エンタメ文芸の里 ♪ 定員40名さまの本棚 ♪ 第1回

     仏前の桃は三個の梨になり 友未


残暑お見舞い申し上げます。こちら神戸では(というか、この六甲山北西のふもとの地域では)、お盆の15、16、17日にスコールのような雷雨が続いて、18日から突然涼しくなり、19日の朝、顔を洗っている時、一匹も蝉の声がしていないことに気付きました。一時間ほど注意を向け続けていたのですが、昨日まであれほど騒いでいたアブラゼミや、徐々に増えはじめていたツクツクボウシまでがぴたりと鳴き絶えたまま、何だか薄気味悪いほどでした。こんなにはっきり「きょうから秋だ」と実感したのは、まだ二度目か三度目の経験です。さすがにこのまま秋突入!とは行かないでしょうし、蝉たちもまた鳴き戻しては来ましたが、エアコンと扇風機の電気代がかなり助かっています。もっとも夏は一番好きな季節だったのに体がどうにもついて行けなくなって、もう子供じゃないんだ(いつからの話やねん!?)と思い知らされている今日この頃です。


さて、今回の「エンタメ文芸の里」には、29名の皆様のご参加をいただくことができました。お顔馴染みの皆様、また初参加の皆様、ありがとうございました。深く感謝申し上げす。今回、念のため「定員四十名様の本棚」とうたってみたのは、怠け者の友未が全てのご寄稿作品を無理なく完読させて頂くためにはせいぜいそれくらいが限度だろうという予想と、友未自身が他の自主企画に参加させて頂く際にも、それ以上の参加者数ですと埋もれてしまいそうで気が進まないという現実からでした。30篇くらいの作品に囲まれて優雅に愉しませて頂くのが「里」企画の理想のあり方かという気もします。また、参加者さまどうしに楽しみ合って頂いて、思いがけない名作に出会って頂ければいいなといつもひそかに願っています。

所が、今回もどの作品をご紹介すれば良いのか悩みに悩み抜く破目になり、嬉しい悲鳴を上げさせて頂きました。以前の企画の際にも二度ほどあったのですが、どの話もこの話も面白くて、自力で絞り切れなくなってしまいそうでした。いっそ、全作品をご紹介してみようかとも思いましたが、それでは「ストックブック」の実用性にかかわって来ますし、こんな時にはあと二人くらいゲスト・コメンテーターがいて別の意見を書いてくれたらと尽く尽く思います。結局同じくらい面白ければお顔なじみの作者さまにはなるだけご遠慮いただき、初めてご登場の皆様の作品につきましても無理やり疑問点を掘り出して行く減点システムで振り分けさせて頂かなければなりませんでした。他の自主企画に寄せられる作品も皆様こんなにハイレベルなのでしょうか?


♪ そんな中で、この作品だけは真っ先に紹介しておかなければと思ったのが久里 琳さまの「居酒屋シャウト」です。友未好みの内容では全然なかったからです。内容が好みに反するのに、面白くて紹介させて頂かなければ気が済まなくなったのはこの「ストックブック」史上初めての出来事でしょう。だってサラリーマン経験がなく、酒が飲めず、一夜の出来事にも縁のない友未が、そういう類の話を読んでなお面白いと思ったのですから。こういうサラリーマンの飲み会もののコメディー(といっても爆笑系ではなく、おもわずニヤッと苦笑させられてしまうタイプの)ファンにはたまらないはずです。今一つ冴えないが経済的には盤石な中年上司と、彼に誘われて何となくパブにお供した「一夜の過ち」関係にある部下の男女それぞれの台詞と互いへの内なる視線がリアルに綴られて行く内容で、最後には全員酔い潰れてしまうという下世話さです。そんなお話を普通に下品に書かれたのでは友未としても読み流すしかない所なのですが、これが普通でない。巧すぎて一文一文に引っ掴まれてしまいました。文芸的妙味と風格を潜ませる何とも洒落た、それでいて腰の据わった言葉たち。もし興味をお持ちでしたら、ほんの一例ですが、まず「破」の最初の方、「コストを考えれば已む無しとすべきだろうが … 」以下の、文章自体として巧みな、またもっともらしさがからかわれているような独白、のはずだった言葉が、次の瞬間、実際に話された台詞に変身してしまうスライド話法に唖然となさってみて下さい。

