第18話 曇天

私が書いているもう一つの作品「ここは噂の奇跡屋さん」が完結いたしました。

もしよければそちらもご覧あれ。

全二十話の短め小説です。


ーーーーーー


 その翌日。

 当たってほしくない悪い予感ほど的中してしまうのは世の常なのだろうか。


 …………。


「やっぱり無理みたいね……」

「そうですね……」


 ミムの言葉にリリィはうなだれていた。


 今日試した魔法は数多くあった。人並外れて魔力の精密操作が得意なリリィだからこそ、多くの魔法を試してみることができた。


 そしてその結果、無情なる現実に打ちひしがれることになるとはなんとも皮肉なことである。


 基本中の基本である火球や水球、突風や石弾せきだん、紫電に氷弾など様々な攻撃魔法を使ってみたが全て不発に終わった。


 しかもそれだけではなく、対象の動きを封じる拘束系の魔法などもどうやら攻性魔力で行われるようで、リリィには使うことが出来なかった。


 反面、実際に町にも張られている外部の攻撃から守るための結界魔法や、範囲内の特定の対象を探すための探索魔法など、攻性変質を必要としない魔法ならばどれほど高度なものでも使うことが出来た。


 だがいくら難しい魔法が使えるとしても、これで一切の攻撃手段を持つことができないとわかってしまう。


 これで昨日のゼレーナの仮説が正しいという証明ができたのだが、当然リリィとしては一ミリも嬉しくはない。

「うう……」


 うなり声をあげても何かが変わることもなく、どうにもできない現実が横たわるのみ。

「うーん……リリィさん。こればっかりは多分どうしようもないし、無理に仕事をしなきゃいけないわけでもないんだから、また町長と話してみるのはどうかしら?」


「……はい。そうします」

 ミムの言葉は正しいのだろう。それはリリィも理解しているのだが、昨日のフェルとの会話が脳裏にチラついて仕方ない。


 英雄と聖女は共に世界の危機に立ち向かわなければならないというのに、このままでは本当に全ての負担を相棒に押し付けることになってしまう。


 それだけはできない。人としてそんな無責任なことをすべきではないと思うし、誰かが戦場に身を置くのなら《治癒の輪ヒーリング・リング》が使える自分がいた方が安全だとも思うのだ。


 とはいえそんな言い分を実際に口に出すことはなく、悩みの種を抱えたまま広大なグラウンドから立ち去ることになった。


 〜〜〜〜〜〜


 その後、フェルとガドルがいる部屋へ赴き、ミムと共に今日の成果を報告する。


 そしてそれを聞いた彼の表情は、何故だか少し明るいようにも見えた。

「そうですか……リリアナ様。私もミムの言う通りだと考えます。職業を決めるにせよもっと後でも問題ないかと思います」


「で、でも……」

「悩んでいる理由は、この世界の危機とリリアナ様の世界間転移になんらかの関係性があるとの直感ですか?」


「あ……うう……」

 当たらずとも遠からず。少なくともガドルにはそう伝えていたので、彼の言葉に図星を突かれたように言葉が出てこなくなる。


「であれば、リリアナ様がそれを気にすることはございません。この世界に訪れた危機をたった一人の人間がどうにかできるのなら、今の状況にはなっていないでしょう」


「そうそう。町長から聞いただけだけど、リリィさんが異能を持ってるってことはたしかに凄いと思うわ。でもそれを持ってるからって、私たちのように戦場に立たなきゃいけない理由にはならないんだから、責任を感じることもないのよ?」


