2話

 石崎と香澄は近くの自転車屋に向かう前に事故った自転車を回収しに行った。


 セブンの後ろに簡単に括り付けると自転車屋までゆっくり走っていくことにした。車に載せる前にふたりは自転車を確認していた。

「これは既にフォークが曲がってるから、真っ直ぐ走らせられないなぁ。廃車確定だな。」

「そうなんだ…」

「何かいわくでもあるのかい?誰かに買ってもらったとか?」

「ううん。大丈夫…」

「そうか…自転車屋さんに引き取ってもらおう。」

「そうね!粗大ゴミもお金取られるしね!」

「……」

「多分、新しい一歩を踏み出せっていう意味なんだよ…多分…」

 壊れた自転車を何故か香澄の強い決心のような表情で見ている。石崎は香澄の横顔をただ黙って見ているだけだった。


 自転車屋に着くと、香澄の好きな自転車を訊く。

「君はどんなタイプが好きなの?」

「え?そうだなぁ…やっぱり優しくて頭が良くて、面白い人かな。」

「…残念ながらこの自転車屋には君のタイプの男は売ってないけどね。」

「なっ!じ、自転車なのね!」

「当たり前だろ、なんで自転車屋まで来て君の男の趣味聞かないといけないんだよ。」

「ひっ!」

「そんなことより、どんな自転車がいいんだい?」

「恥ずかし過ぎる…え?あぁ自転車ね。う~ん…そうだなぁ…良く分からないんだよねぇ…あんまり自転車のこと考えたこと無かったし。おじさん何か見繕って。」

「寿司屋じゃないんだから…そうだな…スピード出すならロード、ちょっとラフに使うならマウンテン、街乗りならちょっとレトロモダンも可愛いな。あと電動アシストもアリだな。どう?」

「ちなみにおじさんは?」

「俺はマウンテンバイクが好きかな。タフだから荒く使っても全然問題ないし。女子とかが本格的マウンテンに乗ってたらかっこいいかも。」

「じゃあそれで。」

「おいおい。余りにも興味なさ過ぎだろ。」

「違うって。今までのワタシのままじゃ多分ダメなの。今までやったことない方がいいと思うの。」

「なるほどね。新たな扉か。よし、これなんかどうだ?24インチでタイヤ径は小さいけど幅は広くて本格的だし、ブレーキはディスクで制動性も申し分ない。あと後輪はショックアブソーバー付きで乗り心地も恐らく最高だろう。色もビビッドのネオンイエローで可愛くない?」

「オーケー!ワタシこんなの乗ったことないけど、何かいい感じかも。フフフ!ありがとね!お・じ・さ・ん♡」

「おじさんじゃなくて、お兄さんじゃダメかね?」

「それは無いわ…」

「なるほどね…」

「そんな落ち込まないでよ!こ、この自転車可愛いし!」

「はいはい。おじさんが選んだ自転車でよろしゅうございますか?」

「ハハハ!はい!是非!フフフ…」

「香澄は、やっぱり笑った顔が可愛いな。」

「はい!セクハラ~」

「なんで褒めただけでセクハラなんだよ…」

「そういうご時世なのお・じ・さ・ん。」

 店員にこのマウンテンバイクを購入したいと伝えると、工場出荷ということで、後日発送のようだ。石崎のセブンにも載せられないので丁度良かった。会計を済ますと香澄の壊れた自転車も引き取ってもらった。

