僕と幼馴染の楽な関係

月之影心

僕と幼馴染の楽な関係

「それ何て本?」

「ほれ。」

「んん~?」


 僕が本を読んでいたら、ほんの背表紙を覗こうと横から顔を近付けて来たのは、僕の幼馴染の福島浩香ふくしまひろか

 浩香に本の背表紙を向けて見せるが、ド近眼故にぼやけて見えないようだ。


「コンタクトは?」

「休みの日はしてへんよ。」

「眼鏡は?」

「置いてきた。」

「なんでやねん。」

「邪魔くさいねん眼鏡って。」

「見えへん方が邪魔くさないか?」


 言いつつ、浩香は本の背表紙を自分の方へ向けるように要求してくる。

 見せたところで、興味を持って喰い付いて来た事などただの一度も無いのではあるが。


「それおもろいん?」

「まぁそれなりにはおもろい。」

「ふぅん。」


 そう言うと、また僕の隣に座り直して僕の左腕にもたれかかり、手に持った雑誌を顔にへばり付けるようにして読み始めた。




 僕は平野正弥ひらのまさや

 勉強も運動も平均より少し上くらいの高校生。

 浩香とは物心付いた頃に僕がこの街に引っ越して来て以来の付き合いだ。

 と言っても、浩香との出会いやどうなってここまで親密になったかはあまり記憶に無い。


 いつの間にか隣に居た。


 小学校へ行く時も、中学校に上がってからも、高校生になってからも、何故か僕の隣には浩香が居た。

 小学生の頃は、『男のくせに女と一緒に居る』と冷やかされたが、浩香は気にせず僕と一緒に居たので僕も気にしなかった。

 中学高校となると、何処からか僕と浩香が付き合っているという噂が聞こえてくるようになり、友達には何故か羨ましがられた。

 その都度、浩香は『ええやろぉ~』と何がいいんだか分からないけど、自慢気に僕の腕に腕を絡めてきた。




 それでも、僕と浩香は恋人では無い。




「なぁまぁくん。」

「ん?」


 浩香が雑誌に顔をへばりつかせたまま声を掛けてきた。


「背中寒い。」

「人の腕にもたれかかってよぉそんな事言えたな。」

「寒い。」

「はいはい。」


 僕は机の上に読んでいた本を置いて浩香の方へ向くと、浩香の体を腕の中に閉じ込めるように抱き付いた。


「はぁ~、まぁくんあったかいなぁ。」

「さよか。」


 浩香はそのまま雑誌を読み始めた。


「僕が本読まれへんのやけど。」

「一緒にこの雑誌読もうや。」

「浩香の顔にへばり付いてんのにどうやって読むねん?」

「それもそやな。」


 浩香が雑誌を床に置いて僕の腕の中でもそもそと姿勢を整える。

 浩香の前に回した手を浩香が握ってマッサージの真似事を始めた。


「まぁくんはこうやってウチに抱き付いてもヘンな気ぃにならへんのん?」

「ヘンな気って?」

「そらぁ『襲ったろか~』とかそういう気ぃや。」

「襲って欲しいんか?」


 僕の腕の中でもじもじと恥ずかしそうな浩香。


「襲いたなったらとっくに襲てる思うで。」

「そぉな~ん?身の危険を感じたわぁ。」


 僕は浩香の頭を避けて、机の上に置いた本を取って読書を再開した。


な。身の危険感じたなら離れとけや。」

「寒なるからイヤや。」

「こいつ……ホンマに襲たろか。」


 暫くまたお互いに自分の手に持った本に集中していた。


「なぁまぁくん。」

「何や?」

「まぁくんはおっぱい大きい子の方が好きなんよな?」

「はぁ?」


 浩香は読んでいた雑誌の記事を指さして僕の方へ見せ付けてきた。

 そこには胸の大きく膨らんだモデルさんが薄手のニットを着てポーズを決めている画像が載っていた。


「男の子っておっぱい好きやん?」

「主語大きすぎるけど、まぁ好きな男は多いやろな。」

「そん中でも小さいより大きい方が好きって人の方が多いことない?」

「それは人それぞれの好みやから何とも言えんわ。」

「まぁくんは大きい方が好きなんやろ?」