 二人がリリィに優しく話しかけてくる。

 しかしそれがリリィの心を落ち着かせてくれるわけがなく、それどころか今後のことに思考が移行してしまい、焦りが募る。


 彼らを説得し、納得させることができなければ、軍人になる道は途絶える。


 それだけは絶対にダメだ。

 たとえ神様や仏様が容認しようとも、リリィの意地が許さない。


 昨日もフェルに言ったことだが、リリィが軍人にならなければ、その分の負担をルード・アルファニウスという人物に背負わせることになる。


 自身の相棒となるはずの彼に「私は戦わないけど頑張って」と言って、自分だけ安全な場所に居て傷つくこともなく、軍人になれなかったから仕方ないと言い訳をする。


 それはあまりにも身勝手で、なによりも格好悪い。そんな人間に成り下がるなど死んでもごめんだ。


 だから、ここで何がなんでも彼らを説得しなければならない。

 リリィの瞳に火が灯る。


(ねえフェルちゃん。私がこの世界に来た事情を話してもいいかな?)

 そしてリリィは心の中で話しかける。


 これまでは話さずにいた、この世界に来た本当の理由。

 それを伝える以外にもう方法はないと、リリィはそう判断した。


 今まではそれを言ったところで信用はされないと考えて黙っていたが、ここにはガドルがいる。

 ミムが信用しなくとも、ガドルはおそらく信じてくれるだろう。


 それに二人から見れば今のリリィは「それほど固執する理由も必要もないはずなのに、なぜか軍人になりたがっている人」にしか見えない。


 そんな認識をされているのだから、事情を話さないまま「それでも軍人になりたい」と言い続けても意味はないだろう。説得など夢のまた夢だ。

 そして幸いというべきか、フェルをして嘘を見抜けるとまで言わしめたマーナはここにいない。


 もはや選択肢はない。リリィの意思を読み取ったか、あるいはその表情から察したのか、フェルから念話が飛んでくる。

『そうですね。ですが全てを正直に話しても理解してもらうのは難しいと思うので、ところどころ変えて話しましょう』


 それから少しの間フェルと脳内で話をしてから、リリィは口を開く。

「ミムさん、ガドルさん。今まで話していなかったんですが、実は……」


 そうしてリリィはこの世界に来た時のことをこう伝えた。


 ある日、いつものように眠りにつくと見知らぬ場所にいて、人のような形をした影が話しかけてきた。「ある世界が危機に瀕している。それを助けてあげてほしい」と。


 事情を聞くと「その世界では英雄と聖女が共に危機に立ち向かうが、聖女として相応しい人がいなかった。その役目を君に担ってほしい」と頼まれて、自分はそれを受け入れた。


 目を覚ますとこの世界に来ていて、治癒の輪ヒーリング・リングという力を持っていた。


「それで、この世界に訪れた危機はマジュウだってことを知って、私は軍人にならなきゃって思ったんです」


 もちろんフェルが上位生命体であることは伏せている。現状そこは重要な部分ではないからだ。


 そしてこれで、リリィが軍人にならなければいけないと思っている事情を伝えることはできた。あとは二人がどう反応するかだが……


「そうでしたか……リリアナ様にはそんな事情があったのですね」


「うーん、町長から見たら今の話は事実だと思えるってこと? リリィさんには悪いけど、ちょっと突拍子のない話だと思っちゃうわ」


 予想通り、ガドルは信じてくれたがミムの反応が芳しくない。たとえガドルを説得できたとしても、肝心のミムを説得できなければどうにもならない。さてどうしようか……


 思考を巡らせようとした瞬間、ガドルが口を開く。

「そうですね。昨日今日会ったばかりであれば、私もミムと同じ反応を示したでしょう」


「つまり町長には信じられるだけの理由があるってことね?」

「ええその通りです。いくつかありますので、順番に話します」


 どうやら彼が代わりにミムの説得をしてくれるらしい。

 信じてもらえるとは思っていたが、まさか援護射撃までしてくれるとは。


 リリィが驚いていると、ガドルが指を一本立ててから話す。

「まず一つ。リリアナ様の存在の不自然さについてです。リリアナ様はつい最近までこの世界に来た理由はわからないと言い、自身に備わった異能もこの世界に来てからの変化だと話していました」


