第21話 異常事態

 大型マジュウ。それは他のマジュウと異なり、既存の動物と同じ姿をしてはいない。

 黒紫の結晶でできたその体は巨大だ。なにせ8メートルに達する巨体をして大型マジュウと分類されるほどなのだから。


 地を踏み締める二足は短く、それに反して両腕は地面に着くかというほどに長い。そして手足どちらもが巨体に相応しい太さを誇り、その存在感を増している。頭部の眼球のあるべき場所には左右合わせて四つの赤い光が宿っており、不気味さを感じさせる。


 手足には存在を誇示するかのように鋭い爪が並んでおり、加えて頭部や背中には他のマジュウにも見られる毛を模したと思しき棘がいくつもあって、それがより一層怪物のような見た目に助力していた。


 その巨体をして大型マジュウ、その見た目をして別名[モンスター]。

 最低でも小隊長が当たるべきとされている強力な敵が、無造作にその長い腕を振るった。


 ゴキャッ。

 あまりにも唐突なその音に、誰もが動きを止めた。


 [モンスター]に注目していた軍人たちの目に映ったのは、人が宙を舞う姿だった。


『こちらイプシロン隊! 陣形後方に[モンスター]出現! 繰り返す、[モンスター]出現!』

 それが誰のセリフだったか分からないが、その瞬間、時は動きを取り戻した。


『ガンマ隊、イプシロン隊の隊長は[モンスター]の相手を! 他の隊員は周囲のマジュウが[モンスター]の加勢に行かないよう注意しながら戦って! 飛ばされた隊員の救護には最も近い人が当たってください!』


 皆の鼓膜に響いたのはミムの指示。

 誰もがその指示を待ち望んでいたかのように、淀みなく動いてゆく。


 しかし当のミムも内心の焦りを隠すのに必死であった。

(どうなってんのよこれ……!?)


 焦燥感は汗となって彼女の肌をじっとりと濡らす。




「はぁ…はぁ……」

[モンスター]が現れてからどれだけの時間が経っただろうか。もう倒したマジュウの数さえも覚えてはいない。


 普段であればこれほどに息を切らすことはない。

 ミムが生涯を通して鍛えた体がこの程度で音を上げるわけがない。


 単純な焦りと、吹き飛ばされた隊員の安否がわからない不安。その二つが混ざり混ざってミムの心身を蝕んでいる。


 しかもそれだけではない。これまであり得なかった事が起きてしまった。その事実がミムの鼓動を早め、呼吸を乱している。


 脳裏にぎるのは先ほどの光景。戦場を分断するかのように、陣形後方の隊員のすぐ近くに出現した[モンスター]の姿。


 魔力が入り乱れる戦場で、しかも戦闘に際して張られた広域防護結界の中にゴーレムを直接転移させるなど、あり得ないというレベルの話ではない。


 例えるならばそれは、魔法を他者の体内で発動し、体の内部から破壊するようなもの。

 それはあり得ないことだ。そんなことができたなら、攻撃魔法は一つだけで事足りる。現代に至るまで数多あまた開発されてきた高威力の攻撃魔法が、軒並み用済みになってしまう


 魔法のことわりを超えた神業。まず間違いなく今の人類の魔法技術では不可能な芸当だ。


 これまでのマジュウの侵攻は、ただ町の外に転移してきて攻めてくるだけだった。対処できないというほどのものでは無かった。


 あれほど多くのクリスタルゴーレムを生成し、操作して町を襲うという時点で警戒はしていたが、マジュウ侵攻が始まってから半年間、戦況に大きな変化は無かった。


(きっとマジュウの生成と操作に魔力リソースの大半を割かれていて、大きな動きは起こせないのだろう)


 魔法に詳しい人物ならば誰もがそう結論付けていた。

 いや、そう思わざるを得なかった。マジュウ多数生成し、さらに転移は繊細かつ多量の魔力を要する技術。あれだけの魔法を操ってなお余力があるなどと、誰が予想できるだろうか。


 しかしそれらの予想に反し、マジュウを作り出した術者は行動に出た。

 敵はいつでも攻勢に出ることができた。理由の有る無しはわからないが、これまではしてこなかったというだけのこと。


 明確な異常事態だった。おそらくはこの戦場にいる誰もが同じ気持ちだろう。


『先ほどの隊員を除いて損傷は軽微です! マジュウは残り四体!』


 ミムの右耳につけたインカムから解析官の声が響く。それとほぼ同時に目の前にいたマジュウを斧で叩き斬る。

 周囲を見ると目立ったマジュウの姿はなかったが、後方に大きな影が残っていることを確認した。


 [モンスター]だ。小隊長二人を向かわせたというのに、まだ対処を終えていないことを見て、すぐさまミムは地を蹴り、駆け出す。


 いくら固有名を持つマジュウといえど、本来であれば小隊長一人だけで十分に対処可能なはずだ。

 それを二人が相手取って、いまだに決着がつかないということは……


 走りながら、くだんのマジュウを注意深く見る。

 すると疑問の答えはすぐに出てきた。


 動きがあまりにも洗練され過ぎているのだ。二人の小隊長が同時に前後から攻撃を仕掛ける瞬間、前方に腕の叩きつけを見舞ったかと思えば、振り向きざまに後方にいた隊長を逆の腕で薙ぎ払う。


