第19話 意地

 リリィが感心していると、ガドルがおもむろに口を開く。


「それでは先ほどの話が事実だとわかってもらえたところで……」


 こちらを向くガドルは、にこやかに声を発した。

「リリアナ様には、ほかの職業を視野に入れていただきましょう」


「え??」

「うん??」

『はい??』


 どちらがリリィのもので、どちらがミムのものだったのか。

 そんなことさえ些末な問題だと思えるような発言が飛び出してきた。


 フェルの疑問が頭に届くと同時に、皆が動きを止める。


 数秒、いや数十秒もの間、沈黙が場を支配したのち、ミムが疑問の言葉を口にする。

「あの……町長? さっきの流れを見るに、リリィさんが軍人になるために私を説得したようにしか見えなかったんだけど……」


「いいえ。私の論点は最初からずっとリリアナ様の話を信じられる根拠の部分。リリアナ様が軍人になるための手助けをしようとは考えていませんでした」


「えっ。じゃあなんで私を説得したの? スルーしてた方がもっと楽にリリィさんを軍に入れない方向に話を進められたわよね?」


「確かにそうですが、そうなるとミムの中ではリリアナ様が嘘をつくような方だと誤解されたままになってしまいます。母の命の恩人が誤解されたままでいいとは思えなかったので」


「えぇぇぇ……それで私にさっきの話を真実だと認めさせた上で、リリィさんを軍に入れないようにしようと思ったの? 完全に無駄なプロセスよ、それ」


「それは理解していますが、リリアナ様が誤解されたままでいい理由はありません」


「はあ……クソ真面目は相変わらずね。ここまでくると尊敬するわ」


 二人のやりとりを見つつも、リリィは思考が完全に止まっていた。思考回路がやっとこさ活動を再開したのはミムのため息を聞いてから。


 そうか。最初から勘違いをしていた。

 信じてもらうことと、賛成してもらうことは同義ではない。


 リリィの話が真実であると理解した上で、軍人になることを否定されてしまえば何の意味もないではないか。リリィは今更ながらに考えの及ばなさを悔いた。


(どうしようどうしよう!)

『落ち着いてくださいリリィさん。まずは話を進めてからにしましょう』


 そうは言われても焦りは消えない。焦燥感を抱えつつもとりあえず深呼吸をして、彼らに対するアプローチを考え直さなければ。


 先ほどの話から、リリィがこれまで言わなかった世界間転移の件は理解してもらえたと思ってもいいだろう。つまり『リリィには軍人になりたがる理由がある』という事は二人には伝わった。


 これでもう「どうして彼女はそこまでして軍に入ろうとするのだろう?」と思われる事はない。この点に関しては前進したと見ていいだろう。


 だがそれを踏まえた上で、リリィの適正や性格を理由に軍への入隊を否定されれば、それに対する反論ができるだろうか?


 ましてやあれほどの話術を持ったガドルを、言い負かして納得させるなど……


「さてリリアナ様。確認としてですが、リリアナ様が軍人になりたいと考えたのは先ほどの話に出てきた人影に頼まれたから。でよろしいですね?」


 ガラドに声をかけられると、思考に没頭していたリリィは驚きつつ返事をした。

「はっ、はい!」


「ですがリリアナ様のお話通りならばその人影は「軍人になってほしい」ではなく英雄とともにこの世界を危機から救ってほしいと言っていたのですよね?」


 リリィが首肯すると、ガドルはうーんと悩むように顎に手をやる。

「世界の危機というのは間違いなくマジュウの侵攻だと考えていいでしょうが、救うという部分が具体性に欠けますね……」


「でもたしかにそう言われてたなら、マジュウの侵攻を止めてほしいって事を知って軍人になろうとするのは当然の帰結だと思うわよ?」


「それはそうかもしれませんが、であれば魔力の攻性変質ができない人物を送るメリットが分かりません。もっとなにか別の方法での活躍を望まれている可能性もあります」


「うーん……リリィさん、他になにか言われてたりしない? 些細なことでも構わないんだけど」


 ミムの質問には首を横に振る。全部を話しているわけではないけれど、現状必要な情報は開示したし、話の本質は変わってはいない。リリィから伝えられる情報はもうないのだ。


 そしてまだ情報を求めるという事は、彼らにとって未だリリィは軍に入るべきではないと思っているに等しい。


「でも、それでも私が軍人になりたいと思う理由なら、もう一つだけあります」

 首を振ったあと、リリィは意を決して声を絞り出す。


「私が聖女になって英雄と協力するという部分は明確になっています。そんな状況でもし私が軍に入れなかったら、マジュウとの戦いの負担をその人に押し付けることになってしまいます」


