Ⅷ 表舞台の影で②


 六、七歳といったところか。少年たちは女の子を寄ってたかって蹴っていた。


「やめろ!」


 彼らのあいだに割り込む。金髪というより黄色の髪をした女の子は、うずくまって身体中を痣だらけにしていた。

 耳が少し長い。ハーフエルフか?

 びくびくしながらおれを見つめている。

 彼女を背に少年たちの方を向く。どいつも子供にしては高価な服を着ている。親が偉い人なのか? 是非とも人脈として欲しいが女の子をいじめるような奴はお断りだ。

 正面のリーダーらしき暗い青髪の少年が、いぶかしげな視線をおれに突き刺していた。


「なんだおまえ」

「なんだっていいだろ」


 彼らを睨むと隣の取り巻きみたいな少年がやいのやいのと騒いできた。


「おまえ、キリサメ様になんのつもりだ!」「失礼だぞ、平民の分際で」

「女の子ひとりを三人でいじめる君たちに言われたくないね」


 キリサメと呼ばれていた青髪の少年が、はぁ? と疑問を走ってから口の端をあげた。


「なに言ってんだ? そいつはハーフエルフだろうが」

「それがなんだよ」


 意味がわからないが。なんかの理由になっているのか? 頭を巡らせていると蔑んだ目を浴びせられた。


「これだから平民は。ハーフエルフは人間とエルフのハーフだぞ? その中途半端な耳は魔女シアラとおんなじなんだよ」

「知ってるけど」

「分かんないか? 魔女シアラは悪い悪魔だ。その血族のハーフエルフはこうやって懲らしめてやらなきゃいけないんだよ!」


 叫び声をあげるキリサメに女の子がビクッと肩を震わせた。自分の体を抱いている、よほど怖いのだろう。

 取り巻きもうんうんと賛同していた。なるほど、分かりやすい説明どうもありがとう。

 よく分かったよ。


「君たちは立派な人だな」

「だろ?」

「今ごろ分かったか、平民」

「なにも考えずに女の子をいじめられる立派な頭をした人たちだよ、本当に」


 皮肉が通じたのかキリサメはこめかみに青筋を走らせた。怒気を含んだ目でこちらを睨み返している。

 取り巻きの子供たちはおれが言葉通り褒めていると思って、なにがなんだか分からなくあたふたしていた。まだ六つや七つ、このくらいの皮肉が分からなくてもしょうがない。


「なにも考えずにってなんだ?」

「耳の長さだけで血族って言ってるところかな。なんでそれだけで血族って分かるの」

「あんな耳をしてるのはハーフエルフだけだからだ! そんなことも分からねぇのか!」

「耳を切ったエルフかもしれない、真新しい種族かもしれない。そもそも魔女自体が超常の存在だからハーフエルフですらないよ」

「魔女だからとか関係ねぇよ!」


 子供に口喧嘩で負けるわけもない。淡々と指摘していくおれにキリサメは苛立ちを隠せずに、ただただ吼える。

 吼えるのやめて欲しいなぁ。この子が怖がってるのに。

 しかし子供までがこうして差別をするほど浸透しているのか、ハーフエルフに対する偏見というのは。偏見がどうかは分からないけど、聞いた限り暴論としか言いようがない。


「だいいち、血族だからなんなの? この子がなにか悪いことでもしたの?」

「するに決まってんだろ! ハーフエルフだぞ!」

「へぇ、君には未来が見えるんだね。ぼくも君の未来が見えるんだけど……君は悪いことをしてるね。おたがいさまだな」

「このガキがぁっ!」


 ガキもお互い様だろうが。内心でツッこんでいるとキリサメが殴りかかってきた。

 まじか、ハーフエルフじゃなくてもお構い無しかよ。彼女を庇うなら悪党の仲間だとでも言う気なのだろうか。さて、立ち向かうかどうするか。三対一だ。勝てるか?

 いや無理だ。勝てたとしても騒ぎになる。


「逃げるぞ!」


 少女の手をとり駆け出す。転びそうになりながらも少女はなんとか立ち上がった。

 取り巻きたちの「逃げるな!」「卑怯者!」という声を背に裏路地を抜けて、大通りの人混みを泳ぐ。うしろを確認する。

 女の子は付いてきてるが、いらんキリサメや取り巻きたちも追ってきている。

 歳の差もあって彼らの方が足が速い。どうにか撒きたいところだが、どうしよう。小さく柔らかいはずの脳みそをフル回転させていると、消え入りそうな声が耳を揺らした。


「なんで、助けるの」

「わるい? 口動かすまえに走って!」

「ねぇ、やめようよ」


 そこで気づいた。少女は泣いていた。

 嗚咽をこらえ鼻をすすりながら、おれになんとか訴えていた。やばい、一回落ち着かせないと。足を止められたら追いつかれる。


「君、魔法使える?」

「い、いちおう」

「光とか大きい音を出す魔法使える?」

「多分、使える」


 さすがハーフエルフ、クヤマの言う通り魔法に関しては一流だ。これは使える。

 肉を買ったおっさんの露店が後方に流れていくのを尻目に、使えるものすべてを整理してから少女に指示を出した。


「五秒後、まず後ろに手を向けてから、次に天に手を伸ばして光の魔法を使って」

「そうしたら、やめてくれる?」

「おう、やめてやる」


 なぜ逃げたがらないのだろうか。疑問に思いつつも端に追いやり、カウントを始めた。


「五」


 もう彼らとの距離も近く、数秒もあれば飛びつかれて組み伏せられるだろう。


「四」


 キリサメが声高々に宣言する。


「残念だったなぁ! おまえらまとめてボコボコにしてやるよ!」

「観念しろ!」

「キリサメ様に逆らうな!」


 三。やばい、間に合わない。奴らの注意をこちらに集めつつ足止めしなければ。

 すぅっ、と息を吸った。


「キリサメの父ちゃん出べそ!」


 大声で叫んだ。キリサメの父さんには悪いが、公衆の面前であらぬ偏見を公開してもらおう。というかこの挑発通用するのか?

