第8話 鳥越祭り

五月になりゃあ、神田、下谷、三社と祭りが続きやす。勿論六月の鳥越様は別格で御座いやすが。担ぐ時にゃあ野郎だけで弾けますが縁日だけは別モンで御座いやす。下谷三社の祭りには雪乃と縁日デート。たこ焼きだあ、金魚すくいだあ、射的だのと雪乃のしてえ事は財布と相談しながら楽しむってえ次第。二人揃って願掛けなんぞとしちゃいまして。


この時期にゃあみんな、彼氏彼女を作るのに必死で御座いやす。おいらには雪乃って可愛い彼女がおりやすから何の焦りも御座いやせんが、お江戸下町ならではの祭りシーズン五~六月は、彼氏彼女と一緒に縁日に行くってのがステータス。アメリカのプロムみてえなもんでしょうか?溢れた奴らは縁日でナンパなんてえ始末。


兎にも角にもこの時代たあ、人も街も活気に満ち溢れた昭和五十年代の江戸下町界隈。


この年の鳥越祭りは、おいらと雪乃のお披露目みてえになっちまいやした。


土曜日の宵宮が終わり、七軒町からおいらの居る小島二西に祭り姿のまんまの雪乃。白ダボに濃紺の腹掛け股引、紺足袋に草鞋掛け、七軒町の半纏に角帯締めて、髪はアップでお団子作りゃあ粋でいなせな別嬪さんの担ぎ手でえ。おいらは締めこみ白ダボに腹巻、紺の藍染半纏にサラシ帯。カラッカラッと雪駄鳴らしのお手手繋いで二人仲良く鳥越神社へ。


家を出て小学校、公園の前を真っつぐ行ってドン突きを左に曲がり一個目の信号を右に曲がって真っつぐ行きゃあ縁日が始まりやす。

おいらは中学入ってから小学校時代の連中とは数名しか付き合いしてねえから、雪乃と付き合ってるなんざあ知る由もねえ、ましてや雪乃は私学に通ってやがるから尚更のこと。

縁日行くまでに4、5人に『あっ 雪ちゃん久しぶり~』とおいらの顔見て固まるってえ有様よ。その逆も御座いましたが。

まあ、地元中の地元で御座いやすから仕方ねえって言やあ仕方ねえんですが。


おいらは照れ臭えったらありゃしねえが、雪乃ときたらニッコニコのご様子で繋いだ手えしっかり握って離してくれねえって有様。

縁日を一通り楽しんでおみやげのベビーカステラを買ってから境内へ。本殿と明日の出番を待っている本社様(鳥越神社の宮神輿)にお参りを済まして帰ろうとした時だった。


『道ぃ~ 道ぃ~』複数の声。

同級生よりも会いたく無かった先輩達。

ニヤニヤ顔の面々『仲いいね~』と来たモンだ。絶対後で締めると独りごち。

雪乃の野郎は相変わらずのニコニコ顔で『こんばんは』とか言ってやがる。


先輩達を振り切って、おいらの家に寄る事に

三階にあるおいらの部屋で買って来たベビーカステラを摘んでいると『色んな人に会っちゃね』『楽しかった』喜び顔の雪乃。

(もしかするってえと予防線ですかい?)

『明日も行こうね』『鳥越神社はちゃんと浴衣着て道ちゃんと行きたいから』

「ああ」おいら達にゃあ鳥越神社の縁日とは特別な思い出の場所。


小学生時分じゃあ夜出歩く事なんざあ出来やしなかったが、友達とお風呂屋行くのと九が付く日の鳥越神社の縁日だけは親も公認の夜遊び。雪乃ともよく一緒に行ったっけと独りごち。


雪乃の肩抱いて口づけ。

胸に手え入れても腹掛けが邪魔しやがる。

祭りの格好たあこうゆう雰囲気には不向きな野郎だと、、、 おっと股引たぁ~重ねの端から手え入れりゃあすぐさまおパンティ様とご対面。ちょいと窮屈だけど肌の感触もグッド。

『駄目!道ちゃん!』

『グズグズになっちゃうから!』

「直しゃあ大丈夫だろ」

『嫌!!』

『汗かいてるから恥ずかしい』

(はぁ~なんて可愛い物言いじゃあ御座いませんか)