好みの内容ではない、と申しあげましたが、多分それは間違いで、個々の素材やストリー自体は好みに合わなくても、面白かったのですから、「いかに語るか」というその事こそが「内容」であるという事を実感させられた名篇でした。


♪ 一方、作者の視点に限りなく深いシンパシーを覚えたのが武石雄由さま、「Keep my dreaming」でした。これは神よりも原初的、根源的で非人格的な、自然や宇宙そのものの意識ような夢見る何かのモノローグ。その夢の中で人々は争い、一人の女が絶望のうちに夢見る者の名を呼び醒まそうとして息絶える。人の姿や営みを映しながらも、それを時の高みから鳥瞰して行くような眼差しの遠さが、シベリウスの最後の交響曲や「タピオラ」のようでした。喜びも悲しみも結局は同じだというような …

願わくはこの物語がいつまでも夢を妨げられることなく、コンパクトな雄大さを永遠に奏で続けられますように。


♪ 恋愛も、友未にとって点滴じゃなくって、天敵のようなテーマです。何故なら自慢じゃないが友未は恋愛経験に乏しい。生涯に三度の大恋愛しかない(←のろけるか)!! ですが、それは惚れた腫れたとか、愛しちゃった、別れちゃったといった類のチャラいお話に関してであって、きちんと書かれていれば恋にも愛にも恨みはありません。今回は、小此木センウ様の「二枚で一つの空」と、鈴代さまの「見えない翼」を強くお勧め致します。共に「恋愛」というよりもう少し別の呼び方をしてみたくなるシリアスな純文学作品でした。「二枚で一つの空」は美術の課題に野外スケッチを描き上げて行くお話で、そのタイトル通り、二人の高校生の心の重なりが鮮やかに切り取られています。いつしか二枚の絵の形に重なり合って行く二人の心のあり方がメリハリのある文章にしっかりと確かめられていました。すがすがしいぬくもりが心に残ります。「見えない翼」は宗教や信仰深い人物を真正面から描いている点がユニークで、特に悲しい話でもないのに、どこかそこはかとないはかなさと寂しさを感じます。遠い視線と憧れを仄かに宿す端正な文章が、透き通った響きを奏でる青春篇でした。とりわけ「彼が扉を開くと、詰め込まれた夏の日差しが一気に解き放たれ … 」の感動や、禅定のような無音の境地の描写が印象に残ります。


♪ 「熟れた苦瓜」石橋めい様は、苦さとはかなさで一杯でした。それぞれ独立した数篇のエピソードからは、このまま失うことになるかもしれない、あるいはいつか成就することになるかもしれない想いが、さりげなく澄んだ言葉で淡々と綴られて行きます。心の物陰からそっと見つめられているような視線には感傷と慈しみが漂い、涼しい詩的フェティシズムさえ感じました。「私たちが普段食べている苦瓜は、全く熟れていない。熟れていないから苦いのだ。実った緑の苦瓜を収穫せぬまま育てていくと、それは徐々に熟れ、オレンジ色に染まっていく。熟れた苦瓜の種は赤く、周囲にゼリー状のものを纏っている。そしてそれは、驚くことに甘いのだ。しかしその熟れた苦瓜すらも刈り取らねば、苦瓜は三つに裂けて赤い種を地面に蒔く。」という作者のあらすじ紹介文が極めて印象的でした。


