Ⅶ 表舞台の影で①


 闘技大会決勝。

 かの舞台でふたりは向き合っていた。

 ストラスキュール騎士団筆頭ユウダチ。

 赤いマントを羽織り銀の鎧に身をまとった金髪の男は、腰に差した両手剣の柄を握りしめている。

 キュムロ近衛兵カンウ。

 この場にはふさわしくない黒を基調としたスーツを着て、片手剣を携えている青年。

 歓声を背景に視線を交える両雄の顔はとても優れているといえるものではなかった。


「これはいったいどういうだ?」


 ユウダチが訝し気に問いかける。苛立ちを隠しながら平静を保ったつもりだったものの、明らかに怒気が表情に現れていた。


「すみません」

「質問に答えろよ。闘技大会に近衛兵は出さないって約束だったろ?」

「すみません」


 はぁああ、とユウダチは大きなため息をつく。話にならない。

 自分はこれからこの青年に敗北するのだろう。善戦くらいはできるかもしれないが負けは逃れられない。

 ユウダチは自覚している。

 俺は強い。だが最強の一角じゃない。

 ストラスキュール騎士団筆頭の冠は重く、それを担う自分が弱いはずがない。たいていの敵には勝てる。

 ただ、相手が悪すぎる。

 カンウ。この青年は世界でも五本の指に入る強さを持っている。


「なぁ、リタイアしてもいいか?」

「どうぞ」

「リタイアしたらどうなるんだ?」

「騎士団に調査員を派遣します」


 まったく、舐められたものだ。

 なにが調査員だ。組織を内部から腐らせて、素知らぬふりして首をとっかえようとか言いだすくせに。

 この国は腐っている。

 特に上層部はゴミだめだ。

 自分たちの利益しか考えていない。そのためなら平気で人に戦争をさせる。反対しようものならこうやって実力行使で潰される。

 ユウダチはこの国を諦めていた。ずっとずっと昔から。だれか世界を変えてくれる人間がいないか待っていた。もちろん、そんな人間が出てくるわけもないが。


「なぁカンウ」

「なんでしょうか」

「楽しいか? おまえ」


 青年は拳を握り締めた。ぽつぽつとそこから血が滴り落ちる。目元を伏せて泣くのを堪えるようにプルプルと震えている。


「すまん、忘れてくれ」


 ユウダチは悟った。青年も被害者なのだと。客席に目を向ける。彼の視線の先には古びたフードを身につけた者がいた。

 やはりな、とつぶやく。


「悲しい顔で俺をボコボコにするなよ。申し訳ないなんて思うな」

「はい、わかりました」

 

 魔法により拡大された声が響く。

 蹂躙の火蓋が切って落とされた。
























 初手はユウダチの詠唱だった。開始とともに微かに唇を動かす。

 詠唱は唱えればそれでいい。なるべく早口で、なおかつ『なんの魔法の詠唱をしているか』を悟らせない必要があった。だからたいていの魔法使いはこうして詠唱を唱える。

 詠唱をしている相手への対処はいくつかある。

 一つ、詠唱をさせる余裕を与えない。

 一つ、自分も詠唱し対抗する。

 避ける場所もないような魔法を打たれたら即負けゆえに、的を絞らせずに動いたりするのはもってのほかだ。加えて魔法は剣で分かつことができないし、盾で守ろうとしても土魔法なら無視して攻撃できる。

 ゆえに特殊なケースをのぞきこのふたつに絞られる。

 対して、青年はしゃがんでいた。

 ただしゃがんでいるだけではない。力を籠めるようにギリギリと太腿を肥大させていく。身をぎりぎりまで縮めて全身をボールほどの球体と化した。


「ヘキサ、ロックシールド」


 重ねがけという技術がある。

 同じ魔法を重ねて使うことで、その効力を何倍にも膨れあがらせるものだ。

 ヘキサとは六つの重ねがけを意味する。

 ユウダチのまえに現れる石碑で造られた盾は正面に精巧な薔薇の彫刻がなされ、それを中心に棘の茎が外に向けて彫られている。ここにはないが現代でのサブマシンガンを傷一つなく受けきる硬さである

 顔をあげ石の盾を認識すると、カンウは深く深く息を吸いはじめ……とめた。


 爆音。


 追いかけるようにして豪風が走る。

 子供ほどはあろうか瓦礫が後方へウソみたいに飛散する。舞い上がる砂埃の中、さきほどまでそこにあった青年の影は消えている。カンウとユウダチを結ぶ一直線上に黒の雷が鈍い光を放ちながら走った。

