証しの里 第1回

     雨の玉里芋の葉も傘のも   友未


「証しの里」へのご参加、ありがとうございました。

「この作品を書くために自分は生まれて来た、この一作を護るためなら大抵の作品を失っても構わない、この作品を書くことで自分の文学的使命が一つ果された … そんなアイデンティティー作品をお持ちですか?皆様が皆様方自身であることが証されているような渾身の作品をお寄せ下さい。」なんて、少々仰々し過ぎたでしょうか?最終的に予想をかなり下回る14の作品のご寄稿にとどまり、少し残念です。だからといって、今回ご紹介する作品が、数合わせのためにこれまでの企画に比べて緩い基準で選ばれた、などという事は絶対になかったと誓わせて頂きます。また、毎度繰り返しになりますが、このストックブックは、あくまでも友未が好きだった、或いは気になった作品を紹介させて頂く場に過ぎず、客観的な文学的価値を論じるようなお堅い所ではないことも申し添えさせて頂きます。

 今回は字数制限を外したこともあり、またテーマ柄もあったのか、10万字越えの大作を5篇もお寄せ頂く事ができました。


∫ その中から、まず、中村仁人さまの「ファントムシップ〜幽霊船と亡国の姫〜」をご紹介いたしましょう。これは多分(というのはまだ取っ付きの部分しか拝読できていないからですが)、海を舞台にした、血沸き肉躍る大冒険小説です。この作品、ジャンルが「異世界ファンタジー」で、作者の紹介文にも「ブレシア帝国に滅ぼされた海洋魔法王国リーベルの王女エルミラ」などとあり、冒頭でもモンスターの徘徊する世界観が示されるため、当初は少し退き気味に構えて読み始めたのですが(魔法や怪物というとゲーム的な安直さを連想してしまって個人的には苦手なのです)、すぐに偏見を吹き飛ばされてしまいました。息もつかせぬスリルの連続で、描かれる場面場面がとびきりの臨場感で迫って来ます。戦闘シーンも奇想天外にして劇的で、異世界ファンタジーというより、冒険活劇とかおとぎ話と呼びたくなりました。きびきびと精緻で緩急自在な文体が実に見事です。全篇107話、553,913字にも及ぶこの大作、実は友未はまだ最初の1話目しか読めていません。1話目だけでも2万字あるとはいうものの、普段の友未ならもう少し読み進めて行くところなのですが、1話目だけでも優に短編小説一作分に匹敵するような重みのある波乱万丈の内容にすっかり満足し切ってしまいました。もう少しお腹が空いてからまた読み継がせて頂こうと思っています。おとぎ話はかくありたいと願わずにはいられなくなってしまう壮大さです。まさに一生ものの超大作でした。


∫ 次に、水城洋臣さまの「西涼女侠伝」が、これまた大変な傑作冒険小説です。三国志時代を背景に描かれる歴史武俠譚で、剣と内功の達人である男装の娘、趙英、弓と視力に優れた南匈奴の少年、呼狐澹ここたん胡乱うろん端倪たんげいすべからざる道士、緑風子の三人の主人公によって織りなされて行く歴史味溢れる活劇絵巻です。何が面白いと言って、随所に散りばめられた歴史や文化、時代背景や人物や故事への言及が素晴らしく、物事の描き方にも、単純な善悪や正邪を越えた複相的な俯瞰ふかん性があるのがさすがというべきでしょう。もちろん、歴史面だけでなく、エンターテインメントとしての魅力もはち切れんばかりで、大立ち回りあり、策謀あり、笑いあり、涙あり、謎あり、くすぐりありと、千変万化の面白さの絡み合った大絵巻です。気が付けば、荒野を行く三人の姿がいつの間にか瞼の裏側に焼き付けられておりました。「歴史物の書き手は筆力が高い」。友未仮説がまたまた補強された形です。


∫ 邑楽 じゅん様の「あの娘に「すき」と言えないワケで」は、タイトルからも想像される通り、上記2作とははっきり性格の異なる作品です。お手軽と言ってしまえばそれまでですが、友未は好きでした。ラノベやラブコメが苦手な友未を楽しませてくれるだけの文芸的な妙味を感じたからです。その分、おバカなギャグなどにも、かえって抵抗なく失笑させて頂けました。高校生の男主人公が、童女姿の小憎らしい「座敷わらし」(イコールご先祖さま)に見込まれて、彼女を成仏させるために恋愛しなければならなくなってしまうこのドタバタ劇、試読されるのでしたら、まずは限りなく愉快な第3話をお薦め致します。なぜ「あの娘に「すき」と言え」ないのかがわかります。この章、迷惑なキューピッド役の座敷わらしの意外な愛らしさも楽しめました。また、物語の随所に漂うローカル色には心が和まされるでしょう。この作品は、ある意味、微妙な立ち位置にあるような気がします。作品の楽しさの割に読者からの反応が意外に薄くて何だか残念です。ライトノベルにも文芸作品にもなり切れない(いえ、なる気のない)作風が、トレンドから外れているせいかもしれません。ですが、お送りした3話目へのコメントへのご返事で「作品ってアップロードしたら終わり、作者も忘れる過去の作品になるって事が多いので、思わず読み返してしまいました。後半へのフラグや伏線も立てつつ、作品の一番大きなギミックが動く瞬間……確かに楽しかったです。」と素直にお聞かせ頂けて嬉しくなりました。誰が何と言おうと、それだけ大切にできる作品は、作者が作者自身であることの何よりの証しですよね!


