第30話 互いが積み重ねたもの

 イアンが剣で攻撃しながら、空いている左手も使い豪腕を振るう。

 それでも剣の動きは疎かにならない。

 俺は注意深く見切っていく。

 ただし、体力はイアンのほうが上だ。

 時間をかければ、俺が不利になるだろう。


「剣術学院の生徒がここまで魔法を使えるなんて聞いたことがないぞ。それほどの魔法が使えるなら魔術学院でも良かったんじゃないのかっ!」

「ふっ、だからさっきも言っただろう。エドガーという隠れ蓑が俺には必要だったと。魔術学院にも侯爵家の者はいるが、エドガーほど籠絡しやすい者はいない!」

「なるほど。権力があって、なおかつ扱いやすい者をちゃんと見定めたってわけか!」


 とすると、イアンは最初からエドガーを利用する気だったってことだ。

 いったい、アステリア王国への潜入をいつから計画していた?

 反撃に出た俺の斬り返しが、イアンの頬を掠める。


「効かんなぁッ!」


 イアンは即座に傷を癒やす。

 そして俺に追撃の機会を与えない。


「剣術も上級以上で、魔法も中級か。冒険者の魔法剣士でも通用する腕だな! いったい、それほどの技量をどこで身につけたんだ!」

「おまえにはわかるまい! 私がどれほど血の滲むような過酷な訓練を積んできたのかを!」


 イアンは歯を食いしばって俺の攻撃を受けると、それを押し返すように斬り込みに転じた。


「どうせおまえは死ぬのだ。知りたいなら教えてやろう。かつて、私は孤児だった。いつも空腹で、その日を生きることさえ難しかった。そんな私がある人物に拾われたのが四歳の頃だ。普通の男ではない、裏の世界に精通した男だ。そこで待っていたのは人を殺すための剣を学ぶことだった。あまりの過酷さから多くの仲間を失った。だが、ただ生きることにも苦労したことを思えば、少しは気を紛らわすこともできた!」


 身寄りのない孤児や、攫われた子どもが暗殺者として育てられるのは、たまに耳にする話だ。

 イアンもそうだったのか?

 しかし、イアンのバーレスク家はアステリア王国の貴族だ。

 確か子爵家だったと記憶している。

 バーレスク子爵とは実の親子ではなかったのか?

 それと、バーレスク子爵はゲルート帝国と繋がっている?


 過去の話をするイアンの剣は徐々に速度と重さを増している。

 まるで苦々しい辛い記憶を剣に叩きつけているようだ。

 実際、いまのイアンの実力を考えれば、その修練の過酷さがうかがえる。


「そこでの生活が七年過ぎ、私は男の期待に添える剣士に成長した。そこで今回の任務を聞かされのた。半年かけて情報を整理し頭に叩き込んだ。すぐに終わる任務だと思っていたが、今日この日まで四年と少しかかった」

「おまえが育った場所は、ゲルート帝国のスパイ養成機関か何かか? それと、その男とは誰のことだ?」

「さてな。おまえはそれを永遠に知ることはないだろうなッ!」


 これ以上、イアンが喋ることはないだろう。

 その先を聞き出すのはブランドン先生や、その関係先の仕事か。

 しかし、イアンの話が真実なら同情に値する話だ。

 その男に出会わなければ、普通の同級生として剣術学院に入学したかもしれない。

 だけど、いまイアンがしようとしていることは絶対に止めなければならない。

 それが俺の役目だ。


 俺がここで負けると、セシリアやみんなに危険が及ぶ。


「そうか、正直気の毒だと思ったよ。だけど、おまえがみんなに危害を加えるというのを黙って見過ごせない!」

「黙って見過ごせないならどうする? 私を止めたければ力が必要だ。おまえに私を止められるだけの力があると言うのか?」


 話すわけにはいかないが、俺にもある。

 俺は幼い頃に、ある事件に巻き込まれた。

 一歩間違えれば死ぬこともあっただろう。

 そして、イアンが過酷な訓練を経験したのと同じくらいの時間、俺も辛い鍛錬を積んできた。


 積み上げた差はこの決着で結果が出るだろう。


「うおおおおおおおおおおッ!」


 イアンが雄叫びを上げた直後、その動きに変化があった。

 いままでとはまったく違う攻撃。

 一瞬見せた構えからして異なっていた。

 そうか――これが本当の奥の手か!


 その剣術はペルレ流。

 初撃で相手の命を絶つ一撃必殺の剣だ。

 魔力切れで魔眼は使えない。

 だが俺の体に染みついたアレクサンドリート流剣術七百年の重みが、意識より早く反応した。


「イアン! これで決着をつけるッ!」


 イアンの振り下ろした剣を、俺は左右の剣を頭上に交差して受け止める。

 腕力で剣を押すイアンの力を利用して、俺は二本の剣の状態を維持したまま素早く突進した。

 イアンの剣を回避するために、俺は体を目一杯やつに押しつける。

そしてイアンの胸元が目の前に迫った時、俺は左右の剣をそれぞれ斜め下へと薙いだ。



 アレクサンドリート流、必殺剣技〈ドラゴンオーガスト〉。



「ぶはぁっ……!」


 イアンの胸が裂け、血が散った。

 俺の攻撃の勢いでイアンは後ろに吹っ飛ぶ。

 そのまま、イアンは後方にあった森の主の残骸に激しく激突した。


 本来ならワイバーンを瞬殺するほど殺傷力を秘めた〈ドラゴンオーガスト〉だが、窮屈な体勢から無理やり放ったのと、魔法で肉体強化されたイアンの耐久力のおかげで殺さずに済んだ。