 もう手札は残されていない。残ったのはリリィが持つ意地のみ。

 であるならば、それを伝える以外にすべきことはない。


「私はそれだけは絶対にしたくないんです。『私は軍人になれなかったから、マジュウとの戦闘は任せるね』なんて言って、自分は戦いもせずに安全な場所で待ってるだけなんて……そんな情けない人にはなりたくないんです」


 リリィは二人の顔を見て、そう宣言する。「軍人になるべき理由」ですらない、「軍人になりたいという意志」を二人に伝える。


「うーん。それは確かに……すごく嫌かも。少なくとも私だったら同じような考え方をするわね」

 すると、意外なことにミムの反応は良かった。


 だがやはりと言うべきか、ガドルは眉をひそめてこちらを見る。

「……リリアナ様。先ほどの話も今伝えてくださった話も、確かに軍人になる理由、あるいはなりたい理由ではあるかもしれません」


 しかしそれは訝しんでいるだとか不可解なものを見るような顔ではなく、心底から心配するかのような表情で。


「ですが軍人になる理由がある事と、実際に軍人になれるかは別問題なのです。魔力の攻性変質ができない、つまり一切の攻撃手段を持たない人が戦場に立つというのは、とても危険な事なんです」


 それはきっと、いや間違いなくリリィの身を案じてのものだ。

 母親の命の恩人が危険を冒そうとするのを、全力で止めようとしている。


「たとえば、包丁を持てない料理人がいるでしょうか? これはそういう根本的な問題なのです。リリアナ様の事情とそれに伴う負担、そしてその負担を誰かに押し付けたくないという思い。それら全てを知ったうえで、それでも……私はリリアナ様が軍に入ることには賛成できかねます」


 その言葉に宿るのは優しい否定。リリィをおもんばかるがゆえの意見。


 表情からも言葉からも滲み出ている優しさに、リリィは胸を締め付けられた。相手を思いやるからこそ否定しなければならないというのは、それ相応の苦しさを伴うのだから。


 リリィ自身、自分の意地があまりにも向こう見ずで危険な思考であることは理解している。


 現代人の感覚にそくして表現するなら、銃火器どころかナイフすら持てないのに戦場に行こうとするのとなんら変わらないのだ。自殺行為であると言っても過言ではない。


 もし自分が大人で、親しい若者が同じことを言っていたならリリィも止めようとするだろう。

 そんな無茶を言っている自覚はある。


 だがそれでもこればかりは譲れない。

 だって自分の責任も負担も苦痛も他人に押し付けるだなんてそんなの……


(まるでみたいだから……!)


 そんな人間になどなりたくない。それだけは絶対に嫌だ。


 だからこそどんなに無理だろうと無茶だろうと、たとえ不可能だと言われても、この意地だけは貫かなければ。


 きっと人生経験のない若者の駄々にしか見えない。そしてそれは実際その通りだ。

 そんなこと分かりきったうえで、それでもリリィはこの意地だけは譲れない。捨てられない。


 変わらぬ決意を胸に、リリィはガドルを真っ直ぐに見つめ、答える。

「ガドルさん。ごめんなさい。きっと私を心配してそう言ってくれてるのはわかります。でも私は……」


 そうして自身の言葉を紡ごうとしたその時。


『『『ビー!! ビー!! ビー!!』』』


 部屋のすみに設置されていた球体が変形し、スピーカーによく似た形へと変わった。鼓膜を殴打するけたたましい音はその魔器まきから響いている。


「これは緊急時のアラーム!?」

 ミムが驚いた様子で立ち上がり、次いで炉器ロキの通話機能を使用した。


 そして数秒の後、こちらを見たミムから告げられたのは、

「二人とも、落ち着いて聞いて。マジュウの襲撃が始まったわ」


 先ほどまで話していた、この世界に訪れた危機そのものについてのことだった。

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