きっつく抱きしめて熱っいキッス。

明日の浴衣に期待いたしやすかと独りごち。


(ここで少しお祭りの解説をさせて頂きます

。大体のお祭りは土日に合わせる事が多く、神事を入れると金土日で開催される事が主で、三社祭りなどは金曜に宵宮で町内神輿を出すところも御座います。各町内会に大中小のお神輿と山車があり大神輿は中学生以上の大人、中神輿は小学生の中高学年、小神輿は低学年、山車はそれ以下の子供たち。というふうに分かれていましたが、昨今の少子化で子供神輿は大抵小か中のどちらかしか出さなくなっております。三社祭りなどは土曜の午前中から町内神輿が出ますが、ほとんどのお祭りでは土曜日は各町会で日中に子供神輿や山車が町内渡御され、夕刻から大人神輿の渡御(宵宮)日曜日には各町会にてさまざまですが、大人子供神輿に山車とも1.2回町内渡御がされます。日曜日の最大の行事は神社にある宮神輿(本社)の氏子町会を周る本社渡御です。(神輿担ぎ手が一番エキサイティングする) 御霊の入った本社が朝神社を出て(宮出し)各氏子町会を周り(町会の大きさにより渡御の時間が異なる)神社に戻ってくる(宮入)コレで祭りは終了とまります。)


日曜日は朝から本社を追いかけ、昼一で小島一丁目町会、ろぼ公(幼稚園の時からの親友

)や仲間達と担いでから急いで家に帰えり(一丁目の次が小島二東でその次がおいらの町会)二西の半纏に袖通して本社を待ちゃあ、先輩方は殺気立ちおいらも気合い十分。

怒涛の二十五分が終わり(人生で一番長い二十五分)ボロボロのおいら。次の七軒町渡しを呆然と眺めてみりゃあ、飛び跳ねて手ぇ~振るう奴があ~。

そっかあ七軒町かぁ~ 雪乃が一生懸命手ぇ振りやがる。おいらも手え上げて健闘を祈る


玄関先で水被って一階の仕事場でひっくり返って暫く休んでいると、七軒町終えて雪乃がやって来た。アップにした髪は乱れ身体は蒸しあがりみてえに湯気出しながら、興奮冷めやらぬ顔で

『凄い人だったね』『三回入ったよ』 

「そっかあ」「良かったな」

『いつか二西でも本社担ぎたいな』

「ああ、いつでも半纏用意してやらあ」

『でもほとんど前後だから無理だね』

「まあな」と言って雪乃のオデコにチュ!

「しょぺえ」 

『当たり前でしょ!道ちゃんなんか塩吹いてるじゃない!』

「おなごが潮噴いてるとか言うんじゃあねえよ」

『バッカじゃないの』

「へえへえ馬鹿でござんすよぉ~」

『後で着替えてくるから、道ちゃんもシャワー浴びてね!臭いから!』

「おう、じゃあ後でな」 



『こんにちは~』

「あらぁ~雪乃ちゃん!綺麗に浴衣着て」

「素敵よ!」

『ありがとうございます。』

「あの馬鹿にいっぱいおねだりしちゃいなさい」 

『はぁ~い』

「なんでえなんでえ!そのおねだりってえ」「だったらもそっと小遣いよこしやがれ!」

『道ちゃん口悪いよ!』

「へえへえ」

『それじゃあおばさん行ってきまぁ~す』 

「はいよ!道ぃー雪乃ちゃんと一緒んなんだから、わかってる?短気は損気だからね!」 

「うるせえばばあ!」

『道ちゃん!!』 

「じゃあ行ってくるわ」

(喧嘩っ早いおいらにお袋がガキの時分から必ず出がけに言う台詞)


宮入前に神社に行き参拝をした。

「長え事お願いしてたな!そんなにいっぺえしても神様だって困っぞ」

『うるさい!』

「何お願いしたんだ」

『絶対言わない』

「ケチ」

『じゃあ道ちゃんは?』

「早く雪乃と出来ますようにって」

『ばっかじゃないの』

不貞腐れてやがるが、満更でもないご様子でしっかり手え繋いで縁日へ。


「そろそろ宮入だな!あっちで見るか?」

『うん』 

「しっかり手え繋いどけよ!」


蔵前通りの最前列で、雪乃に後ろから覆い被さる格好で宮入を見ていた。あいつはしっかりとおいらの回した手を握り、わくわくしながら眺めていたっけ。沢山の高張り提灯の向こうから見え隠れしながらやってきやがる煌びやかな千貫神輿。無数に灯りの燈った弓張りを着飾って上に下に揺れながら、、、



「いつ見ても綺麗だな!」

『ほんと 綺麗』


「いつ見ても綺麗だな!」

『ありがと』


振り向いてキスなんざあしやがって、誰に見られてるかわからねえのにと独りごち。


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