んだよ」
「――了解」
俺は女のほうへ体を向けて剣を構えた。
同時に相棒は素早く剣を抜くと、壁際の男にその切っ先を向ける。
「おっと、ケリが着くまで動かないほうがいい。安心しろ、手荒な真似はしないと約束するから」
「おい、男前の兄さん! そいつに手を出すんじゃないよッ!」
女は間合いを測りながら俺に近づいてくる。
「一つ言い忘れていたけど、その女、魔法も使うよ。きみも片手じゃ厳しいだろうから、二本目も抜いたほうがいいだろう」
「魔法剣士、ね。じゃあ中級程度の俺じゃ敵わないな」
言葉とは裏腹に俺は微塵たりとも焦っていない。
俺は左手で右腰の剣を抜いた。
右手に握っていた剣と同形状、いやまったく同じ造りの剣だ。
ロイドにもらった双剣だった。
女の歩みが止まる。
その顔は驚きと興奮が入り混じっているように見える。
「へぇ、双剣かい? そう言えば、闇夜の死竜は双剣使いだったね。声は意外と若いんだね。その薄気味悪い仮面を剥いで、素顔を拝んでやろうかしら」
「俺に勝てたら好きにしたらいい。ただ、薄気味悪いとは心外だな。これでも由緒正しい仮面なんだ」
「舐めるんじゃないよッ!」
女の振り下ろした剣が俺に迫る。
俺は二本の剣を器用に操り、女の剣を弾き返した。
それでも女は止まらない。
息もつかせぬ連続攻撃。
俺は防戦一方だ。
だが、すべて躱している。
「逃げるのはうまいようだね。あんたも実力者なら、私の腕がわかるだろう?」
「その言葉をそのまま返すよ」
「はん、命乞いするなら今のうちだよ!」
「悪いが、そのつもりはない」
(魔眼、――開眼ッ!)
甲高い金属音が響いた。
遅れて、間の抜けた声が漏れる。
「えっ!? あ……?」
「お頭……!?」
男は目を見開いた。
俺に対峙していた女は、丸腰で立ち尽くしている。
金属音は俺の剣が女の剣を弾いた音だった。
「決着だ。俺が二本目を抜かなかったらいい勝負ができたかもな」
俺の剣は交差して女の首筋に触れている。
「ばかな! あたしが反応できなかっただって!?」
「動くなよ? 首を落としたくない。すまないが、少しおとなしくしてもらうぞ」
俺は瞬時に体を反転させ右手の剣を逆手に持ち替えると、打撃技〈テレサ〉を女の腹に叩き込んだ。
女は白目を剥いてうつ伏せに倒れた。
何をしたのかさえ女には見えなかっただろう。
「任務完了。そっちも早いとこ拘束してくれ」
「いいねぇ、仕事が早くて助かる」
相棒が結果を見越していたかのように俺に声をかける。
そして男に冷たく告げた。
「きみも諦めたほうがいい。今のを見たろ? きみたちのボスがこの様だ」
「くっ……! クソがああああああああッ!」
男は剣を振り上げて突進する。
破れかぶれの攻撃だ。
相棒は返り討ちにするでもなく、さらりと躱す。
俺に任せたと言わんばかりの笑みがむかつく。
「……いつになったら俺の平穏がくるんだよ」
俺は苦笑して、両手の剣を握り直した。
双剣魔眼の剣術学院クロニクル ユズキ @yuzu-ki
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