 浩香は体をひねって僕の方を興味津々の表情で見ながら僕の答えを待っているようだ。

 勿論、大きい方が好きなのには違いないし浩香もそれは知っている。


「前から変わってへんよ。」


 『ふぅん』と僕の答えに反応すると、再び僕の腕の中に体を預けた浩香が自分の胸の膨らみを自分の両手で包んで言った。


「ウチくらいの大きさとかどない?」


 どうもこうも、服の上からでも浩香の胸の大きさは分かる。

 中学生くらいの頃からぐんぐん成長し、気が付けば皆の目に留まるくらい主張するようになっていた。

 加えて腰へと流れるボディラインからも、浩香のスタイルの良さは誰もが認めるところだろう。

 ただ、生まれたままの姿は小学校低学年の頃以降は見た事が無いので正確には把握していないのだが。


「ええと思う。」

「ホンマに?」

「何喜んでんねん。」

「いや、これでも結構スタイルキープすんのに頑張ってたからなぁ。まぁくんに認めて貰えたらそら嬉しいわ。」


 僕は、嬉しそうに話す浩香の頭を無意識の内に撫でていた。


「僕に認められても何にもならへんやん。」


 浩香は頭を撫でられるままに僕の腕の中で大人しくしている。


「他の人は好色な目で見てるだけやから認められても嬉しないわ。褒めたら触れるかもくらいしか考えてへんねんから。」

「そうなんか。けど僕かてそう考えてへんとは言い切れんやん?」

「まぁくんはウチに対してヘンな気にならへんのやろ?」

「襲おうとかは思わんけどおっぱいは触りたい。」

「いやぁ~ん!まぁくんが本性出したぁ~!」


 腕の中で浩香が暴れだしたが本気で逃げようとかそんな感じではなく、単にじゃれているだけである。

 僕は暴れる浩香を腕の中に閉じ込めて動きを封じていたが、やがて落ち着いたように再び僕に体を預けてくる。


「恋人やなくてもおっぱいは触りたいって思うもんなん?」

「ん~……」

「考えなアカンか。」

「他の子は分からんけど浩香のおっぱいは触ってみたい。」

「わー!貞操の危機やー!」


 楽しそうにはしゃぎつつそう言いながら、浩香は僕の手を掴んで自分の胸の上に被せた。


「おぉっ!?」

「ウチのおっぱいどや?」


 一瞬狼狽えた僕の顔を、浩香は顔を斜めにしてニヤニヤと見上げて言った。


「でっかい。」

「言い方!」


 照れた風でも無く、浩香は胸の上に被さった僕の手を上から押さえたままだ。


「ここまでよぉ育ってくれたわ。」

「うん。」

「誰にも揉まれてへんのにやで。」

「うん。」

「それで、ウチのおっぱいの感想は『でっかい』だけか?」

「服とブラで大きさ以外はよぉ分からん。」


 膨らみに乗せられて上から押さえ付けられていた僕の手が引き剥がされる。


「チョクで確かめてみたい?」

「確かめてはみたいけどさすがにな。」


 名残惜しくはあったが、僕は手を元の位置に戻し、改めて浩香の体の前に腕を回して包み込み、その腕にぎゅっと力を入れた。


「それ出来るんは浩香の彼氏か旦那だけやから。」

「普通、彼女でもあらへんのに後ろから抱き締めたりもせんよな?」

「寒い言うてたん誰やねん。」


 『えへへ』と笑いつつ、浩香は更に体を丸めて僕の腕の中にすっぽりと埋まって来る。


「もしウチがまぁくんの彼女になったとして、何か変わるんやろか?」

「僕が浩香のおっぱいをチョクで触ってええようになる。」

「それは別に彼女やなくてもかまへんから変わらんやん。」

「もうちょい自分を大事にしようや。」


 また浩香の頭を撫でながら、『もし浩香が彼女だったら』に頭を巡らせていた。


「ちゅうか何?浩香、僕と付き合いたいとか思っとるん?」

「う~ん……よぉ分からん。」


 少し考え込むような表情をして、浩香が言葉を続けた。


「まぁくんと居てたら楽しいし落ち着くし、抱っこされたりおっぱい触られたりしても全然嫌やないっちゅうより寧ろ嬉しいし。」