「その上、以前は男性であったはずが、この世界に来たことによって女性の体に変わってしまったとも。これだけの変化が同時に起こりながら、それでもリリアナ様の意識がしっかりと保たれている現状を鑑みれば、どのような者であろうとも不自然だと思うでしょう」


 ミムが顎に手を当てて、考える素振りを見せる。

「それは確かにその通りね……精神体になんらかの異常があって然るべきと思えるほどの変化だし」


「ですがリリアナ様の話通りであればその説明もつきます。治癒の輪ヒーリング・リングという異能を持っていること、そして性別が変わっていたこと、人の世界間転移という未だに人類の技術では不可能な偉業の正体。今まで不自然だと思っていたそれらの理由が、人智の及ばぬ生命体による高度な技術の結果なのだと」


「でもそれは理由になるってだけで、真実だっていうこととイコールにはならないわよね?」


 ミムの言葉は的を射るものだったが、ガドルは一切動揺することなく二本目の指を立てた。


「それは否定できません。ですので二つ目、先ほど述べた変化全てが偶発的なものであり、なおかつ奇跡的にリリアナ様の精神に異常が出なかったと仮定した場合。つまり先ほどの話が虚偽のものだった場合ですが、そうなると今度はリリアナ様が軍人になりたがる理由がなくなります」


「リリアナ様の持つ治癒の輪ヒーリング・リングが治療手段として認められるのはほぼ確実であるとフィッツ先生は話しています。つまり職業というならば治癒師として働く方がよほど現実的であり、軍人になることやマジュウと対峙することに拘る必要は全くありません」


「でももしリリィさんが軍人になりたがっている理由が格好いいからとかだったら、その理論は破綻しちゃうわよ?」


 ミムの反論を聞いたガドルは、これまた動じることのないまま返答する。


「おそらくそれはあり得ません。なぜなら精神体とそれを維持する魔力は、心や感情の影響を強く受けるものです。攻性変質を拒絶する前代未聞の魔力。それが示すのは、リリアナ様が心底から誰かを傷つけたくないと考えているという事実に他ならないと推測できます。そのような性格の方が頑なに軍人を目指すというのは違和感が残ります」


「ふーん……それを踏まえれば「軍人になりたい」という理由が、リリィさん自身の意見じゃないっていうさっきの話に説得力が出るわけね。確かにそれはあるかも」


「そして最後、三つ目はミムの質問への答えと被ってしまうのですが、リリアナ様の話が真実であり、その上で軍人になりたい理由が別にあると仮定した場合。この場合はもはやあり得ないと断定してもいいでしょう」


「一応聞くけど、それはどうして?」


「この場で軍人になるために説得しなければいけないのは、私ではなくミムです。そのミムが信じられないと思う話をするメリットがありません。当然、ことここに至って軍人になりたい別の理由を隠し続けるメリットも」


 ガドルが三本の指を立て終わると、ミムはこれ見よがしに肩をすくめて、降参だと言わんばかりの表情を見せる。


「まあこうなるのはわかってたわよ。町長に口論で勝てるなら、弁護士でも目指してた方が生産的よね」


「その歳で大隊長になるほどのミムに言われるとなんだか皮肉のようにも感じますが、まあいいでしょう」


 一気に場の雰囲気が柔らかくなる中、リリィは驚きの表情で固まっていた。

 今まで優しいおじさんという印象しかなかったガドル・ベレードの本気を見たから。


 いわゆる強烈なギャップというものだ。

 能ある鷹は爪を隠す。だからこそ、その爪の鋭さを知る者は多くない。


 これほどまでに見事にことわざを体現されると、石像の如く固まってしまうのも無理はないのかもしれない。


 リリィが感心していると、ガドルがおもむろに口を開く。


「それでは先ほどの話が事実だとわかってもらえたところで……」

 こちらを向くガドルは、にこやかに声を発した。



「リリアナ様には、ほかの職業を視野に入れていただきましょう」



「え??」

「うん??」

『はい??』


 聞き捨てならない言葉に、三者三様のリアクションを見せた。

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