 観客も、そしてユウダチさえも理解していない。何が起こったかを。

 ただ地面を蹴っただけ、ということを。


 破裂音。


 それは黒の雷鳴。

 空気を伝い歓声を瞬く間にねじ伏せる。

 音源に視線を移せば石碑の盾が呆気なく石礫となって吹き飛んでいる。放物線の軌道をゆっくりと描く礫の数々、その影でカンウが両足を地面に着けて勢いを殺していた。それでも止まらずに滑り続ける。

 青年は尻目で背後を確認。

 ユウダチは……いた。やはり躱されていたことを悟りつつ右手を地につけて、勢いそのままに軽く大地を蹴っては側転。


「プロ・マッドホール」


 三重の泥沼。宙に浮かんだ青年の身を支える右手を中心に泥沼が発生する。

 そのまま側転をすることには成功したが、右手が抜けずまた着地した際の左足もハマってしまった。攻勢とばかりにユウダチが間合いを一気に詰める。

 カンウは辛うじて自由である右足でーー。

 泥を蹴った。

 顔を思いっきりビンタしたような音が鼓膜を強襲する。泥が弾けた音だ。

 咄嗟に首を跳ねるはずだった剣を守りに回すユウダチ。弾速を超える青年の突進を受け流そうと試みて呼吸を止める。

 次の瞬間、ユウダチは宙を舞っていた。

 鎧は胸に大きな凹みができている。受けきるどころか剣はかすりさえしなかった。男は思考をめぐらせ詠唱しつつ、空中で態勢を整える。

 噂通り、カンウは魔法が使えない。

 馬鹿げた身体能力を活かして突進。受けようとしたらゲームオーバーだ。ただそれだけで天下を取りうる破壊力を持っている。

 彼の手札はそれだけではない。

 足蹴りによる衝撃波や、強靭な筋肉によるナイフの投擲まである。

 突進だけでこのザマか。

 自嘲しつつ、こちらへ今まさに飛んで来ようとしゃがみこむ青年を捉える。


「アイアンウェイト」


 本来ならば決め手のときに用いる、自重を倍加させる魔法。空中で使ったのは一重に軌道を読ませないようにするためだった。


 轟く雷鳴。

 黒い影はーー稲妻を描いた。


「はぁ?」


 思わず口にする。おいおいおいおい、聞いてないぞ。どっちも聞いてない。噂頼りで戦ってきたつもりはなかったが、これが出来るはずがないとユウダチは捨てていた。

 カンウは空中で曲がった。

 突進ではなく軌道を変えることができる。

 それを空中でおこなえる。

 どちらも、想定外としかいいようがなかった。なんとか剣を構えたものの、宙ではなにもできず青年の踵落としをもろに食らう。

 墜落した騎士団筆頭の男に向かってカンウは申し訳ない顔をして、雷鳴を響かせた。
















 魔法を使えない。同じ境遇にいるはずの青年は、魔法を使う剣士を圧倒していた。

 決勝はカンウという青年の完勝。優勝候補だったストラスキュール騎士団筆頭ユウダチを終始上回っての勝利だった。ハーブもおれに抱きつくのをやめて試合を観ていた。

 剣術の水準はさして高くない。

 おそらくは魔法を唱えながら用いるために力を削いでいるためだろう。剣技での競り合いは大会を通して少なかった。


「あれがシグレの目指す戦い方だな」


 クヤマに冗談めかして笑われたが、おれは苦笑いをするしか無かった。できる気がまっまくしない。目指す気も起きない。

 戦うために異世界に来たわけでは無い。

 ただ、こうして圧倒的な武力を目にするとどうしても不安になる。あまつさえ法の整備にほつれの見られるこの都市で、いきなり武力行使されたら抗うこともできない。

 だれか強い人を護衛に雇おう。

 ひとりうんうんと頷いていると、街路の曲がり角に入っていく人影を見つけた。男の子三人と……布切れ一枚を身に纏う女の子。彼らの姿が切れる寸前、たしかに見えた。

 女の子の首に鉄の輪があることを。

 クヤマ、ハーブと繋いだ手を離す。二人がこちらに視線を移す。とっさの言い訳もなにも思いつかなかった。


「先に帰ってて!」


 背後から呼び止める声が聞こえたが、ふりきり彼らを追って曲がり角へと滑り込む。建物に挟まれて影を落とした路地裏で、やはり女の子を男子三人が囲っていた。

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