 だが、決着はついた。


 イアンにもう戦うだけの力は残されていないだろう。

 まあ、それは俺も同じだな。

 森の主に殴られた体はもう限界だと悲鳴を上げている。

 魔眼の酷使で右目も疼くしな。


「……終わったようだね」


 ブランドン先生は俺のすぐ後ろまで来ていた。

 イアンを見ると、仰向けに倒れたまま必死に手を動かそうとしている。

 右手に握った剣を離していないことから、まだ戦う気は削がれていないのだと思った。


「本人の意思は別みたいだけど、イアンはもう戦えないはずだ。あとは拘束してこの戦いを終わりにしよう」

「ああ、そうだね。ダリア先生に手伝ってもらうとしよう。ところで、イアンの最後の一振りはペルレ流だったね。冒険者区で黒ずくめが一撃で殺されていたことにも合点がいったよ。旧冒険者ギルドでの事件もイアンが関与しているのは濃厚だろうね。しかし初見で躱せるような技ではないけど、きみはペルレ流とも戦ったことがあるのかい?」


 これはブランドン先生の純粋な疑問のようだ。


「戦ったのは初めてだけど、技は見たことがある。剣の師に感謝しているところさ」


 ペルレ流の使い手を見るのは初めてだったが、爺さんからの受け売りで知識はあるつもりだ。

 爺さんからその立ち回りを見せてもらった経験がなければ、俺も反応できなかったかもしれない。

 俺は心の中で、いまもどこかで冒険をしている爺さんに礼を言った。


「ま……まだ、だ。 わ、私は……こん……なところ、で……負けるわけに……は」


 イアンが立ち上がる。

 多少、傷は塞がっていることから回復魔法を使ったようだが、途中で魔力が切れてしまったのだろう。

胸の傷からはまだ血が流れている。


「イアン、もう終わりだ。傷にさわるからそれ以上動く――」


 俺が言い終えるより前に、聞き覚えのある声が聞こえた。



「ボボボボボボボボボボボボボ……」

「イアン! 伏せろぉぉぉッ!」


 言うと同時に俺は地面を蹴った。


 イアンの背後では森の主が残った右腕を持ち上げている。

 あと少し!


 ――伸ばした俺の手が届きそうなところで、イアンが崩れ落ちる。



「ぐあああああああああああっ!」



 イアンの胸に大きな穴が穿たれていた。


 森の主の右拳が、イアンの背中から胸を貫通していたのだ。


「あ……っ! ぐあ……が……!」

「イアン! このっ――」


 俺はイアンを跳び越えて、背後にいた森の主の頭部のコアに向けて剣を突き刺した。

 ピシッ、とコアにひびが広がって砕け散る。


 森の主を完全に沈黙させた俺は、すぐにイアンに振り返った。


「…………!」


 イアンは目を開いたまま絶命していた。


 俺は近づいてしゃがむと、イアンの瞼を閉じてやる。

 おまえは俺の敵となった。

 でも、こんな終わり方はあまりにもっ……!


 俺の中で何かが込み上げてきた。

 最後の最後は戦うことになったが、俺はイアンと四年余りも同じ剣術学院に通う同級生だったのだ。

 たとえ、イアンがゲルート帝国のスパイで計画された潜入だったとしても。


 背後から足音が聞こえる。

 ブランドン先生だった。


「まさか、こんな結末は俺も予想していなかったよ」

「……俺もだ。あとの処理は頼めるか?」

「もちろん。関係各所には俺から連絡しておくよ」


 ブランドン先生も沈痛な面持ちだ。

 セシリアたちも同じなんだろうが、いまは気にしてかけてやる言葉も見つからない。

 誤魔化すように、俺は顔を伏せたままブランドン先生に話しかける。


「……腕は痛むか?」

「そりゃあ、もう。しばらくはきみの世話になるつもりだよ。俺の分までしっかり仕事をしてくれると助かる」


 ブランドン先生はイアンの亡骸から〈樹竜の鱗〉を抜き取った。


「これは俺が回収しておこう」

「それは本当に〈神器〉なのか? ドラゴンの……〈樹竜の鱗〉、信じられないぐらい小さいが本物か?」

「俺も本物を見たことはないから何とも言えないな。だけど、大きさは問題じゃない。きみのそれだって、そうだろう?」


 ブランドン先生は俺の目を見据えて言う。

 詳しくは話したことはないけど、いったい俺の目のことをどこまで知っているのやら。


「取りあえず、俺の上司にでも渡しておくよ」

「軍のか? それとも警察?」

「ん、内緒」


 ブランドン先生は懐に〈樹竜の鱗〉をしまった。

 俺は後ろを振り返った。

 セシリアが、みんなが不安そうな表情で俺を見つめていた。

 俺は何か言おうと思ったが、その前にブランドン先生が良く通る声で言った。


「あとのことは警察や軍に任せよう。思いがけない展開になったが、これで野外授業は終了だよ。さあ、森を出ようか。ダリア先生、先導を頼めるかい?」


 戸惑うみんなの背中を押して、ブランドン先生は俺のほうへ振り向いた。

 俺はブランドン先生と視線を合わせた後、イアンのほうを見た。

 それから、みんなの背中を追いかけていった。

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