♪ 水城洋臣さま「ただ鴛鴦を羨みて」は、期待に違わず文学性とエンタメ性を存分に堪能できる中国三国志時代の悲恋譚でした。「三国志演義」ではかたき役としておなじみの曹操も登場しますがイメージは全く異なります。今回は血なまぐささのないピュアな悲恋ものでした。が、もちろんメロドラマではありません。最初「鴛鴦」が読めなくて、たまたま傍にいた母に「これ読める?」ときいたら、「がちょう」だと教えてくれました。ガチョウをうらやんでも別に自由だとは思いますが、正しくは「おしどり」でした。「ただ鴛鴦おしどりを羨みて、永遠とわの命はうらやまず」何たる博識!友未なら純愛仕立てをさらに強調したかったところ、歴史劇や時代物特有の引き締まった文章で最後は歴史でビシッと拡げて下さいました。透き通った思いや哀しみも充分に伝わってきて、メロウさとハードさのバランスがさすがです。前回「証しの里」の折にご紹介させて頂いた「西涼女侠伝」のスピンオフ作品ですので興味のある方にはそちらの方もお薦めです。


♪ 矢向 亜紀さまも「里」企画ではすっかり上得意さまになって頂けました。最初に申し上げた通り、今回はお馴染みの作者さまには逆・依怙贔屓をかけさせて頂いたのですが、「吸血鬼の抗原」、さすがに外せませんでした。「現代ファンタジー」に異論はありませんが、友未的にはミステリーに分類したい吸血鬼譚でした。何だか言葉の後で作者がクスクス笑っているような小粋で悲しいクライム・ストーリー?です。(←って、一体どんな話やねん?)ニンニク爆弾によるテロがいきなり起きているような世界観ですが、ドタバタではなく、悲しいロマンスへとストーリーは運ばれます。ハグしたくなるほど小粋でクールで悪戯な幻想ミステリーでした!なお、「本作に登場するアレルギーに関する情報/知識は、作中のみに適用される内容です。」とのことでした … 吸血鬼諸兄への配慮かと思われます。


♪ 今回はユーモラスなコメディー作品を幾つも愉しませて頂く事ができて大満足でした。その中から、先ずは松浦どれみ様の「笹の葉、銀河、マンネリ夫婦〜文学喫茶オムレット2〜」なる三題噺ふうのおバカ篇。オムレットとハムレット、食べられるのはどっち?とか聞かれたら思わず「ハムレット」と答えてしまいそうです。藤崎店長、愛理、真白の善人キャラと織姫の織りなすアットホームでハートウォーミングなドタバタでした。抜群のテンポとノリでそれぞれのキャラクターや関係性が手際よく語られていて、視覚イメージが冴えています。第3話の「きゃあああ!」「えええええ!」「店長! 服を着てください!」や、店長が織姫に襲われるシーン、その店長がみんなに追い込まれる第4話など、マンガみたいで吹き出してしまいました。


♪ 蒼井どんぐり様「犬小屋に座敷童」は児童文学のような愛らしさに満ちた、心暖まるユーモア篇でした。怠けワン公の1L小屋に生れてしまった座敷童と人々のホカホカ童話です。座敷童譚は山ほどありますが、怠けワン公とのペアなんてそれだけで充分可笑しいですネ。本家のお姉さんわらしが引っ越すと言うのでどうなることかと心配しましたが、フクの自己犠牲があってホッとしました。コイツ、なかなか見所がある。それに「塞翁が馬」的展開で彼の生活習慣病も見通し良好です。最後にもうひとひねりストーリー性を持たせて欲しいと欲張ってしまいました。「小説を書き始めたばかり」とのことでしたが大したものでは!


♪ 「鼻歌大会」のmakuraさま。抱腹絶倒です!息が苦しくなりました。コロナ禍に負けじと開かれた北区の鼻歌大会では三人の参加者が大熱唱。コブシのきいた演歌のむらさきお姐さん、お相撲さんパフォーマンスを繰り出す高尾さん、共に目の前で見ているような迫真の熱演です。そしてトリを取った悩み多き渋谷さん、会場外のトラックの後退ブザーや、カラスや、竿竹移動販売車の売り声に次々と邪魔されながら、果敢にも人類の過ちの歴史に立ち向かい、文明論的コロナ史観を打ち立てんと悲壮な戦いを挑む姿がお気の毒でした。ですが、その思いが結局、三人の審査員にちゃんと届いてしまい、優勝してしまったのが訳も分からずハッピーです。個人的には高尾さんの、ドン「っふー!」ドン「っふー!」がイチオシでした。


