第20話 混乱

 〜〜〜〜〜〜


「解析班! マジュウの総数は?」

 ミムの声が響く。今、彼女がいる部屋には多くのディスプレイが浮かんでおり、それと同数ほどの人員が炉器ロキに似た道具を使用していた。


「マジュウは確認可能な限りで全187体。南西からセルムの町へ向けて進行中です!」

「映像確認のために独立浮遊魔器を向かわせていますが、おそらく総数に変動はないと思われます」


 彼女の声には二人の男性軍人が返答する。ハキハキとした声にはしかし、わずかな戸惑いが聞き取れた。


「そう、さすがの早さね。いつも助かるわ。みんな混乱していると思うけど、いつも通りやりましょう!」


「「「はい!!」」」


 ここは軍セルム支部の司令室。

 皆の揃った声は、開戦の狼煙のろしとなる。


 〜〜〜〜〜〜


『第二大隊所属、全小隊へ通達します。小隊長、もしくは代理となる副隊長は速やかに……』


 リリィが今いるのは魔法の練習中にガドルとフェルが待機していた部屋。今もなお部屋の隅に設置されたスピーカーからは声が聞こえてくる。


 施設内に漂う雰囲気はピリッと張り詰めていて、程度の差こそあれど学校の避難訓練を思い起こさせた。


「あの、ガドルさん。マジュウが攻撃してくるのって決まった日なんですよね?」

「はい。一週間のうち、決まった曜日にマジュウは襲来します」


「ならどうしてミムさんはあんなに慌てた様子だったんですか? いつものことのはずですよね?」

「いえ、マジュウが来る日のことをマジュウ災害日と言いますが、この町のマジュウ災害日は三日前に終わったはずなのです」


 その瞬間、先ほどのミムの緊張感の理由を察する。

「そういうことは今までにあったんですか?」


 唾を飲み込みつつ、リリィは半ば確信めいた疑問を投げかける。

「いいえ、少なくとも私の知る限り、初めての事態です」


 つまりこれは、ミムにとってもありえなかったはずのこと。紛れもないイレギュラーなのだ。


 というかそもそも、マジュウ災害日が今日と決められていたとしたら、リリィやガドルと言った一般人を軍の敷地内に入れるはずがない。結界の張られた町の中にいた方が安全だからだ。


 ガドルによれば、ミムにとっては二人を早々に町へと戻したいのが本音だろう。だがこの状況下での移動はあまりにも危険すぎる。今回のイレギュラーと関連してまた他の問題が発生する可能性もある以上、無闇に動くことができないのだという。


 幸いにして軍の敷地内には常に大隊が二つ、常駐するシステムになっている。今回は第二大隊が出撃し、第三大隊が軍の敷地に残る形となっていて、ここにいる限りリリィ達が危険に晒される可能性はないらしい。


「軍の敷地内ではほぼ全ての部屋で、マジュウとの戦闘がリアルタイムで観戦することができます。戦闘員は必ずそれを観戦し、戦場の状況確認をすることが義務付けられていて、異常があった場合には小隊単位で援軍に向かうのです」


 そう言うとガドルは、部屋の護衛として扉の前にいた軍人に観戦システムの起動を頼んだ。それを聞いた女性軍人は眉を顰めて、


「確かに観戦すること自体は問題ありません。実戦投入前の新人が見ることもありますし、戦闘の映像データの一部が報道に使われることもありますから。しかし……戦闘員が負傷する可能性も充分にありますので……」