「さて、もう昼時だからそろそろ飯にでも行こうか。」

「なになに?デートのお誘い?フフフ。ワタシそんなに安くないよ~」

「はいはい、ただの栄養補給だよ。どうせ家に帰ってもご飯ないんだろ?」

「うっ!痛いとこ突くね、おじさん。」

「腹減ったから寿司でも食いに行こうと思ったんだけど、万が一おじさんの俺と一緒に食べたいのなら連れて行ってやってもいいぞ。ちなみに回らないカウンター席のな。」

「なにぃぃぃ!!!人生初の回らない寿司がこんなおじさんの誘いとは!」

「おいおい、ひどい言われようだな…行きたくなきゃ来なくていいぞ。」

「行きます!行きます!行かせて頂きます!」

「ったく現金な奴だな。よっこらせっと。」

石崎はまた香澄をお姫様抱っこする。

「だ・か・ら!やめてぇ~~~!」

香澄は石崎の腕の中でひとりで真っ赤になって手足をジタバタさせてる。

「ほらほら危ないからジタバタしない。ちゃんと松葉杖持ってるんだよ。それ無くしたらずっとお姫様抱っこで移動するからな。」

そう言って香澄を優しく助手席に乗せる。

「また…辱めを受けた…もうお嫁に行けない…」

「何を大袈裟な…」

 石崎はセブンを行きつけの寿司屋松風へ向け走らせる。

『フオオオオーーーーンンンンン!!!』

軽やかなエンジン音が桜吹雪の中を響き渡る。


「ほら着いたぞ。」

「お願いだからお姫様抱っこは止めて下さい…」

「何、猫被ってるんだよ…。あと、この店俺の行きつけだから、君は俺の姪ってことで口裏合わしてくれよ。説明面倒だから。」

「マジ通報するからな!!!」

「はいはい、どうせ自分で降りられないだろ。」

石崎は4点ベルトを外すと香澄の背中と膝裏に手を入れる。見た目よりも軽い香澄の身体をひょいと持ち上げた。

「面倒だからこのまま店に入るからな。」

「なんて日だっ!衆人環視のもと辱めを!!!」

「はいはい。寿司食いに行くからな。」

「いやぁ……!!!止めてぇ~~~あり得ないんですけどぉぉ…」

石崎は香澄をお姫様抱っこして暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませ。あれ?石崎さん今日は女の子連れなんですね。」

「あぁ。ウチの姪なんだ。怪我したんで励ましのためにね。なんか美味しいのお任せしていいかな?」

「もちろんですよ。いい魚が入ってるんで、楽しんで言って下さい。」

「おじさん…こんな高そうなお店…マジっすか!」

石崎は苦笑いしながら、香澄に、

「あんまりはしゃぐなよ。ここはマジでミシュラン三ツ星なんだからな。」

「いいんですよ、石崎さん。こういう若いお嬢さんに本物の寿司を食べて頂いて日本食の良さを知って頂けるのが私の幸せなんですから。おいくつなんですか?姪っ子さんは?」

「え~と香澄は何歳になったんだっけ?」

「え?ワタシ?うん、13だよ。中二。」

 隣で石崎がお茶を吹き出す。

「そうなんですね。魚の好き嫌いはございますか?」

「いいえ。お寿司ならなら何でも好きです。赤身も好きですけど白身も好きです♡ミシュラン三ツ星のご料理大変楽しみにしております。」 「ありがとうございます。最高の料理を、お届けいたします。」

 石崎は香澄の変わり様に舌を巻く。

「ど、どうしたんだ!?香澄急にお淑やかになって…それに君中二だったの!?」

「あら?どうしたんですか?お・じ・さ・ま♡言ってませんでしたっけ?ふふふ」


 先ずは鯛それも瀬戸内海産のものだ。旨い。

「お…美味しい!!!なにこれ!?超美味しいんですけど!!!」

「お嬢さん、美味しいですか?明石の鯛ですよ。」

「あ!大将さん!適度に脂が乗ってとても美味しいですぅ~♡」

「今が旬ですからね。次はサヨリです。これも旬の魚ですよ。」

「これも美味し~~~。ねぇおじさん。」

「あぁ。ここの大将はいい魚しか出さないからね。」

「ボタンエビとシャコこちらも新鮮なのが入ったのでどうぞ。」

「これも旬があるんですか?」

「ええ。この両方とも今が旬ですよ。旨みが濃くなってますよ。」

「ボタンエビ甘~い♡シャコは海の香りが口の中に広がって美味しい~!」

「ふふふ香澄食いっぷりがいいな。さすが陸上部。」

「ちょっと早いですがノドグロです。いいのがあったので。」

「え!ノドグロってテレビでやってたけど幻の魚じゃないんですか!?」

「値段自体は大したことがないんですけど、魚がすぐ傷むので幻って言われてるんですよ。でも白身のトロって言われてまして、脂の乗りが半端ないんです。」

「うん、これは旨いな。」

石崎はノドグロの寿司に舌鼓を打つ。

「ホントだ!お口の中で勝手に溶けてく~。美味しいヤツや~」

「お嬢さんの食いっぷりがいいから寿司握ってても楽しいですよ。はい、明石のタコ。」

「大将俺には今までそんなこと言ったことないのにな。」

「当たり前よねぇ。そりゃ大将さんだって若くて可愛い子にお寿司作った方が楽しいよね!

タコ旨っ!!!」

「自分で言ってたら世話ないな。タコ旨いな。」

 大将も新しい寿司を握りながら笑っている。

「お嬢さんお若いから、こういうのもいいんじゃないですか?」

香澄の前にトロサーモンが置かれた。

「珍しいね。今までこの店で食べたことないけど。」

「え?トロサーモンなんてワタシ良く食べるけど。」

「回る寿司だろ?元々寿司屋にはサーモンのネタは無かったんだ。特にこの店のような歴史ある店だと尚更だ。」

「最近女性のお客様がよく頼まれるので、無いとがっかりされるんです。伝統も大事ですけど、新しい事にチャレンジするのも大事なんです。何と言ってもお客様が喜ぶことが第一ですから。」

「寿司は大将の店だな。あんたの寿司が俺は好きだよ。俺にもトロサーモン握ってくれ。」

「あいよ!」

「新しい扉か…」

香澄は手にしたトロサーモンを見つめて呟く。そしてそれを一口で平らげた。

「美味しいです!大将さん!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四輪王子と自転車女子 鬼狂茶器 @onigurui

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