∫ 証し … 自分が自分であること … 、「私は今日も生きている ~精神疾患に至るまでの記録~」は、進行形で「双極性感情障害Ⅱ型」を抱える作者、花音さまご自身が、自らのアイデンティティーに踏み込んで行かれるヒューマンドキュメントです。単なる闘病記というより、自分が自分である理由を模索して行くなかで、人との出会いや人間関係がいかに大切なものであるかを訴える内容でした。こうした実録ものの場合、それがどのような意図のもとにどのような方向へ書かれているのかがどうしても気になるため、結局、全100,761文字を完読させて頂きました。結果、深刻な内容ながらヒューマンな応援歌にまとめあげられていて救われた思いです。こういう作品を「面白い」とか「つまらない」というのは作者に対して失礼な気がしますし、文章や表現云々を論じるのもお門違いかとは思いますが、ひと言だけ、景色や風景の描写が極めて印象的な作品でした。深く心に残ります。時系列の錯綜や、エピソードの重複など、多少気になる点もありましたが … 。

 なお、ここでは取り上げませんでしたが(←あれ、取り上げている?)、今回の企画には、つくお様からも「毒親育ちが転生しそこなって普通に進学したら絶望しかなかった」というタイトルの、テーマ的に非常に似通った部分の多い(ただし、こちらは作品として完全にフィクション化されていました。ダークで悲惨な笑いに満ちたお話でしたが、この作者にはさらに友未好みの作品があるため、詳述はスルーさせて頂きます)作品をお寄せ頂いており、花音さまを読み終えたあと、ふと、お互いに確認し合ってみて頂きたくなりました。また、以前「原風景の里」の折にご紹介させて頂き、今回再登場して頂けたEternal-Heartさまの「ライクロフトの静謐(せいつ)」の孤独な耽美世界も、どこかでこうしたテーマと繋がっていそうな気がします。


∫ 何て清々しい生命感の脈づく言葉たちでしょう。ななくさつゆり様の「あなたが見た情景・追録」からは生きる歓びが溢れ出してきます。劇的なストーリーはないのに、風や光や清流や潮の香りに友未の身体は一瞬で貫かれました。自然の風景を、その中にある作者自身の姿も含めてありのままに写し取った美しいスケッチブックです。押し付けがましさや読者に思い入れを強いるような所は全くありません。情景をして語らしめること、俳句でいう「写生」の魅力の体現でした。タイトルの「あなたが見た情景」にも客観性とニュアンスの拡がりがあってクール&キュートです。心が洗い清められて行くようなまっすぐな文章を読んでいると、言葉が美しいのか、世界が美しいのに我々がそれを見過しているだけなのかがわからなくなって来るほどです。感性の瑞々しさがひとつひとつ大切に言葉を結んで行くのがはっきりと実感できます。本当に爽やかな滋味深いスケッチでした。なお、この作品には本編に当る「あなたが見た情景」があり、300ものスケッチが観られるのを待っていますので、友未とご一緒にいかがでしょう?


∫ 小説家になることを秘かに夢見てひとり執筆に励んできた若き女主人公が、コンクールに落選して進むべき道を見失い、友人との会話の中に再び書くことの意味を見出して歩み出して行く姿を描いた瑞樹さまの「ライフ・ワーク」。全 ての書き手への応援メッセージ、と呼べなくもありませんが、それ以上に、書くことをご自身のテーマとして見つめる作者の真摯な眼差しが深く印象に残りました。作者が自らの情熱や悩みと向き合って行くなかで、そこからひとりでに湧き出て来た想いが自然にエール化して行った暖かく、また、ある意味切ない作品だと感じます。瑞樹さまや、この物語の主人公、また、他の多くのカクヨム作家さま方と比べると極端に達成動機が低く、恥ずかしいほど意欲に乏しい友未にさえ、自分の作品を他の方々に読んでもらえる出会いの喜びの大きさが改めて思い出されていたのは、この作品の思いの深さによる所に他なりません。確かな文章も緊迫感に貫かれ、とりわけ、第三章、第四章の女子会の描写や、友人間の距離感の違いの描き分けが鮮やかでした。他の作品も含め、瑞樹さまの作風は極めて真摯で生真面目です。あまりにひたむき過ぎて疲れないように、少しだけ、ブレーキで言うところの「遊び」の部分が欲しいと感じてしまうのは、絶対に友未の精神がたるんでいるからだと思います!


     振り見れば君も菜花も雨の下   友未

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