 二。

 カチンと、彼は明らかに固まった。顔を真っ赤にしては必死の形相でつかみかかってくる。が、明らかに届かない。

 効くのか。

 異世界も意外と日本と似ている。


「一」

「おまえ地獄に落としやる!」


 慟哭とともに手を伸ばすキリサメ。今度はうしろの少女に届こうかというところ。

 間に合うか? 間に合えっ!


「いまだっ!」


 ハーフエルフの少女は指示通り掌をうしろに差しだす。ビクッとキリサメや取り巻きが反応し、体を硬直させる。おれが挑発したときとは違う、恐怖による挙動。

 彼らの視線を浴びたその手を宙にかたむけ、そこから放たれる光の筋を目で追う。

 いや、詠唱なしかよ!

 つかまずい、いそいで目を閉じる。


 刹那、一体を閃光が舐める。


 短い唸り声が聞こえた。関係の無いみなさんには悪いけど、そのまま立ち止まってもらう。小さい手を引き寄せてだき抱えると、ここで瞼をあけて一目散に走った。

 しばらくしてどよめきは収まり、大通りはいつも以上の活気を取り戻す。

 遠くでキリサメたちの怒鳴りを耳にしながら真上でたたずむおっさんにお礼を述べた。


「ありがとうございます」

「小僧は常連だからなぁ。これくらいはお安いもんよっ!」

「また食べにきますよ」


 おっさんと笑いあった。

 布がかけられた屋台の机の下で、影を被って体育座りをしている少女に声をかける。


「もう大丈夫だよ。お疲れ様」

「ねぇ、どうして助けたの?」

「いじめられてたから」

「君もいじめられちゃうんだよ!」


 やばいやばい、大声を頼むから出さないでくれと口元を塞ぐ。彼女が落ち着いたと判断してから手を離すと、地面に黒の斑点ができていた。少女はぼろぼろと泣いていた。

 金色の瞳が赤く腫れている。


「私がいじめられれば、それでいいんだよ。それだけでみんな幸せなんだから、それでいいのに、なんで、あなたはそうやって……」


 あぁ、なるほど。だからおれに助けて欲しくなかったと。すごいな、まだ小さいのに他人のために泣いていたのか。

 ハーブがおれにするように、よしよしと黄色の髪を撫でてやる。ガサガサだ。


「君は幸せだったの?」


 少女は目を見開いてまた泣き崩れた。あぁあぁ泣かせちゃったよ。

 か細い身体を抱きながら、背中をやさしくさする。震えは収まり安心したようにおれに体重を預けてきた。顔をのぞき見る。

 うわぁ、よく見たらかわいいなこの子。耳も尖ってて触りたい。

 いやいや、ここで触ってたら彼らと似たようなものじゃねぇか。戒めに自分のほほを殴りつつ、時間もかなり経ったので机の下から顔をだした。


「あ」

「あ!」


 迂闊だった。キリサメがすぐそこで歩いていて、おれに気づいた。

 逃げられない。彼に胸ぐらを掴まれて引っ張り出されると、路地裏まで連れ去られて壁へ投げられた。背に衝撃が走り、痺れが神経を伝って体全体に流れる。

 こいつ、強い。肺に溜めた酸素をすべて吐き出された。指先くらいしか動かない。


「運が悪かったなぁ。さて、よくも俺にあんな口聞いてくれたな」

「あたり、まえのこと、言った、だけだ」 「減らず口が。正義は必ず勝つって教えてやるよ!」


 キリサメは拳を振りあげた。くる。

 なんとか腕をあげ身構えて目をつむった。

 しかし、痛みはいつまで経ってもこなかった。おそるおそる目を開ける。


 見慣れた人がいた。


 入り込んでくる陽の光を金髪に浴びて、心配そうな顔でおれを覗き込んでいた。


「ばか!」


 彼女はおれを抱きしめた。腕いっぱいに力を込めて、苦しかったけれど何も言わずに腕を背中にまわした。


「ごめんなさい、母さん」

「心配したじゃない!」


 心配をかけていたそうだ。おれの肩に顔をうずくめて服を濡らすハーブに申し訳なさを感じつつ、キリサメを探した。

 あ、いた。なぜか横になって眠っていた。

 魔法を使ったのだろうか。それなら納得だとうなずいていると、ハーブがキッとおれを睨んだ。うわぁ、お怒りで。


「ねぇシグレ」

「はい」

「勝手にどっかにいかないで」

「はい、ごめんなさい」


 あぁ、本当に心配させていたんだな。

 そりゃそうか、いきなり先に帰っててって言われて安心して家に帰るような人じゃないもんな。迷惑かけたなぁ。

 こんなんじゃダメだ。

 おれはよその子なんだ。もっと迷惑かけずに良い子でいないと。自分に戒めを突き刺しながら決意を固めた。

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