♪  十分にお笑い頂いたところで、深く揺蕩たゆたうねこK・Tさまの「沈んだ彼女について」。正体不明の「何か」が海底から波裏を仰ぎ見続ける蒼の幻想です。昨年の「幻想の里、怪奇の里」にお寄せ頂いた「天使の笑い声」を彷彿とさせる耽美性 ― 特に蒼! ―  にうっとりと引き込まれる不思議な感覚でした。友未は主人公が水死体か何かではないかというつもりで読んでいたので、後半は、むしろ予想外の展開でした。そもそもどなたかのお誕生日に贈られた物語ということですので、水死体はない。ですが、前半の描写のように辺りが神秘的に見えるのでしたら、ちょっと水死体になってみたい気が …


♪ 最後に、サンダルウッドさまの「君が人生の時」には、閉ざされがちの人生において一歩を新しく踏み出す喜びと大切さが、実に自然に描き出されていました。 ジャンル分けは「恋愛」となっていて、確かにラストは感動的なのですが(そうか、笑顔ひとつあればいいか!)、友未は囲碁や歌詞について述べられている中ふたつの章にエッセイのような面白さと(特にhttps://24621.mitemin.net/i301966/の布石は次の一手がどこに打たれても乱戦必至でしょう)、作品全体の表現としての「ゆとり」のようなものを愉しませて頂きました。


♪ 今回ご参加下さった皆様のなかで29篇すべてにお目通し下さった方々は、きっとこれがなぜ紹介されなかったのかとご不審を持たれた佳作に幾つも出会われたのではないでしょうか。上述の諸作品以外にも、ミステリアスな雰囲気満点のサスペンス・ホラー「天狗の棲む山」/U太さま、ボクシング世界戦を巡るそれぞれの思いを描き出した、「これを優しさと呼ばないのなら過ちでもいい」/けんこや様、秘剣斬壺きりつぼと天才わっぱの対決をハードに綴る「斬壺(きりつぼ)」/木下望太郎さま、タイトルを見ただけ笑い出したくなる「蛙の半兵衛泣き笑い」/超時空伝説研究所さま、アンドロイドと人の悲恋が雪景色に映える「我は女神と心中す」/つるよしの様、「空夜終夜」/深川夏眠さまや、「渡座わたましの祈り」/GB(那識あきら)さまの名文など、挙げればきりがありません。皆様からも是非、それぞれの作品への応援メッセージをお願い致します!

(「エンタメ文芸の里」→https://kakuyomu.jp/user_events/16817139557323126861?order=published_at#enteredWorks


♪ なお、末筆ながら、以前「詩とうたの里」(→https://kakuyomu.jp/works/16816452218770886042/episodes/16816700428248689722)でご紹介させて頂きました@caprini_さまの、秋の草花に寄せる素晴らしい俳句集「よそふみむ」他が出版されることになりました。心よりお慶び申し上げます。つきましては、来る九月十八日を持ちまして「ストックブック」の「詩とうたの里」のページから「よそふみむ」中の俳句を全削除させて頂きます。詳しい経緯などにつきましては友未の近況ノートの「連絡帳」のページをご覧ください。本当に凄い俳句ですので、紹介できなくなるのは実に残念ですし、皆様にもご迷惑をおかけ致しますが、関心をお持ちの方は九月十八日までに、是非コピーなどとっておいて頂きますよう、お願い申し上げます。また、「幻想の里、怪奇の里」でご紹介しております同じく@caprini_さま、「きみにこいこがれ」につきましも書籍化に伴い近日中に削除されるものと思われます。直接に引用させて頂いている文章がないため、「ストックブック」側の記事はそのまま残させて頂きますが、極めて美しく魅力的で読みにくい(こんなに読み難かった名文ははじめてでした)この原作に興味をお持ちでしたら、今のうちにコピーしておかれますことをお勧め致します。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

     顔あらふみずやはらかし秋はじめ 友未

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