 あまりにも滑らかなそれは、ゴーレムに単純命令した時の動きではない。まず間違いなく、術者本人が操っている直接操作式だ。


 通常であれば小隊長二人ですぐさま片付く[モンスター]にここまで手こずることはない。単純命令と直接操作ではこれほどまでに違うのか。


 ミムは感嘆するが、しかしそれは小隊長二人でという前提があっての感想だ。


 彼らの力量を小さく見積もるわけではないが、それを大きく超えるミムにとっては悪あがきに等しい。

 そして彼女には、そういった小手先の悪あがきを無に帰す方法が一つある。


鬼気解放ききかいほう!!」


 ミムがそう叫ぶと、特徴的な赤髪がさらにその存在を主張するかのように真っ赤に輝き、次いで額にある小さな角が伸びて鋭利なシルエットを描く。


 ミムが持つ遺伝子割合の、実に32%を占める鬼人族の種族特性、鬼気解放。

 それは一定時間の身体能力向上と魔力量増幅。


 字面にするとなんてことはない強化に見えるが、この効果はストックによって擬似的に増やした魔力と、それに付随して飛躍的に上昇した身体機能に作用する。


 持続時間に応じて魔力を多く消費するという点も、彼女ほどの魔力量であればデメリットたり得ない。


 つまるところ第二大隊を背負う、大隊長ミムの奥の手である。


「はああああああ!!」


 鬼気解放を使用したミムは、手に持つ大斧に魔力を纏わせ、大地に深い足跡を残して高く舞い上がる。

 [モンスター]もミムの声に反応してか右手を振り上げ迎撃してくるが、それはあまりにも遅すぎた。


 ザンッ!! 鳴り響く音と同時に[モンスター]の右腕が中ほどから切り落とされた。

 一般隊員を吹き飛ばし、小隊長二人をして攻めあぐねていた大型マジュウの腕を、ミムは豆腐でも切るかのように切断してみせたのだ。


 本体から切り取られた巨大な右手は、地面に落ちるよりも先に魔力の粒子となって空気に溶ける。


「これで、おしまい!!」

 ミムの言葉が周囲の軍人の耳に届くと同時に、彼女は空中に障壁魔法で足場を作り出し、それを蹴り砕きながら[モンスター]に突撃した。


 彼女から危機を感じ取ったか、あるいは眼前の殲滅対象に恐怖したのか、[モンスター]は残った左腕でもって小さな鬼人に爪を横なぎに振るう。完全に軌道をとらえたその一撃は、瞬きの間にミムを切り裂くだろう。


 だがミムはそんなことはお構いなしに大斧を振り下ろす。

 黒紫の巨体に真っ直ぐ飛び込むミムの姿は、武器と体に魔力を纏い、まるで流星のように輝いて見えた。


 振り下ろされる大斧、迎え撃つ[モンスター]、二つが衝突したその瞬間。


 轟。腕を切り落とした時とは比べものにならないほどの大きな音を鳴らしながら、盛大に土煙が舞う。

 一秒と経たずに風が吹き、土煙をさらっていくと、そこには。


 左腕をなくし、頭部を縦に切り裂かれた[モンスター]の姿があった。


 その光景を作りながらも勢いが止まらなかったらしく、巨体の後方には地面に大きな裂け目が出来上がっていた。


「あら、またやっちゃったわ」

 魔力の粒子と化し消えゆく[モンスター]の姿を背にして、裂け目の端には地面に突き刺さった大斧と、ため息を吐きながら呟くミムの姿があった。


『結界内のマジュウの掃討を確認しました。小隊ごとに集合し各自状況を確認してください。小隊長は隊員の被害状況を確認し報告をお願いします。五分後には広域防護結界を解除します。それではみなさんお疲れ様でした』


 皆のインカムに届いた声が、戦いの終わりを実感させてくれた。


 誰もが緊張の糸を緩ませ仲間たちの無事を確認する中で、ミムは大斧を担ぎ直し、なおも鬼気を纏ったまま走り出す。

 目的地はもちろん、[モンスター]に殴られた隊員が飛ばされた場所。


(時間はだいぶ経ってる。救護部隊が到着していればあるいは……)

 しかしそれは希望的観測に過ぎない。[モンスター]になすすべなく吹き飛ばされた隊員が、地面に叩きつけられるところまで鮮明に覚えているのだ。


 最善であろうと最悪であろうと、彼の命が助かっているかどうかは答えが出ていた。


 そんなふうに考えていたミムが目的地に着き、鬼気を解除しながら一言、

「なんで、ここにいるの……?」

 心底困惑した様子で疑問を口にした。


 血まみれの服を着ながらも治療を終え、休んでいる隊員の横にいた人物は、顔の見知った第二大隊所属の隊員でもなければ、救護部隊の隊員でもなかった。


「あー、えっと……その……なんていうか……」

 バツの悪そうな様子で要領を得ない言葉を呟いていたのは、駐屯地にいるはずのリリィであった。

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