「服越しにでもおっぱい触ったんは今日が初めてやけどな。それからおっぱい触られて嬉しいとか他で言うたらアカンで。」

「付きぉて変わる事がええ事やったらそれ知りたい気ぃもするし、変わる事が嫌な方に変わるんなら知りたぁない気もするし。」


 元々頭の良い子なので、色んな角度から物事を考えるのに長けているのかもしれない。

 ただそれが『感情』に関わる部分だと学校の試験とは違って答えが無いので、僕のように気楽に居る凡人とは違った悩みが生まれるようだ。


 とか言いながら、僕も恋愛に関しては『彼女居ない歴=年齢』なので偉そうな事が言えた立場では無いのだが。


「想像でええんやけど、浩香の思う『変わってええ事』と『変わったら嫌な事』ってどんな事なん?」

「『変わったら嫌な事』は、今みたいな楽ぅな時間が別の時間になったら嫌やな。」

「別の時間て?」

「楽やない時間。」

「例えば?」

「ウチがおっぱい触って欲しいないのにまぁくんがやたらウチの体を求めて来るとか。」

「浩香は僕を何やと思てんねん。」

「例えばやろ?」


 確かに、自分の思うように過ごせる時間というのは『楽』だ。

 余計な気遣いをする必要も無く、本能のままに心身を預けておけば良いのだから。

 それが無くなりはしなくとも、今より減るとしたら減った分が『不満』や『苦痛』になるかもしれないと考えたら変わって欲しくない事になるだろう。


「『変わってええ事』は何時でも何処でもまぁくんとイチャイチャ出来る事やな。」

「『何時でも』はアカン時もあるし、『何処でも』もアカン場所はあるからな。」

「あとは好きな時にちゅー出来るで。」

「聞けや。」

「まぁくんはウチとちゅーしたぁないん?」


 浩香が体を捻って僕の目を上目遣いに見上げてくる。

 浩香…それは反則や。

 そして思わぬ言葉が浩香の口から飛び出る。




「なぁなぁ、試しにちゅーしてみてや。」




 一瞬固まる僕。


「どういう流れなんそれ?」

「ええからしてみてぇや。」

「待てぇて。彼氏やないのにちゅーはアカンやろ。」


 そういう間にも浩香は顔をじりじりと近付けてきて、既に鼻と鼻の距離は数cmの所まできている。


「試しにや……て……言うてる……やん……」


 浩香の体がこれでもかと言わんばかりに密着してきて、その唇の動きが僕の唇に伝わってきた。


 唇が触れる。


 尚も浩香は僕に体を寄せてくる。


 僕の唇に浩香の唇が触れている感覚が明確に伝わってくる。




 ほんの数秒だったとは思うけど、随分長い時間、唇同士が触れていた気がした。

 『はぁっ』と息を吐いて浩香の唇が離される。


「ちゅーしてしもたな。」


 浩香が目を三日月のように薄めて僕を見ながら言った。


「ええんかよ?」

「何が?」

「彼氏でもないのにちゅーなんかして…しかも試しにって……」

「嫌やった?」


 嫌なわけではない。

 嫌では無いが、浩香がこうも簡単に僕にキスして来る事に対する戸惑いしか無かった。


「ウチは初めてのちゅーはまぁくんとしたかったから嬉しかってん。」

「そ、そうなんや。」


 僕は浩香の頭を腕の中に包み、ぎゅっと抱き締めた。


「そ、それで、試しにちゅーしてどやった?」

「んぅ~……」


 腕の中で浩香が小さく唸るような声を出す。


「何やろ……付き合うとか付き合わんとかそういう『形』やなくて……これからもずっと一緒におって欲しい人やなぁって思た。」

「あ~うん……何となく分かるわ。」


 小さい頃からずっと一緒に過ごして来た事で、逆に一緒に居ない事を想像すらしていなかった。

 唇を重ねている時、もしここに浩香が居なかったら…と思うと途端に不安になったのは事実だ。


 『形ではなく一緒に居たい人』


 それが僕と浩香の一番『楽』な関係なのかもしれない。

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