聴取
「どこにも行かないの」
「自由にどこにでも行けるのに」
机の向こう側のミセス葉子。
「どうでもいいって顔ね」
「でも、これが私の仕事なの」
やけに大真面目な顔で僕を見ている。教会の中の一室。今日が正式な聴取ということなんだろう。ある程度の僕の希望は考慮されるらしい。というか、僕が無理難題を主張しない限り、僕の希望は全面的に受け入れてもらえるということ。当然といえば当然。至極当たり前のことなのだ。
「シスターにも言ったのですが、こうなってしまっては、今更希望も何もないんですよ」
「わかります」ミセス葉子が神妙な面持ちでうなずく。
「寒さを除けば、ここの生活に満足しています。ここで静かに暮らしていけるなら、それでいいんです」
「暖かいところがいいのですか」
「まあ欲を言えば」
「欲を言ってください」
「結婚とかの希望はありませんか」
「女性を宛てがってくれるのですか。この僕に」
「チャンスを与えるということです」
「それじゃシスターも」
「シスターは違います」
「そうですよね」
少しの間が二人を支配する。お互いに、相手を見ているようで見ていない。
「とにかく、ゆっくり考えてください。急に希望とか言われても、戸惑ってしまうのはよくわかりますので」
「もちろん、こちらからも提案できるものは、提案させていただきます」
ミセス葉子はそう言ったあと、僕に軽く頭を下げた。ミセス葉子が安堵した表情で僕を見る。
「どうして今頃、真犯人が捕まったんですか」
そうして不意を衝く僕の質問に、ミセス葉子が落ち着いて答える。
「私も詳しくは知らないんだけど、新たな目撃者が出てきたらしいの」
「今頃になって」
「今頃になって。今更よね」
「もうどうでもいい」
悟りきったようにミセス葉子が僕に同意を求める。
「葉子さんが言わないでください。その通りですけど」
流刑地 阿紋 @amon-1968
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