 と歯切れの悪い返事をした。


「かまいません。私はそういった映像を見たことがありますし、こちらの方は軍への入隊希望者です。多少ショッキングなシーンが流れても問題ありませんから」

「……わかりました」


 しかしガドルにキッパリと懸念を切り捨てられた女性軍人は首を縦に振ることとなった。


 そしてガドルはリリィに目を向けて、

「リリアナ様、戦場に立つとはどういうことなのか、しっかりと見ていてください」

 と強い意志を宿した瞳で告げた。


 それに気圧されたリリィにできたのはゆっくりと頷くことだけ。

 二人の会話を聞いていた女性軍人が室内に設置されていたテレビのような魔器が起動する。


 〜〜〜〜〜〜


『さあみんな。いつもよりちょっと数が多いけど私たちなら大丈夫。普段通り行きましょう!』


 ミムの声がインカムを通じて第二大隊所属の戦闘員へ伝わる。


 彼らの現在地はセルムの町を囲む森を抜けた南西の草原。視界にはもう黒紫こくしの獣が壁を成しているのが映っている。


 マジュウ。この世界を襲う正体不明のクリスタルゴーレム。

 軍人にとっては見慣れたはずのそれが、何故だか今日は一層不気味に見えてくる。


『マジュウの戦闘地点への到達を確認。広域防護結界の展開……完了。作戦を開始してください』


 解析班からの指示が届くと同時にミムが、否、皆が動き出す。

 それぞれが武器を持ち、小隊ごとにまとまった動きを見せる。


 そして軍人の群れから逸脱してマジュウの前線に飛び込む影が一つ。

「……っふん!!」


 赤い髪をなびかせ、身の丈にそぐわぬ大斧おおおのを振り回し、先頭にいた複数のマジュウを一息に薙ぎ払う。大斧に叩き切られたマジュウの体は物理法則を無視して空気に溶けていった。


 ミムはその小さくも大きな背を見せつけるかのように、誰より前線でマジュウと対峙する。


「大隊長に続けーー!!」

 誰が言ったか、その言葉は皆の背を押した。

 ミムの姿を追う軍人たちの前線がついにマジュウの軍団と衝突する。


「「「オオオオオオオーーーー」」」

 マジュウの足音と皆の咆哮が、大地と大気を震わせた。


 〜〜〜〜〜〜


 映像越しでも、それは凄まじい光景だった。


 リリィは本物の戦争というものを知らない。いやこれは日本人なら当然だが、平和で安穏な日々を過ごしてきたからこそ、この映像から受け取るものは大きかった。


(これがマジュウ災害……これが、戦場……)

 言葉にして呟くことさえ出来なかった。情報量が多いわけではない。ただ、戦いというもの……つまり命のやりとりの重みを、映像越しに受け取っていたから。


 汗がにじむ。喉が乾く。体は緊張感に支配されて強張り、喉を通る唾液はひどく固い。

 実際にその戦場にいるわけでもないのに、これほどまでに圧倒されている。その事実が重くのしかかってくる。


(私は、これからここに立とうとしているんだ……)

 先ほどまでの自分の意見を覆すつもりは毛頭ないが、それでもプレッシャーを感じずにはいられなかった。


 リリィがその映像から目を離せずにいると、ふと気になる点を見つけ出す。

「ガドルさん。この、腰につけている物はなんですか?」


 画面に映る軍人は皆、腰のベルトに何かがはめ込まれている。

 キラキラと光を反射する様子から炉器ロキと似たような見た目の魔器だということがわかる。


「あれはストックと呼ばれる魔器です。自身の魔力を貯めておいて、その貯蓄した魔力をいつでも使えるという道具で、簡単に言いますと擬似的に魔力量を増やせる魔器ですね」


「人によってつけている個数が違うのはどうしてですか?」


「ストックは接続した時間に応じて魔力が最適化され、接続可能な個数が増えていくのです。数が増えればその分多くの魔力を使うことができますので、ストックの最大接続数が軍人にとって最もわかりやすい強さの指標にもなっています」


「っていうことはこの中で一番多くストックをつけているのはミムさんってことですか?」

「そうですね。彼女の最大接続数は9個。年齢を鑑みれば驚異的な数字と言えます」


「凄い……ですね……」

 見れば見るほど、知れば知るほど、自分があそこに立てるのかという不安に駆られる。

 額に汗が滲むのを感じながら、また映像に目を向けた。


 〜〜〜〜〜〜


『結界内のマジュウ残数、80を下回りました。第二大隊の損傷は軽微、作戦は順調です』

 どれほどの時間が経ったか、解析班からの声が聞こえてきた。


「後方の様子はどう?」

『後方はガンマ隊、イプシロン隊が位置しています。どちらも負傷者はなく……え?』


「なに!? なにかあったの!?」

『ぜ、全隊に通達! 結界内に次元孔じげんこうを感知! 正確な位置はこちらからは把握できません、各自目視にて確認してください! おそらく転移魔法によるマジュウの追加戦力と予想されます!』


 瞬間、全ての軍人に緊張が走った。

 ただでさえイレギュラーな事態だというのに、防護結界の中に直接マジュウを転移させる? そんなこと……

「できるわけがない……!」


 高度かつ繊細な転移魔法を魔力が入り乱れている戦場に、しかも広域防護結界の内部に繋げるなど、あり得ないはず……


 その瞬間。


 ズズゥーン……!!

 地を揺らす音と共に巨体が現れる。


 例えるならそれは、絶望の足音。


『こちらイプシロン隊! 陣形後方に[モンスター]出現! 繰り返す、[モンスター]出現!』


 大型マジュウ、別名[モンスター]の姿はその場にいる誰よりも威圧感を放っていた。

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